できそこないの幸せ

さくら/黒桜

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第九章 VS相羽修行

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志望校の試験当日まで残すところ二週間。
二人は片岡以外の誰にも会わず、自宅マンションで平穏な時間を過ごしていた。
部屋のあちこちに加湿器が備えられ、緊急用のコールボタンも台所からトイレまで、至る所に設置された。心配し過ぎだと呆れるも、これらは光にとって便利極まりない改造なので、文句は言わないことにする。

勝行が勉強している間に光は家事をこなす。合間で作詞作曲しながら、二人でセッション練習。WINGS復活ライブまでの準備も上々だ。ベースとギターの掛け合いもだいぶ様になってきた。
朝食はトーストにベーコンエッグとヨーグルト。昼は簡素に冷凍のパスタとサラダ。夜は勝行の好きな肉料理をずらり並べ、本試験に向けてしっかり栄養をつけてもらう。放っておくと食べることを忘れるほど小食な勝行だが、光が手料理を出せば喜んでぺろりと完食してくれる。お湯を入れただけのインスタントラーメンですら美味い、美味いと絶賛だ。

「やばい。ずっとこんな生活続けてたら、俺ちょっと太るかも……」
「最近よく食うもんな、勝行。ああでも、筋肉ムキムキよりは膨らんでもちもちな方が可愛いかも」
「いやだ、父さんみたいなボテ腹にだけはなりたくない!」
「全力否定かよ。もしかして、毎日筋トレに必死な理由って……」
「言うな、それ以上絶対言うなよ」

どうやら太りやすい体質を気にしているらしい。身なりに気遣う勝行らしい悩みだ。いくら食べても太れない光とは真逆のそれに苦笑しつつ、光は「じゃあ夜は運動しようぜ」と妖艶に誘う。

「体調は大丈夫なのか」
「勝行がいーっぱいキスして、優しくしてくれたら平気」
「……この、エロ馬鹿め」

本番挿入は卒業までお預け。
かたくなにそう告げる勝行の命令を守って、光は毎晩口でご奉仕することにした。その後は光へのご褒美タイム。素股や兜合わせで互いに扱き合い、性欲を遠慮なく放出する。
あんなにセックスを嫌がっていた勝行だが、照れがなくなってくるとブラックモードがちらちらと表に出てくるようになった。

「はあ……光かわいい……俺の光、その泣き顔は俺にだけ見せて」

フェラの最中に興奮が収まらなくなってくると、乳首を本気で抓り、光の勃起した前張りを踏みつけ、己の武器を喉にぐいぐい押し付けてくる。痛みと快感に耐えつつも一度も口を離さず、最後まで精を搾り取る光を見ては、「いい子だ」と嬉しそうに抱きしめた。
絶対に勝行はいじめっ子だと光は思った。散々ヤラれた後、涙目で睨みつけ「この鬼畜野郎!」と悪態をつくたび、物凄く気持ちよさそうに身震いするのだ。
そのあと「やりすぎ」と言って頭突きのひとつでもかませば、我に返った勝行が「ごめん」と甘ったるいキスの嵐を何度も落して詫びてくれる。

「……キス、もっと」
「あんなにえげつないこと平気でするのに……光は本当にキスが好きだね」
「ふぁ……ん……すひ、もっろ」

フェラもキスも気持ちいい。口の中に指を詰め込まれるだけでも、身体はビクビクと悦に浸る。どうやら口の中に快感のツボがあるらしい。例のごとくネットで調べたという勝行が、しつこく口腔内を舐め回して光の性感帯を探りまくる。
恍惚とした表情で必死に指をしゃぶっていると、「エロ過ぎ」と興奮しすぎた勝行に耳を食まれ、油断した隙に涎で濡れたその指が口元から乳首までぬるり這いずった。それだけで光は「あ、あああん!」と簡単に達してしまう。
優しい愛撫はもどかしくてむず痒いけれど、心も体も気持ちがいい。だから光は勝行のキスを何度も欲しがった。舌を絡め、同じ歯磨き粉の香りを共有しながら、最後は毎晩キスで寝落ちる。そんな甘っるい一日を何度となく繰り返していく。

「卒業式まで……あと何日?」
「試験の翌日だったかな。あと一週間」
「そっか……もうちょっとだな」

朝。カレンダーを見つめていた光は、卒業式だと聞いた二月末日の枠に、緑のハートをまたひとつ描き込んだ。

「それもクローバー?」
「違う、これは。えっちの解禁マーク」
「ええ……楽しみにしすぎじゃない? ハードル上がると俺が辛い」

情けない声で反論する勝行が、ペンを持つ光を背後から抱きしめ、首の後ろに何度もキスマークを施す。

「でもその日が来た後も、ずっと傍にいてね……」

不安そうに囁くその言葉は、このまま自宅にずっと光を閉じ込めていたいと言わんばかりの低音を響かせる。

「今日は家庭教師の最後の授業があるんだ。だから充電させて」
「俺は今日は……あ、定期診察か」

久しぶりに別行動の日を迎えることになり、不安が募ったのだろう。背後に勝行をくっつけたまま、リビングの姿見に今の自分を映してみた。首の周りがわかりやすく真っ赤だ。

「こんなにキスマつけて病院行ったら、星野センセに何て言われるか……。いや、今日は心療内科だからあいつか。くそ、絶対弄ってくるぞ。どうしてくれる」
「別にいい。光は俺のものってことがきっちりわかるようにしておかないと」
「お前はあの先生に会わないから平気だろうけどさあ」
「平気なわけないよ。心療内科の若槻悟、三十五歳独身。星野先生の後輩で、女にモテるくせして誰とも付き合わない。ゲイの噂あり。そんな男がお前と二人っきりになるなんて、心配だ」

急にぺらぺらと担当医の個人情報を暴露され、光はぎょっとする。鏡に映る背後の勝行の表情は、誤魔化せないほどの病みモードだ。身辺の人間は一度全部調べていると言っていたが、若槻までもがしっかり勝行の敵としてターゲットロックオンされているようだった。

「大丈夫だって。あいつの好きな男は俺じゃねえよ」
「……知ってるのか?」
「ああ、だって分かりやすいもん。むしろ向こうが俺を敵認定してっからな。だから絶対平気」
「ふうん……? 光がそう言うんなら信じるけど」
「ああ。俺も勝行のこと信じてるからな。今日は実家に付き添えないけど、絶対片岡のおっさんから離れんなよ」

まだ何となく、相羽家に一人で行かせるのは光も不安だった。だが勝行は静かにそれを否定した。

「今日は片岡さんには光の護衛を頼んでる。村上先生もいないし、お前の護衛はあまり知らない輩に任せたくないし。俺の護衛は他にもいるから」
「あ、そっか……。大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、父の目利きで選んだ屈強な男ばかりだ。あの人も筋肉マニアだから」
「……相羽家では今度プロレスでも開催すんのか?」
「柔道の大会なら開けるかな」

まだまだ摂氏零度近い真冬の朝。
ふふっと笑いながら、勝行は時間の許す限り光に抱き着いて、いつまでもその温もりを堪能していた。光もそんな温もりがあまりにも平和すぎて、また大きな事件が起きるなんてことは全く想像できなかった。
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