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第九章 VS相羽修行
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最近、晴樹や片岡を通じてバックバンドのメンバーと連絡を取ることを覚えた。電話は苦手だが、いつまでも避けては通れない。
自分のスマホでオーナーに電話してみたところ、二つ返事でOKをもらえた。だがサポートメンバーの藤田と須藤が不在と聞かされる。別バンドのサポートに出向いているらしい。
「ベース抜きは痛くないか?」
「うーん……」
トントンと机を指で弾き、しばし考える。それからふいに考え付いた光は「俺、ベースやるわ」と言い出した。
「え?」
「久我さんは専属だけど、須藤さんと藤田さんは他のバンドもヘルプしてるだろ。須藤さんがいない時のカバーは俺がしなきゃって話を保に聞いて練習してたんだ。ロックやるならスリーピース(※)は欠かせねえって」
指をバラバラ動かし、調子を確認しながら「だから今日はピアノ抜きでやろうぜ」と提案する。勝行のルーズリーフの隅っこにさっとセットリストも書き出した。
二学期、ドキュメンタリー映画のカメラが回る前でベースの練習をずっとしていた。まだ公にその成果は見せていないが、一度勝行に披露してみたいし、どうせなら気持ちよさげに歌ってギターをかき鳴らす勝行を、友人たちに見せてやりたい。
「お前、ギリギリまで勉強してていいから。準備は俺がやる。オーナーも手伝ってくれるし、配線は久我さんに聞く」
「わかった。じゃあ……よろしく頼む」
勝行は戸惑いながらも、光を信じて背中を預けてくれた。お手並み拝見といったところか。
「よっし。じゃあ今日のライブはピアノお預けだし、ここでやろうっと」
すっかりやる気に満ち溢れた光は、最後の補習日だというのに筆記具を全部しまい込み、机上に自前の電子キーボードを広げた。一度は壊れたものの修理が終わり、無事手元に戻ってきた自分の分身だ。
「えっ今西、ここで演奏するのか?」
「だって自習中だろ。なら別にピアノの練習しててもいいじゃん。バスケだってしたんだから」
「そりゃ確かに」
光は電源を教室の隅っこから拝借しつつ、周囲に「どういうのが好き?」と聞いてみた。いつも教室ではキャリーケースに入ったままだったキーボード本体を前にして、級友たちは大興奮だ。
「けっこうデカいなあ!」
「今西がどっかのピアノですげえ曲弾いてる動画、俺見たぜ」
「ああいうの弾いてみてくれよ」
動画の曲が何かわからず首を傾げて考え込んでいると、一人が件の動画を見せてくれる。以前いけ好かない男に馬鹿にされ、むしゃくしゃして弾いた曲だった。
「あーこれか。ムカついてたからあんまり覚えてねえんだけど」
「マジかよーこれ、怒ってたん?」
「たしかに、すげえタイマンっぽいパッション感じるわ」
「こん時の今西、顔もやべえよ。超怖え」
「そうか?」
改めて聞いてみると、本当にめちゃくちゃな我流カデンツァだった。真面目に活動しているクラシック奏者が聴いたら怒るだろう。けれどどこか自分らしいなと思ってしまった。型にハマった演奏ができない自分は、どこまでも音で遊ぶのが好きだ。それを聞いた人間が、面白いと思ってくれるのならそれでいい。
「なんていう曲か知らねえけど。ロックかこれ?」
「俺、こういうの好きだわ」
厳かなクラシックのピアノ曲をロックと言われて、光は思わず噴き出した。後ろで話を聞いていた勝行も苦笑している。だったらいっそベースの音色を変えて、ドラムのリズムをベタ打ちで入れてしまえば、キーボードトリオの完成だ。
ガガガン、デュドドン、デデデンッ、とリズムよく叩けば、キーボードからはまるでゲームのバトルミュージックのような楽曲が流れだす。
「こういうことな?」
「うおおお、すげえ!」
「今西、かっけー!」
音楽に疎い同級生たちも大興奮だ。彼らが「じゃああれは?」「これも!」と流行りの楽曲を次々リクエストし始めたので、光はそのままいつものようにメドレーで繋いで演奏した。テレビドラマの曲、ニュースのジングル、音楽の教科書に載っているフォークソング、はたまたコンビニの入店曲……。
「WINGSの曲も聞いてるぜ、俺あれ好きだ。水たまりの歌」
「ああ、stepp'd in a puddleな」
――大失敗も後悔も壊れた夢も、全部雨に流して蹴っ飛ばしてしまえ!
「って叫ぶサビんとこよ、相羽がかっけぇよな」
「今日それやるぜ、どうせなら勝行のギターも聞きたくねえ?」
「あ、聞きたい、聞きたい!」
「この曲めっちゃカッコいいよな。ちょうど試合で負けて凹んだ時にこれ聞いてさあ、マジで雨ン中走って水たまり蹴っ飛ばしてきたわ」
「あははは! そういう歌だし合ってる!」
みんながWINGSの曲を知ってくれて、聴いて歌詞にまで共感してくれているという。光は嬉しくなって、ピアノを弾く手が止まらなくなっていた。逆に勉強していたはずの勝行は「ほ、ホントなの?」と驚き、シャープペンシルを持つ手が止まっている。
しばらくすると音漏れに気づいた教員が「こらあ今西! こんなとこで何をやってる!」と怒鳴りにやってきた。だが教室にいた級友たちがこぞって光を囲い、擁護する。
「何って。自習だよ自習!」
「たまには音楽聞きながら勉強したっていいだろ」
「はあ? お前ら最終日ぐらい大人しくせんか!」
年配の男性教諭がブチ切れながら反論する生徒一人の胸倉を掴む。その途端、ガタンと勝行が席を立った。
「すみません。村上先生が音楽の自学自習を許可してくださったので演奏してます。何か問題ありましたでしょうか」
「あ、相羽……お前もいたのか」
「うちのクラスの自習は副担任の村上先生の指示に従ってるだけです。いたって大人しく真面目に勉強してるんですけど」
「そ、そうだそうだ!」
「村上先生だと……くそっ、あの若造。余計なことを……」
教員は歯ぎしりしながら生徒を解放し、「もう少し静かにしなさい!」と捨て台詞を吐いて立ち去っていく。光は思わず勝行を振り返り、小声で「ホントに晴樹の許可とったのか?」と聞いてみる。すると勝行は腹黒い笑みを浮かべて「そんなわけないだろ」と舌を出した。
「どうせ最終日だし、もうあの人もこの学校辞めるだろうから。いいんじゃない」
「お……お前はそういう奴だよな……」
「お前ら全員のこと庇ってやったんだから、ちょっとは感謝してよね」
静かにしろと言われたばかりだというのに、三年一組の教室には賑やかな笑い声が再び沸き起こっていた。
※スリーピース……ギタリスト+ベーシスト+ドラマーの3人編成のバンドのこと。
WINGSはキーボードとギターのデュオバンドなので、ロック曲やりたい時はベースとドラムはサポートを頼んでます。
自分のスマホでオーナーに電話してみたところ、二つ返事でOKをもらえた。だがサポートメンバーの藤田と須藤が不在と聞かされる。別バンドのサポートに出向いているらしい。
「ベース抜きは痛くないか?」
「うーん……」
トントンと机を指で弾き、しばし考える。それからふいに考え付いた光は「俺、ベースやるわ」と言い出した。
「え?」
「久我さんは専属だけど、須藤さんと藤田さんは他のバンドもヘルプしてるだろ。須藤さんがいない時のカバーは俺がしなきゃって話を保に聞いて練習してたんだ。ロックやるならスリーピース(※)は欠かせねえって」
指をバラバラ動かし、調子を確認しながら「だから今日はピアノ抜きでやろうぜ」と提案する。勝行のルーズリーフの隅っこにさっとセットリストも書き出した。
二学期、ドキュメンタリー映画のカメラが回る前でベースの練習をずっとしていた。まだ公にその成果は見せていないが、一度勝行に披露してみたいし、どうせなら気持ちよさげに歌ってギターをかき鳴らす勝行を、友人たちに見せてやりたい。
「お前、ギリギリまで勉強してていいから。準備は俺がやる。オーナーも手伝ってくれるし、配線は久我さんに聞く」
「わかった。じゃあ……よろしく頼む」
勝行は戸惑いながらも、光を信じて背中を預けてくれた。お手並み拝見といったところか。
「よっし。じゃあ今日のライブはピアノお預けだし、ここでやろうっと」
すっかりやる気に満ち溢れた光は、最後の補習日だというのに筆記具を全部しまい込み、机上に自前の電子キーボードを広げた。一度は壊れたものの修理が終わり、無事手元に戻ってきた自分の分身だ。
「えっ今西、ここで演奏するのか?」
「だって自習中だろ。なら別にピアノの練習しててもいいじゃん。バスケだってしたんだから」
「そりゃ確かに」
光は電源を教室の隅っこから拝借しつつ、周囲に「どういうのが好き?」と聞いてみた。いつも教室ではキャリーケースに入ったままだったキーボード本体を前にして、級友たちは大興奮だ。
「けっこうデカいなあ!」
「今西がどっかのピアノですげえ曲弾いてる動画、俺見たぜ」
「ああいうの弾いてみてくれよ」
動画の曲が何かわからず首を傾げて考え込んでいると、一人が件の動画を見せてくれる。以前いけ好かない男に馬鹿にされ、むしゃくしゃして弾いた曲だった。
「あーこれか。ムカついてたからあんまり覚えてねえんだけど」
「マジかよーこれ、怒ってたん?」
「たしかに、すげえタイマンっぽいパッション感じるわ」
「こん時の今西、顔もやべえよ。超怖え」
「そうか?」
改めて聞いてみると、本当にめちゃくちゃな我流カデンツァだった。真面目に活動しているクラシック奏者が聴いたら怒るだろう。けれどどこか自分らしいなと思ってしまった。型にハマった演奏ができない自分は、どこまでも音で遊ぶのが好きだ。それを聞いた人間が、面白いと思ってくれるのならそれでいい。
「なんていう曲か知らねえけど。ロックかこれ?」
「俺、こういうの好きだわ」
厳かなクラシックのピアノ曲をロックと言われて、光は思わず噴き出した。後ろで話を聞いていた勝行も苦笑している。だったらいっそベースの音色を変えて、ドラムのリズムをベタ打ちで入れてしまえば、キーボードトリオの完成だ。
ガガガン、デュドドン、デデデンッ、とリズムよく叩けば、キーボードからはまるでゲームのバトルミュージックのような楽曲が流れだす。
「こういうことな?」
「うおおお、すげえ!」
「今西、かっけー!」
音楽に疎い同級生たちも大興奮だ。彼らが「じゃああれは?」「これも!」と流行りの楽曲を次々リクエストし始めたので、光はそのままいつものようにメドレーで繋いで演奏した。テレビドラマの曲、ニュースのジングル、音楽の教科書に載っているフォークソング、はたまたコンビニの入店曲……。
「WINGSの曲も聞いてるぜ、俺あれ好きだ。水たまりの歌」
「ああ、stepp'd in a puddleな」
――大失敗も後悔も壊れた夢も、全部雨に流して蹴っ飛ばしてしまえ!
「って叫ぶサビんとこよ、相羽がかっけぇよな」
「今日それやるぜ、どうせなら勝行のギターも聞きたくねえ?」
「あ、聞きたい、聞きたい!」
「この曲めっちゃカッコいいよな。ちょうど試合で負けて凹んだ時にこれ聞いてさあ、マジで雨ン中走って水たまり蹴っ飛ばしてきたわ」
「あははは! そういう歌だし合ってる!」
みんながWINGSの曲を知ってくれて、聴いて歌詞にまで共感してくれているという。光は嬉しくなって、ピアノを弾く手が止まらなくなっていた。逆に勉強していたはずの勝行は「ほ、ホントなの?」と驚き、シャープペンシルを持つ手が止まっている。
しばらくすると音漏れに気づいた教員が「こらあ今西! こんなとこで何をやってる!」と怒鳴りにやってきた。だが教室にいた級友たちがこぞって光を囲い、擁護する。
「何って。自習だよ自習!」
「たまには音楽聞きながら勉強したっていいだろ」
「はあ? お前ら最終日ぐらい大人しくせんか!」
年配の男性教諭がブチ切れながら反論する生徒一人の胸倉を掴む。その途端、ガタンと勝行が席を立った。
「すみません。村上先生が音楽の自学自習を許可してくださったので演奏してます。何か問題ありましたでしょうか」
「あ、相羽……お前もいたのか」
「うちのクラスの自習は副担任の村上先生の指示に従ってるだけです。いたって大人しく真面目に勉強してるんですけど」
「そ、そうだそうだ!」
「村上先生だと……くそっ、あの若造。余計なことを……」
教員は歯ぎしりしながら生徒を解放し、「もう少し静かにしなさい!」と捨て台詞を吐いて立ち去っていく。光は思わず勝行を振り返り、小声で「ホントに晴樹の許可とったのか?」と聞いてみる。すると勝行は腹黒い笑みを浮かべて「そんなわけないだろ」と舌を出した。
「どうせ最終日だし、もうあの人もこの学校辞めるだろうから。いいんじゃない」
「お……お前はそういう奴だよな……」
「お前ら全員のこと庇ってやったんだから、ちょっとは感謝してよね」
静かにしろと言われたばかりだというのに、三年一組の教室には賑やかな笑い声が再び沸き起こっていた。
※スリーピース……ギタリスト+ベーシスト+ドラマーの3人編成のバンドのこと。
WINGSはキーボードとギターのデュオバンドなので、ロック曲やりたい時はベースとドラムはサポートを頼んでます。
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