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第九章 VS相羽修行

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(……可愛い。キスしただけでとろっとろになった)

光はあっという間に恍惚とした表情を浮かべ、気持ちよさそうに受け入れてくれる。素直すぎる反応が愛おしくて仕方ない。何度でもキスしたくなる衝動を抑え、勝行は代わりに額をくっつけた。

「だからパートナーの病状が悪化していくのを放置するなんて俺にはできない。入院ばかりは辛いかもしれないけど、ちゃんとアメリカで適切な治療を受けて欲しい」
「……」
「もちろん、俺も一緒に行くから」
「え? ど、どうやって」

その提案は想定していなかったらしい。光は続きの言葉に目を丸くして顔をあげた。

「大学には留学っていう手があるんだ。どのみち可能性があるならアメリカに行きたいと思っててね。あと半年だけ待っててくれたら、秋には行けるはず」
「留学?」
「村上先生のように、向こうの大学に通うってことさ。父さんにもそう言ったら、万策尽きたみたいで頭抱えてた」

あの人に勝ったと誇らしげに語ると、光は眉を潜めつつ「ははっ」と苦笑いした。

「向こうでは芸能系の授業は当たり前のように学べて、舞台芸術も本場の仕事が観れる。むしろ憧れの地なんだ。こんなこと言ったら、治療目的で渡米するのに不謹慎かなと思って黙ってたんだけど。少なくとも俺と保さんは本気で移住の計画を進めている」
「そっか……そう、なのか……」

光はほっとしたように小さく笑みを浮かべていた。
きっとまだ自分のせいで状況が悪くなったと気にしていたのだろう。だが渡米治療は勝行にとってむしろメリット。父が自分に直接言わず、無知な光を焚きつけて根回ししてきたことに腹が立った。

「父さんの行動パターンは手に取るほどよくわかる。……悔しいけど、やっぱ親子だから似てるんだよ。俺の考えたことに対して逐一先手打ってくる。だからいつか光に接触するだろうなとは思ってたんだ……俺がお前に依存してること、いい加減バレてるから」
「親父さんは別に意地悪で言ったんじゃないと思ったけど」
「本当にそう思ってるの? だとしたら鈍感だし、優しすぎだよ。お前は脅されたんだぞ。子どもの不幸を自分の利益に利用するなんて、卑怯にもほどがある。俺は本気でキレそうになった」

成人とまではいかないが、十八を過ぎればできることが少しずつ増えてくる。大人になるのを待たずに独立できるよう、高校生の間に自分の資産をコツコツとためてきた。あとは正月に宣言した通り、相続権利のすべてを放棄して父と兄に家督を譲れば終わりだ。光を連れて自由の国へと飛び発てばいい。
勝行にはもう相羽家になんの未練もなかった。

「進路を変えられなかったら、今度はお見合いとか言ってきそうだし」
「お見合いって何するんだ?」
「親の都合で勝手に結婚相手の女性を決められるんだ」
「けっ……結婚……」
「跡取りを作れって言い出すよきっと。家のために子どもを残せって。俺と兄さんもきっと、そんな理由で生まれてきたんだ」

冗談じゃない。
ため息をつきながら愚痴っていると、せっかく笑顔を取り戻していた光の顔がまた強張っているように見えた。またいらないことを言って不安を煽ってしまったようだ。勝行は慌てて話題を戻す。

「確かに父さんの言うことは間違ってないし、正論だと思う。向こうに行ったからといって、音楽活動で成功するとは限らない。それでも俺は挑戦したいんだ。俺の将来の夢は、光のプロデューサーだよ? 生きて音楽を作り続けるお前を隣で支えることが、俺の夢だ」

そう呟くと、光ははっとしたように勝行と視線を合わせた。それから懸命に考えたであろう言葉を紡いでくれる。

「お……俺の夢は。お前の夢を、叶えることだ。……お前の役に立ちたい」
「本当に? 嬉しいな」
「うまくできるかどうか……わかんねえけど」
「夢ってそんなもんだよ。誰だって最初からうまくできるわけない」

なるべく光に伝わるよう、簡潔に、愛を込めて。
勝行は一呼吸おいては啄むように口づけながら、光に語り続ける。

「ただ、生きていてくれたらいい」
「俺の傍にいて、好きな時に音楽を奏でて」
「ピアノを上手く弾けない時は、俺が代わりに弾いて、歌うよ」

できないことはお互いにカバーし合えばいい。そんな生き方こそがWINGSなのだから。

「ずっと二人で、一緒に生きようね」

誓いの言葉は互いの口腔内に閉じ込め、勝行は光をベッドに押し倒していつまでも貪り続けた。
二人の両手指はシーツの上で絡まったまま、朝まで離れることもなかった。

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