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第九章 VS相羽修行
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「じゃあ親父さん説得して、行きたいとこに願書出せたんだ」
「うん。説得というか……正月に一度宣言してるから、撤回する気はないって言った。その代わりこの受験勝負に勝たないと意味ないけどね」
「大丈夫だって。お前めっちゃ頑張ってるから」
立ち寄ったのはスタジオ近くのいつものバーガーショップ。いつもと違うのは、四人掛けの向かい席に晴樹と片岡が座っているところか。
勝行と二人並んでベンチシートに座り込んだ光は、話を聞いてほっとしていた。自分の病気のせいで彼の未来を変えてしまうのではないかという不安もようやく払拭した。おかげで晴樹に奢ってもらったてりやきバーガーがいつもより美味しく感じられる。晴樹も片岡も、うんうんと頷きながら勝行にエールを送っていた。
「共通一次の点数かなり稼げてるから、よっぽどこけない限り余裕じゃない。勝行くん、とんでもない点数叩き出したって職員室で大騒ぎになってたよ」
「大袈裟な。確定でもないのに」
「自己採点とはいえ全教科平均は余裕越えだし、公民はほぼ満点でしょ。パッパの言う通り、T大を受けないなんて勿体ない、とか言ってる先生がいっぱいいたよー」
「何を今更。模試の結果とたいして変わらないのに現金な」
晴樹の言葉を軽く受け流し、勝行はふんと鼻で笑った。
「どうしたいか、最後に決めるのは自分だ。……村上先生と保さんがそう仰ったのを聞いて吹っ切れたんですよ。すぐ打算的に考える癖があって、自分の感情にはなかなか向き合えなかったので」
「えー、まさか僕、生徒の心動かしちゃった系?」
青春だねえと茶化して笑うけれど、晴樹の調子はいつもほどハイテンションではない。
オレンジジュースのストローを啜りながら、光は「そういえば」と疑問を投げかけた。
「晴樹は大学、アメリカに行ったって言ってたけど」
「うん、そうだよ」
「あんたはなんの夢を叶えに行ったの?」
気が乗らないのか、晴樹は「うーん」「そうだねえ」と歯切れの悪い相槌を打つばかりで、なかなか回答をくれない。何か言いづらいことでもあるのだろうか。話題を変えて今日の授業で晴樹とバスケをした話をすると、勝行と片岡は「見てみたかったな」と興味を示した。
「ルールはよくわかんねえけど、とにかくめちゃくちゃ巧くてさ。手品か曲芸でも見てる気分だったぞ。何やってもボール落さないし、指一本で回したりできるし」
「そうなんだ。アメリカに行ってバスケで活躍した日本人なんて、歴史的にもまだ少ないはずだよ。向こうは本場だから」
「じゃあ晴樹ってマジですげえんだな。クラスのみんな騒いでた。バスケの有名人なんだって」
ともすれば現役芸能人のWINGSよりも、目の前にいる歴史的偉人・村上晴樹の方がはるかに人気者だった。それを勝行に言うと、思い当たる節があったらしく勝行は「そういえば」と口元に手をやった。
「保さんも元バスケ部って言ってたな。高校の時、全国大会で優勝したって」
「晴樹と保は高校の同級生なんだろ。じゃあ、チームメイトってことか」
「あはは、そうだね。バスケは僕より保の方がうまいよ」
謎のプロデューサー・置鮎保の伝説がさらに増えた気がする。晴樹のツッコミを聞いて二人は驚いた。
「え……そうなのか? 保、なんでも出来すぎだろ。あいつはバケモンか」
「ホントに。保こそ、真の天才で化け物だと思うよ。僕も」
肘をつき、ポテトをちびちびとつまみながら、晴樹は愚痴るようにぼそっと呟いた。
「僕はねえ、一人でかっこつけてアメリカにまで渡っておきながら、本場じゃ全然通用しなくて心折れて。無一文で日本に戻ってきた典型的な負け犬だよ」
「……」
なんと返せばいいかもわからず、光は勝行に助けを求めて振り返った。しかし勝行もばつが悪そうにしている。
そもそも彼が日本に戻ってきた時、恋人の保に会うため戻ってきたのだと熱弁していた事しか知らない。バスケのことも、今日初めて知ったのだ。晴樹が話さなかった理由にようやく気づいて、二人は顔を見合わせた。
「現役の前でこんなこと言いたくないからさー。黙ってたんだけど。上には上がいるってことをとことん思い知らされて、打ちのめされて帰ってきたよ。そもそも契約金とかすんげー額面見せられて、大人にちやほやされてさ。高校生が夢見ずにいられるかっての」
たはは、と失笑する晴樹を見つめながら片岡がふっと優しく微笑む。
「ですが、失敗したからこそ見落としていた別の幸せに巡り合える事もありますよ。お二人には、そういう話を聞くことも必要だと思います」
「片岡さん……やっさしー。さすが大人!」
「勝行さんにはもう耳タコかもしれませんが……実際にスポーツや芸能といった花形の世界で実績をあげることは非常に厳しい。お二人がどんなに素晴らしい才能を持っていても、芸事は提供する作品や観客といった流動的な第三の目が評価基準になるんです。お二人の力だけではトップスターになれないし、収入も安定しない。お父様がご心配なさっているのはそういうことだと……これだけは分かっていただきたい」
「……はい。分かってます」
勝行は片岡の話を苦虫を噛み潰したような顔をして聞いている。晴樹は「失敗談でいいならいくらでも話すよ」とおどけた顔で肩をすくめた。
「ではおかわりの飲み物を買ってきましょう。何がよろしいですか?」
片岡は笑顔でそう告げると、四人分の追加オーダーを買うべく席を立った。
「じゃあ親父さん説得して、行きたいとこに願書出せたんだ」
「うん。説得というか……正月に一度宣言してるから、撤回する気はないって言った。その代わりこの受験勝負に勝たないと意味ないけどね」
「大丈夫だって。お前めっちゃ頑張ってるから」
立ち寄ったのはスタジオ近くのいつものバーガーショップ。いつもと違うのは、四人掛けの向かい席に晴樹と片岡が座っているところか。
勝行と二人並んでベンチシートに座り込んだ光は、話を聞いてほっとしていた。自分の病気のせいで彼の未来を変えてしまうのではないかという不安もようやく払拭した。おかげで晴樹に奢ってもらったてりやきバーガーがいつもより美味しく感じられる。晴樹も片岡も、うんうんと頷きながら勝行にエールを送っていた。
「共通一次の点数かなり稼げてるから、よっぽどこけない限り余裕じゃない。勝行くん、とんでもない点数叩き出したって職員室で大騒ぎになってたよ」
「大袈裟な。確定でもないのに」
「自己採点とはいえ全教科平均は余裕越えだし、公民はほぼ満点でしょ。パッパの言う通り、T大を受けないなんて勿体ない、とか言ってる先生がいっぱいいたよー」
「何を今更。模試の結果とたいして変わらないのに現金な」
晴樹の言葉を軽く受け流し、勝行はふんと鼻で笑った。
「どうしたいか、最後に決めるのは自分だ。……村上先生と保さんがそう仰ったのを聞いて吹っ切れたんですよ。すぐ打算的に考える癖があって、自分の感情にはなかなか向き合えなかったので」
「えー、まさか僕、生徒の心動かしちゃった系?」
青春だねえと茶化して笑うけれど、晴樹の調子はいつもほどハイテンションではない。
オレンジジュースのストローを啜りながら、光は「そういえば」と疑問を投げかけた。
「晴樹は大学、アメリカに行ったって言ってたけど」
「うん、そうだよ」
「あんたはなんの夢を叶えに行ったの?」
気が乗らないのか、晴樹は「うーん」「そうだねえ」と歯切れの悪い相槌を打つばかりで、なかなか回答をくれない。何か言いづらいことでもあるのだろうか。話題を変えて今日の授業で晴樹とバスケをした話をすると、勝行と片岡は「見てみたかったな」と興味を示した。
「ルールはよくわかんねえけど、とにかくめちゃくちゃ巧くてさ。手品か曲芸でも見てる気分だったぞ。何やってもボール落さないし、指一本で回したりできるし」
「そうなんだ。アメリカに行ってバスケで活躍した日本人なんて、歴史的にもまだ少ないはずだよ。向こうは本場だから」
「じゃあ晴樹ってマジですげえんだな。クラスのみんな騒いでた。バスケの有名人なんだって」
ともすれば現役芸能人のWINGSよりも、目の前にいる歴史的偉人・村上晴樹の方がはるかに人気者だった。それを勝行に言うと、思い当たる節があったらしく勝行は「そういえば」と口元に手をやった。
「保さんも元バスケ部って言ってたな。高校の時、全国大会で優勝したって」
「晴樹と保は高校の同級生なんだろ。じゃあ、チームメイトってことか」
「あはは、そうだね。バスケは僕より保の方がうまいよ」
謎のプロデューサー・置鮎保の伝説がさらに増えた気がする。晴樹のツッコミを聞いて二人は驚いた。
「え……そうなのか? 保、なんでも出来すぎだろ。あいつはバケモンか」
「ホントに。保こそ、真の天才で化け物だと思うよ。僕も」
肘をつき、ポテトをちびちびとつまみながら、晴樹は愚痴るようにぼそっと呟いた。
「僕はねえ、一人でかっこつけてアメリカにまで渡っておきながら、本場じゃ全然通用しなくて心折れて。無一文で日本に戻ってきた典型的な負け犬だよ」
「……」
なんと返せばいいかもわからず、光は勝行に助けを求めて振り返った。しかし勝行もばつが悪そうにしている。
そもそも彼が日本に戻ってきた時、恋人の保に会うため戻ってきたのだと熱弁していた事しか知らない。バスケのことも、今日初めて知ったのだ。晴樹が話さなかった理由にようやく気づいて、二人は顔を見合わせた。
「現役の前でこんなこと言いたくないからさー。黙ってたんだけど。上には上がいるってことをとことん思い知らされて、打ちのめされて帰ってきたよ。そもそも契約金とかすんげー額面見せられて、大人にちやほやされてさ。高校生が夢見ずにいられるかっての」
たはは、と失笑する晴樹を見つめながら片岡がふっと優しく微笑む。
「ですが、失敗したからこそ見落としていた別の幸せに巡り合える事もありますよ。お二人には、そういう話を聞くことも必要だと思います」
「片岡さん……やっさしー。さすが大人!」
「勝行さんにはもう耳タコかもしれませんが……実際にスポーツや芸能といった花形の世界で実績をあげることは非常に厳しい。お二人がどんなに素晴らしい才能を持っていても、芸事は提供する作品や観客といった流動的な第三の目が評価基準になるんです。お二人の力だけではトップスターになれないし、収入も安定しない。お父様がご心配なさっているのはそういうことだと……これだけは分かっていただきたい」
「……はい。分かってます」
勝行は片岡の話を苦虫を噛み潰したような顔をして聞いている。晴樹は「失敗談でいいならいくらでも話すよ」とおどけた顔で肩をすくめた。
「ではおかわりの飲み物を買ってきましょう。何がよろしいですか?」
片岡は笑顔でそう告げると、四人分の追加オーダーを買うべく席を立った。
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