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第九章 VS相羽修行
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それは勝行が頭部損傷で救急に運ばれた時。
付き添いだった光はパニック障害を起こし、別の病室に一度隔離された。心療内科医の若槻が、咳き込みながら泣きわめく光に点滴を打つ時、足に異変を確認したそうだ。
報告を受けた星野はその場で投薬、治療していたらしい。退院する際には、少しでも身体に異変があればすぐ病院に来るようにと口酸っぱく指導された。しかし光にはいまいちピンとこなかった。
「異変って何かよくわかんねえ」
稲葉と一緒に検査結果を教えてもらったあの時も、特になんの違和感も感じていなかった。これから一体自分がどうなるのか、さっぱり見当がつかない。星野はふむと顎に手をやり、暫し考え込んだ。
「そうだな、分かりやすい症状が出るとするなら……これから寒くなってきて手足が冷えた時、白くなって皮膚が硬くなったり浮腫んだりする」
「なんだ、それだけ?」
思ったほどの『異変』ではない気がして、光は思わず首をかしげた。
この前も雪の中で靴を駄目にし、指先が変色するほど冷えたことを話すと星野は真剣な面持ちで光の手を取り、あちこちの指をさすった。
「この病気はね、発症しても十年以上生き延びる人が多い。だが完治させる薬もない。そして悪化すると皮膚だけでなく、内臓にも病変が起きる可能性がある。光くんの心臓にそれが起きたら……どうだい、危険だと思わないか」
「……た、確かに……」
「それに硬化の程度が進むと、指の関節が固まることもある。たとえ君が元気に長生きできたとしても、将来、突然この指が動かなくなったら……君はどう思う」
「……えっ」
「他にも色んな症状を起こす可能性がある。この病気は自己免疫疾患といってね。自分で自分の細胞を傷つけてしまう病気だ。今後身体のどこで何が起きるか分からないと思ってくれないか。まだ検査結果から可能性が高いと診断されただけだし、僕は専門外で、あまり詳しくなくてね」
「自分で……自分を傷つける病気……」
「そう。光くんの体内には医療器具が埋め込まれている。それを敵とみなされて体内で攻撃するようになれば寝たきりにもなりかねない。最悪は、心肺停止だ」
急にどんどんと話が大きくなってきて、光は思わず身震いした。
だが自分のことは自分で決めると言った以上、こういった説明や予見はすべて把握しておかなければいけない。必死に思考を巡らせる。
「指が……へんになったら……先生に言えばいいってこと……?」
「そうだね、他にも身体が痛くなったり、吐き気がした時は必ず来るように」
「わ、わかった」
「この病気とは一生ものの付き合いになることを覚悟して。僕らも君の治療に全力を尽くす。皮膚科の先生とも連携を取っているから安心して。でもやっぱり、アメリカに行くのは嫌かい?」
「……う……うん……待って……もうちょっと……考えさせて」
「大丈夫だ、そこまで本格的な治療が必要なレベルではない。でも今後ピアニストとして生きるのなら、初期段階のうちに徹底的な検査と治療をするべきだと先生は思ってるんだ」
「……はい……」
「楽しいクリスマスを迎える前に、怖いことを言ってごめんね」
手を撫でながら何度も謝る星野に、光は首を振った。謝ってもらう必要なんてどこにもない。せっかく治してもらっても、また勝手に面倒な病気になる自分の身体が悪いのだから。
だがこのままでは、またWINGSの仕事に支障が出る気がしてならない。
「あのさ。いきなり倒れたりして仕事で穴開けちまうのが嫌なんだけど、どうしたらいい」
「そうだね。やっぱりストレスを溜めないことが一番」
「そんな曖昧な……」
「ストレスをバカにしてはいけないよ。特に君は、幼い頃からずっと辛い事を我慢してきて、治療もしていないようだから。たまには若槻先生の治療も受けること」
「えー……あの人苦手なんだけど、俺」
「でも言いたいこと言える雰囲気の先生だろう? 僕には言わないような暴言を吐いてくるって聞いたよ」
「……」
先生に向かって暴言を吐いたらストレス発散になる?
そんなことしてもいいのか、と首を傾げたけれど、若槻相手なら同性愛の悩みを話しても聞いてくれそうだなと思ったのは確かだ。光はしぶしぶ頷いた。
「それじゃあまた来年の診察で。何事もなく、無事にクリスマスとお正月が迎えられることを願っているよ。よいお年を」
星野は挨拶を終えて帰るまでずっと、光の白い指を温めるかのように撫で続けていた。
それは勝行が頭部損傷で救急に運ばれた時。
付き添いだった光はパニック障害を起こし、別の病室に一度隔離された。心療内科医の若槻が、咳き込みながら泣きわめく光に点滴を打つ時、足に異変を確認したそうだ。
報告を受けた星野はその場で投薬、治療していたらしい。退院する際には、少しでも身体に異変があればすぐ病院に来るようにと口酸っぱく指導された。しかし光にはいまいちピンとこなかった。
「異変って何かよくわかんねえ」
稲葉と一緒に検査結果を教えてもらったあの時も、特になんの違和感も感じていなかった。これから一体自分がどうなるのか、さっぱり見当がつかない。星野はふむと顎に手をやり、暫し考え込んだ。
「そうだな、分かりやすい症状が出るとするなら……これから寒くなってきて手足が冷えた時、白くなって皮膚が硬くなったり浮腫んだりする」
「なんだ、それだけ?」
思ったほどの『異変』ではない気がして、光は思わず首をかしげた。
この前も雪の中で靴を駄目にし、指先が変色するほど冷えたことを話すと星野は真剣な面持ちで光の手を取り、あちこちの指をさすった。
「この病気はね、発症しても十年以上生き延びる人が多い。だが完治させる薬もない。そして悪化すると皮膚だけでなく、内臓にも病変が起きる可能性がある。光くんの心臓にそれが起きたら……どうだい、危険だと思わないか」
「……た、確かに……」
「それに硬化の程度が進むと、指の関節が固まることもある。たとえ君が元気に長生きできたとしても、将来、突然この指が動かなくなったら……君はどう思う」
「……えっ」
「他にも色んな症状を起こす可能性がある。この病気は自己免疫疾患といってね。自分で自分の細胞を傷つけてしまう病気だ。今後身体のどこで何が起きるか分からないと思ってくれないか。まだ検査結果から可能性が高いと診断されただけだし、僕は専門外で、あまり詳しくなくてね」
「自分で……自分を傷つける病気……」
「そう。光くんの体内には医療器具が埋め込まれている。それを敵とみなされて体内で攻撃するようになれば寝たきりにもなりかねない。最悪は、心肺停止だ」
急にどんどんと話が大きくなってきて、光は思わず身震いした。
だが自分のことは自分で決めると言った以上、こういった説明や予見はすべて把握しておかなければいけない。必死に思考を巡らせる。
「指が……へんになったら……先生に言えばいいってこと……?」
「そうだね、他にも身体が痛くなったり、吐き気がした時は必ず来るように」
「わ、わかった」
「この病気とは一生ものの付き合いになることを覚悟して。僕らも君の治療に全力を尽くす。皮膚科の先生とも連携を取っているから安心して。でもやっぱり、アメリカに行くのは嫌かい?」
「……う……うん……待って……もうちょっと……考えさせて」
「大丈夫だ、そこまで本格的な治療が必要なレベルではない。でも今後ピアニストとして生きるのなら、初期段階のうちに徹底的な検査と治療をするべきだと先生は思ってるんだ」
「……はい……」
「楽しいクリスマスを迎える前に、怖いことを言ってごめんね」
手を撫でながら何度も謝る星野に、光は首を振った。謝ってもらう必要なんてどこにもない。せっかく治してもらっても、また勝手に面倒な病気になる自分の身体が悪いのだから。
だがこのままでは、またWINGSの仕事に支障が出る気がしてならない。
「あのさ。いきなり倒れたりして仕事で穴開けちまうのが嫌なんだけど、どうしたらいい」
「そうだね。やっぱりストレスを溜めないことが一番」
「そんな曖昧な……」
「ストレスをバカにしてはいけないよ。特に君は、幼い頃からずっと辛い事を我慢してきて、治療もしていないようだから。たまには若槻先生の治療も受けること」
「えー……あの人苦手なんだけど、俺」
「でも言いたいこと言える雰囲気の先生だろう? 僕には言わないような暴言を吐いてくるって聞いたよ」
「……」
先生に向かって暴言を吐いたらストレス発散になる?
そんなことしてもいいのか、と首を傾げたけれど、若槻相手なら同性愛の悩みを話しても聞いてくれそうだなと思ったのは確かだ。光はしぶしぶ頷いた。
「それじゃあまた来年の診察で。何事もなく、無事にクリスマスとお正月が迎えられることを願っているよ。よいお年を」
星野は挨拶を終えて帰るまでずっと、光の白い指を温めるかのように撫で続けていた。
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