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第八章 傾いた未来予想図
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「とりあえず飯食おうぜ。それから、お前に頼みたいことがあるんだ」
「うん?」
「お前の部屋の電子キーボード、貸りてきたからさ。歌って」
「……え? ここで?」
「ああ。ここにいるみんなさ、WINGSの曲、好きで聴いてくれてるんだって。もちろん、全員勝行のファン」
「……」
手をつないだまま、光が嬉しそうにファンだというスタッフたちを紹介してくれる。
実家で暮らしていた時から、ころころ顔触れが変わる使用人の名前までは知る由もなかったし、業務以外で話すことも滅多になかった。だが中高年の責任者から若い女性のメイドまで、みんながみんな「応援してます」「大学に行っても歌の活動、やめないでくださいね」と激励の言葉をかけてくれる。
勝行はただただ驚いて、呆然とそれを聞いていた。
「ファンクラブ、私も入ったんですよ。会員証持ってます」
「あ、わたしも!」
「片岡さんはもっとすごいですよね。会員番号一桁台ですって」
「クリスマスライブは誰が行くかで最初揉めたんですよ。結局片岡さんがご当主を連れて行ってくださったから、希望者はみんな休みをもらえまして」
「私は観に行けなかったけど、最終日の動画を拝見しました。クリスマスメドレーは感動してもらい泣きしてしまいましたよ……!」
まるでINFINITYでライブ帰りの出待ちにでもあったかのような歓声が次々に飛んでくる。光はこれを自分がいない間に散々聞いたようで、「なっ、すごいだろ」と目配せしてくる。
きっと彼はここに集まった身近な勝行ファンのために、小さなコンサートを開きたくて仕方ないのだろう。どこまでもお人好しな男だと勝行は苦笑した。
「なんか……照れくさいけど、嬉しいな。皆さん、ありがとうございます」
「それは私たちのセリフですとも。さあ勝行さん、卵焼き食べて!」
「お煮しめも絶品ですよ!」
「ちょ、待ってください、僕の口はひとつしかないですってば」
あれやこれやと皆がお勧めしてくる料理を次々口に入れ、順を追って味を噛み締める。おいしいと感想を言えば、みんながみんな「よかった」と笑顔を向けてくる。
さっきまでの殺伐とした説教や腹の探り合いで摩耗した精神まで、一緒に咀嚼して流し込んでしまえそうだ。
「勝行さんの十八歳のお正月。どうかいい思い出になりますように」
「ありがとうございます、片岡さん。今日はとても頼りになりました」
宴会の席でほとんどずっと勝行の背後に控え、主への暴言を黙って受け止めては静かに相手を威嚇し続けていた片岡も、ここに来てからはいつも通り、目尻に皺を寄せた笑顔を見せている。
WINGSの話をしながら皆と一緒に食べた食事はどれも美味しくて、優しい味が勝行の口いっぱいに広がった。
腹をある程度満たした後は、光の奏でるピアノをバックにいくつかの持ち歌を歌った。狭いスタッフルームの真ん中で、マイクの代わりに炭酸ジュースの缶を片手に。
突然すぎて上手く歌える自信がないと言えば「何言ってんだ」と光に小突かれる。
「今ココで歌ってるのは活動休止中のWINGSじゃねえ。従業員に世話してもらってる相羽家の次男・勝行だ。間違えたって誰も気にしねえって」
「ははっ、そうか……じゃあ今年もよろしくの意味を込めて歌わせてもらおうかな」
「僭越ながら私も一緒に歌いましょうか。WINGSの曲ならすべて歌えます」
「いやいいです片岡さんは黙って向こう側で聴いてて……」
「そ、そうですか?」
相羽家の使用人たちはWINGSガチ勢の片岡と共に、年季の入った団扇を振り、手拍子を打ちながら聴いてくれる。「一生勝行さんについていきますー!」などと大げさなファンコールまで送ってくれる。調子づいた光が持ち曲をメドレーにして次々繋ぐので、まるで本当にライブハウスでやる即興ライブのようだ。
(本家に帰ってきて、まさかこんなところで歌うなんて……)
こんな幸せなサプライズで初日が終わるとは思わなかった。きっとそれは光がくれた魔除けのクローバーのおかげだろう。
結局そのまま日付が変わり、息があがるまで二人は歌い続けた。
疲れた様子の光に気づいた片岡が、お開きにしましょうと解散の号令をかけてくれる。勝行は、あれから一度も「新当主」と呼ばずにいてくれた使用人たちに向けて、切実な気持ちを素直に述べた。
「今日はありがとうございました。僕は……音楽家や演出家になるための勉強をもっといっぱいして、来年の年末年始は家に帰ってこれなくなるぐらいの大物ミュージシャンになりたい。願わくば……いつか父に許される日がくるなら。正々堂々と家の中庭でWINGSのコンサートができるといいな……と、思ってまして……その時はまた、聴いてもらえますか」
「わああ、本家の庭でコンサート!」
「なんて素敵な! もちろんです!」
「ぜひ、ぜひともその夢を叶えてください。私たちはお二人についていきますよ!」
「はは……皆さん、こんな途方もない夢に付き合ってくださってありがとうございます。でもこれは、ここだけの秘密にしていてくださいね」
「あら、お父様ならすぐ喜ばれるでしょうに。サプライズってことですね、承知しました」
使用人たちは若干勘違いした様子だったが、勝行の壮大な夢物語を決して卑下することもなく、後押ししてくれる。
勝行は改めて、負けるものかと拳を握り締めた。
本当に父が喜んでくれるのなら――。
「うん?」
「お前の部屋の電子キーボード、貸りてきたからさ。歌って」
「……え? ここで?」
「ああ。ここにいるみんなさ、WINGSの曲、好きで聴いてくれてるんだって。もちろん、全員勝行のファン」
「……」
手をつないだまま、光が嬉しそうにファンだというスタッフたちを紹介してくれる。
実家で暮らしていた時から、ころころ顔触れが変わる使用人の名前までは知る由もなかったし、業務以外で話すことも滅多になかった。だが中高年の責任者から若い女性のメイドまで、みんながみんな「応援してます」「大学に行っても歌の活動、やめないでくださいね」と激励の言葉をかけてくれる。
勝行はただただ驚いて、呆然とそれを聞いていた。
「ファンクラブ、私も入ったんですよ。会員証持ってます」
「あ、わたしも!」
「片岡さんはもっとすごいですよね。会員番号一桁台ですって」
「クリスマスライブは誰が行くかで最初揉めたんですよ。結局片岡さんがご当主を連れて行ってくださったから、希望者はみんな休みをもらえまして」
「私は観に行けなかったけど、最終日の動画を拝見しました。クリスマスメドレーは感動してもらい泣きしてしまいましたよ……!」
まるでINFINITYでライブ帰りの出待ちにでもあったかのような歓声が次々に飛んでくる。光はこれを自分がいない間に散々聞いたようで、「なっ、すごいだろ」と目配せしてくる。
きっと彼はここに集まった身近な勝行ファンのために、小さなコンサートを開きたくて仕方ないのだろう。どこまでもお人好しな男だと勝行は苦笑した。
「なんか……照れくさいけど、嬉しいな。皆さん、ありがとうございます」
「それは私たちのセリフですとも。さあ勝行さん、卵焼き食べて!」
「お煮しめも絶品ですよ!」
「ちょ、待ってください、僕の口はひとつしかないですってば」
あれやこれやと皆がお勧めしてくる料理を次々口に入れ、順を追って味を噛み締める。おいしいと感想を言えば、みんながみんな「よかった」と笑顔を向けてくる。
さっきまでの殺伐とした説教や腹の探り合いで摩耗した精神まで、一緒に咀嚼して流し込んでしまえそうだ。
「勝行さんの十八歳のお正月。どうかいい思い出になりますように」
「ありがとうございます、片岡さん。今日はとても頼りになりました」
宴会の席でほとんどずっと勝行の背後に控え、主への暴言を黙って受け止めては静かに相手を威嚇し続けていた片岡も、ここに来てからはいつも通り、目尻に皺を寄せた笑顔を見せている。
WINGSの話をしながら皆と一緒に食べた食事はどれも美味しくて、優しい味が勝行の口いっぱいに広がった。
腹をある程度満たした後は、光の奏でるピアノをバックにいくつかの持ち歌を歌った。狭いスタッフルームの真ん中で、マイクの代わりに炭酸ジュースの缶を片手に。
突然すぎて上手く歌える自信がないと言えば「何言ってんだ」と光に小突かれる。
「今ココで歌ってるのは活動休止中のWINGSじゃねえ。従業員に世話してもらってる相羽家の次男・勝行だ。間違えたって誰も気にしねえって」
「ははっ、そうか……じゃあ今年もよろしくの意味を込めて歌わせてもらおうかな」
「僭越ながら私も一緒に歌いましょうか。WINGSの曲ならすべて歌えます」
「いやいいです片岡さんは黙って向こう側で聴いてて……」
「そ、そうですか?」
相羽家の使用人たちはWINGSガチ勢の片岡と共に、年季の入った団扇を振り、手拍子を打ちながら聴いてくれる。「一生勝行さんについていきますー!」などと大げさなファンコールまで送ってくれる。調子づいた光が持ち曲をメドレーにして次々繋ぐので、まるで本当にライブハウスでやる即興ライブのようだ。
(本家に帰ってきて、まさかこんなところで歌うなんて……)
こんな幸せなサプライズで初日が終わるとは思わなかった。きっとそれは光がくれた魔除けのクローバーのおかげだろう。
結局そのまま日付が変わり、息があがるまで二人は歌い続けた。
疲れた様子の光に気づいた片岡が、お開きにしましょうと解散の号令をかけてくれる。勝行は、あれから一度も「新当主」と呼ばずにいてくれた使用人たちに向けて、切実な気持ちを素直に述べた。
「今日はありがとうございました。僕は……音楽家や演出家になるための勉強をもっといっぱいして、来年の年末年始は家に帰ってこれなくなるぐらいの大物ミュージシャンになりたい。願わくば……いつか父に許される日がくるなら。正々堂々と家の中庭でWINGSのコンサートができるといいな……と、思ってまして……その時はまた、聴いてもらえますか」
「わああ、本家の庭でコンサート!」
「なんて素敵な! もちろんです!」
「ぜひ、ぜひともその夢を叶えてください。私たちはお二人についていきますよ!」
「はは……皆さん、こんな途方もない夢に付き合ってくださってありがとうございます。でもこれは、ここだけの秘密にしていてくださいね」
「あら、お父様ならすぐ喜ばれるでしょうに。サプライズってことですね、承知しました」
使用人たちは若干勘違いした様子だったが、勝行の壮大な夢物語を決して卑下することもなく、後押ししてくれる。
勝行は改めて、負けるものかと拳を握り締めた。
本当に父が喜んでくれるのなら――。
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