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第八章 傾いた未来予想図
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穏やかで幸せな夜。
好きな人の傍で遠慮なく眠れるなんて夢のようだ。
目を覚ませば独りきりかもしれない――そんな不安も感じなかった。朝までずっと、ベッドの中で抱きしめてもらったおかげだろう。彼の温もりと鼓動音に包まれて安眠できた。
「おはよう、光」
「……おはよ……勝行」
金色の髪を梳くってくれる手はまだ温かい。
いつまでもこの甘い余韻に浸っていられたらいいのに。そう心の中で呟き、光は再び目を閉じた。
幸せな時間は本当にあっという間に過ぎ去る事を知っている。
できることならば一生、誰にも壊されたくない、大切な時間。
お互いの《好き》が、恋愛感情の《好き》だと気づけた大晦日から一夜明けた。
**
病院でもらった新しいカレンダーをめくったついでに、小さな印をつけた。
一月一日の欄に緑色のペンでハートを描く。
「これ、なんのマーク?」
目ざとい同居人・相羽勝行にすぐ見つかり、背後から質問される。振り返らなくても声でわかる、今絶対にやけた顔をしているに違いない。
「く……クローバー」
ヒゲを一本書き足し、光はカラーペンの芯をカチカチ出し入れした。
「ふうん。光ってクローバー好きだよね」
「そうかな」
「押し花で栞作ってくれたの、四つ葉じゃなかったっけ」
「ああ。あれな……教えてもらったんだ。魔除けになるって」
「魔除け?」
半年前のことを思い出しながら、光は訥々と話した。見知らぬ母親と女の子に出会って、一緒に四つ葉を探したあの日のことも。勝行は着替えながら黙って聞き入っていた。
「夏至の夜に見つけた四つ葉は、病気とか不幸を追い払う魔除けになるって。ホントかどうか知らないけど、信じていれば幸せになれるって聞いて……お前にもあげたくなって。探した」
「だからあんな時間に、外にいたの」
ため息と共に、呆れたと言わんばかりの声が聴こえてきた。
「わ、悪かったよ心配させて。怒られると思って、黙ってて……」
「うん、許さない」
冷たい言葉を乗せながら、勝行が手を伸ばしてきた。光は思わず肩を竦める。けれどその手は光の金髪をぽんぽんと優しく撫で、更にぎゅっと抱きしめた。
「それ、片岡さんは知ってたんだろ。仲間外れは辛かったなあ」
「……う……悪かったってば……いじけんなよ、ガキじゃあるまいし」
「今日からはもう、兄貴じゃないから」
拗ねた言い方をしつつ、抱え込んだ光の頬を撫でるその手は優しくて甘い。それから少しばかり、官能的な気がする。意識しているせいか、光の耳もすぐに赤くなって熱を帯びた。
「魔除けかぁ。じゃあ肌身離さず持っておかないとご利益ないな。今日からは手帳じゃなくて、ポケットかスマホに入れておくよ」
「そういうもんなのか?」
「うん。前に襲われた時は手帳を持ち歩いてなかったからな。実家では発信機よりもあっちの方がよっぽど頼りになりそうだ」
そこまで言われると、頑張って探した甲斐があったというものだ。それに実際、二人がこれから向かう場所はまさに――。
「出発の時間です。お二人ともご用意できましたか」
「すぐ行きます。光、お前のネクタイは車内で付けてあげる。先に車乗ってて。はい、上着」
玄関先に待機する片岡の声で、二人だけの甘い時間は中断させられた。
返事と同時にスパッと態度を切り替えた勝行は、自分のネクタイを締めながら部屋へ荷物を取りに戻って行く。光にしてみれば少し名残惜しいが、それが勝行らしくてむしろ惚れ直しそうだ。
彼の逞しい背中を見守りつつ、光は渡されたジャケットを羽織って片岡の元へと向かった。
好きな人の傍で遠慮なく眠れるなんて夢のようだ。
目を覚ませば独りきりかもしれない――そんな不安も感じなかった。朝までずっと、ベッドの中で抱きしめてもらったおかげだろう。彼の温もりと鼓動音に包まれて安眠できた。
「おはよう、光」
「……おはよ……勝行」
金色の髪を梳くってくれる手はまだ温かい。
いつまでもこの甘い余韻に浸っていられたらいいのに。そう心の中で呟き、光は再び目を閉じた。
幸せな時間は本当にあっという間に過ぎ去る事を知っている。
できることならば一生、誰にも壊されたくない、大切な時間。
お互いの《好き》が、恋愛感情の《好き》だと気づけた大晦日から一夜明けた。
**
病院でもらった新しいカレンダーをめくったついでに、小さな印をつけた。
一月一日の欄に緑色のペンでハートを描く。
「これ、なんのマーク?」
目ざとい同居人・相羽勝行にすぐ見つかり、背後から質問される。振り返らなくても声でわかる、今絶対にやけた顔をしているに違いない。
「く……クローバー」
ヒゲを一本書き足し、光はカラーペンの芯をカチカチ出し入れした。
「ふうん。光ってクローバー好きだよね」
「そうかな」
「押し花で栞作ってくれたの、四つ葉じゃなかったっけ」
「ああ。あれな……教えてもらったんだ。魔除けになるって」
「魔除け?」
半年前のことを思い出しながら、光は訥々と話した。見知らぬ母親と女の子に出会って、一緒に四つ葉を探したあの日のことも。勝行は着替えながら黙って聞き入っていた。
「夏至の夜に見つけた四つ葉は、病気とか不幸を追い払う魔除けになるって。ホントかどうか知らないけど、信じていれば幸せになれるって聞いて……お前にもあげたくなって。探した」
「だからあんな時間に、外にいたの」
ため息と共に、呆れたと言わんばかりの声が聴こえてきた。
「わ、悪かったよ心配させて。怒られると思って、黙ってて……」
「うん、許さない」
冷たい言葉を乗せながら、勝行が手を伸ばしてきた。光は思わず肩を竦める。けれどその手は光の金髪をぽんぽんと優しく撫で、更にぎゅっと抱きしめた。
「それ、片岡さんは知ってたんだろ。仲間外れは辛かったなあ」
「……う……悪かったってば……いじけんなよ、ガキじゃあるまいし」
「今日からはもう、兄貴じゃないから」
拗ねた言い方をしつつ、抱え込んだ光の頬を撫でるその手は優しくて甘い。それから少しばかり、官能的な気がする。意識しているせいか、光の耳もすぐに赤くなって熱を帯びた。
「魔除けかぁ。じゃあ肌身離さず持っておかないとご利益ないな。今日からは手帳じゃなくて、ポケットかスマホに入れておくよ」
「そういうもんなのか?」
「うん。前に襲われた時は手帳を持ち歩いてなかったからな。実家では発信機よりもあっちの方がよっぽど頼りになりそうだ」
そこまで言われると、頑張って探した甲斐があったというものだ。それに実際、二人がこれから向かう場所はまさに――。
「出発の時間です。お二人ともご用意できましたか」
「すぐ行きます。光、お前のネクタイは車内で付けてあげる。先に車乗ってて。はい、上着」
玄関先に待機する片岡の声で、二人だけの甘い時間は中断させられた。
返事と同時にスパッと態度を切り替えた勝行は、自分のネクタイを締めながら部屋へ荷物を取りに戻って行く。光にしてみれば少し名残惜しいが、それが勝行らしくてむしろ惚れ直しそうだ。
彼の逞しい背中を見守りつつ、光は渡されたジャケットを羽織って片岡の元へと向かった。
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