できそこないの幸せ

さくら/黒桜

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第七章 俺が欲しいのはお前だ

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最終日のクリスマスイブは金曜日。INFINITY恒例のクリスマス対バンライブに出演することになった。去年もこのイベントに出演希望したが、光が肺炎で入院してしまい断念していた。今年こそはと意気込むも、二日連続の仕事明けになる光の体調管理が何より大変だ。施設内ではいくつもの加湿器と空気清浄機が備えつけられ、楽屋には仮眠用のソファベッドや救急箱も増えていた。

「WINGSのためならなんでもやるなあ、オーナーは」
「まあでも、ご時世的にはいいよな。これぐらいのクリーンなライブ施設。昔から陰気できったない臭い場所って思われがちだから」
「そうだそうだ。実はこういうのには助成金が出るらしくてな。勝行が色々教えてくれたんだ」

解放的で使いやすい施設へと変わっていくことは他の利用者にもメリットがあって好評だ。それにライブ終了後は疲れ果てて泥のように眠るせいか、不眠に悩むこともなかった。
そうしてあっという間に二人はクリスマスイブ当日を迎えた。

「初めてクリスマスに家にいる……気がする」

着替えないままぐっすり寝ていた光は、朝からシャワーを浴びながら、改めて自分の身体をしげしげと眺めた。ケイにつけられた全身のキスマークはもうすっかり薄れている。
彼に抱かれなくなってから、数週間。その気がないのは知っているけれど、今日だけは勝行の優しさに甘えたくて仕方なかった。

(怒られないかな。わがまま言っても……いいよな……今日だけ、今日だけは……)

嘘でもいい。兄弟だろって窘められてもいいから、世間一般の恋人のように仲良く触れ合って、ずっと傍にいたい。真夜中に日付が変わってもずっと、明日の朝まで。
そんな願い事を紙に書いて、洗い終わった靴下の中にこっそり入れた。それから誰にも見られないよう、自分のベッドの枕元に隠し置いた。
これも一度でいいからやってみたかったことだ。絵本で読んだ、クリスマスイブを過ごす子どもたちの物語。今更そんなことをしても子どもではないし、何もないことはわかっている。けれどこうして手紙に書いておけば、願いが叶うかもしれない。そんな気がしていた。

朝食の時間、体調を気遣う勝行に「昼間はゆっくりしなよ、疲れてるだろう」と言われたが、恋人っぽくクリスマスデートもしてみたかった。デートとは言わず「散歩がしたい」と呟くと、なら秋葉原にクリスマスプレゼントを買いに行こうと誘ってくれる。

「最近はロボット掃除機の性能が随分いいらしいよ。家事が楽になると思う。実機見に行かない?」
「ふうん……じゃあそれで」

買い物の内容は正直どうでもいいのだが、勝行と一緒に街を練り歩けることが嬉しくて、光は二つ返事で快諾した。

勝行に見立ててもらったコートにマフラー、なるべく色褪せていないジーンズに新しいスニーカー。
これなら綺麗な格好ばかりしている勝行の隣にいても大丈夫だろうか。街行くファンの女の子たちに横取りされたりしないだろうか。

(デートしてるっぽい恰好ってどんなんだ……わからん)

心配になって姿見でチェックしていたら、「光がおしゃれに興味示すなんて珍しいね」と勝行に揶揄われた。

「うるせえな……たまにはいいだろ」
「うん、かっこよすぎてスカウトに狙われそう。東京じゃ逆ナンも普通にあるからなあ」
「何それ」
「まあそんなのは全部俺が断るから安心して。絶対誰にも指一本触れさせない。『俺の』光だからね」
「……あ、そう……」

斜め上の回答をもらって、光は思わず赤面してしまった。

「そうだ、この前香りが気に入ってたヘアワックスまだあるよ。よかったらつけていく?」
「……えーと。リンゴの匂いがするやつ」
「そう。おいで、洗面所でセットしてあげる」

手を伸ばし、甘い笑顔で呼んでくれる。
小さい頃からずっと夢みていた、家族と過ごすクリスマスイブ。浮かれすぎて時々嘘ではないか、突然消えやしないかと不安が過ってしまう。そのたび心臓がじくじく痛むけれど、光はそれを忘れたくて無理に笑った。
笑えばきっと、いいことがあると信じて。
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