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第五章 VS相羽勝行

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「星野先生はどっち。男が好き? 女が好き?」
「と、唐突な質問だね」
「この前言ってた、恋愛と友情の定義の続きかな」

念のため学校を休んで一人で病院に行くと、主治医が二人揃っていた。心療内科の若槻は、肩をすくめながら「光くんのことも教えてね」と笑う。まだ聞き足りないのか、と露骨に嫌そうな顔をすれば心臓外科医・星野にはポンポンと頭を撫でられた。

「先生は光くんみたいな、素直で真面目に頑張る子が好きだよ」
「……そんな答えはズルくないか?」
「そうかい? 性別よりは性格や人となりが大事な条件だと思っただけだよ」
「へー。性格」
「やっぱさ、まず気が合わないと一緒に生きていけないよな。恋は生涯の伴侶を探す旅のようなものだから」

星野の話に合わせて若槻も面白い喩えを教えてくれる。それは以前、勝行が言ってくれた告白の言葉に似ている気がした。
光は気の合う二人の顔を見比べながら「じゃあこいつと付き合ってるの?」と尋ねた。途端、若槻がゲホゴホとむせて光を睨みつけてくる。どうやら触れられたくないネタの様子。星野は余裕めいた表情で「面白い発想だね」と笑っていた。それから「若槻先生をコイツって言うのはいただけないな」と笑顔のままで光の頬を抓った。

「ところで光くん。大事な話があるんだ。できればお義父さんと一緒に来てほしいんだけど、できるかな」
「えっ。勝行の親父さんは忙しいから無理だと思うけど」
「そうか、やはり。困ったなあ」

星野はガスチェアーの背あてに凭れかけ、ううんと悩みながら書類と睨めっこする。相羽の父親と一緒に病院に来いと言われたのは初めてだ。

(勝行だって、親の出席が必要な面談とかまともに来たことないって言ってた気が。いつも片岡のおっさんが代わりに来てくれたって)

光は首を傾げつつ、星野が持っている検査結果の書類を見て何となく察した。高校卒業後の治療方針について、何か金銭的な相談事があるに違いない。今までもずっと、病院の費用や薬代は相羽家が既に払っていると言われてなぜか窓口で清算したことがなかった。入院中も手続き関係はほとんど勝行に任せっきりで自分は何も知らない。

「それってさあ……金の話?」
「ん? ああ、治療費にも関わってくる話もあるけれど。根本的な今後の治療方針と、検査入院の結果をね……」
「俺、いい加減自分のことは自分でできるようになりたい」
「光くん……」
「なるべくあの家に迷惑かけたくない。先生、俺の事情知ってんだろ。だから自分の病気のことも、金のことも、一人で聞く。自分で考える」
「気持ちはわかるんだけど、君はまだ未成年だから」
「でも星野先生。彼の本当の父親は――」

若槻が何か言いたそうな顔をして呟きかけたものの、言葉を濁した。目の前にいる光の顔色を伺っているようだ。
いつまでも子ども扱いされたくない。もう勝行に心配ばかりされるわけにはいかない。光は診察室の椅子から前のめりになりながら必死に自分の気持ちを声に出して紡いだ。

「もう俺、こないだ十八歳になったんだ。それは一個人として責任もつ年になったって、オーナーもタモツも言ってた。給料もくれるって。だから自分のことは自分でやる。相羽の親父さんには頼らない。それからいっこ、先生に聞きたいことがある」
「なんだい?」
「俺って本当に、まだ生きていられる? 小さい時、言われた。俺は……病気のせいで大人になれないって」

星野は眉間に皺を寄せ、口元を片手で覆いながら考え込む仕草を見せた。しばらくううんと唸った後、「じゃあこうしよう」と書類を机に置いた。

「来週東京で学会があってね。君を前に診ていた稲葉先生がこちらに来るんだ。本当のお父さんの代わりに、稲葉先生と三人で一緒に話をしようか」
「え……イナバ……?」

久しぶりの名を聞いて、ドクンと心臓が跳ね上がった。

「あの人が一番、小さい時からの君の身体のことをよく知っているからね。その質問の答えも、稲葉先生がいる時に」

相羽家に迷惑をかけたくない以上、その提案以外の策は思いつかない。否定できないまま、光は来週の診察予約の紙を受け取って帰路についた。

(稲葉センセーが東京に来るのか……)

とぼとぼと歩道を歩きながら、光はぼんやり考えこんでいた。
稲葉は、桐吾が逮捕されたことを知っているだろうか。
元主治医の稲葉は、桐吾の唯一の友人だった。友人というよりは年の離れた兄または父親に近い年ごろで、光にしてみれば祖父のような感覚だった。勝行の世話になり東京に来るまではずっと彼の世話になっていたし、父親のいつかの帰宅を信じて時折東京での近況を伝えていた。
しかし、父と東京で再会したことも、再び逢えなくなったこともまだ伝えていない。すっかり忘れていたというか、父を思い出したくなくて言うに言えなかった。今度会った時、きちんと伝えられるかどうか――。

(父さん……今どこで何してるんだろ……)
「光くん、探したよ」

ふいに腕を掴まれ、驚き振り返ると晴樹がいた。慌てて腕を振り払い「いきなり触んな」と反抗するも、晴樹は悪びれる様子もなく「いいじゃん。じゃあいきなりじゃなくて堂々と」と無理やり抱きしめてくる。それを面倒くさげに押しのけながら、光は深いため息をついた。

「お前とくっついてると、勝行の機嫌が悪くなるんだよ。察しろよ」
「ほほー、やきもち妬きの彼氏をたててあげるんだ。光くんは健気だねえ。でもそんな愛され彼氏、最近全然傍にいないじゃん。僕と一緒にいる方が多くない?」

身も蓋もないことをズバッと指摘されて光は言葉に詰まった。相羽家の送迎車も勝行の付き添いも全部断ったのは自分の方だ。一緒に居たらお互い頼りがちなので、つい追い立ててしまった。

「あんたが俺のマネージャーで、片岡のおっさんの代わり、なんだろ。しょうがなく付き合ってやってんだよ」
「ふふふ、可愛いツンデレだなあ。この後スタジオで保と打ち合わせ。夜はライブハウスでバーテンのバイトも入ってるよ。先に昼食とっておかないか」
「いいけど。何食うの」
「うーんそうだなあ……ラーメンとか」
「ああ、いいなそれ。勝行ニンニク臭いの食わないから、あんたといる時じゃないと選べない」

ソロ活動をするという保との契約は、勝行と距離を置くには好都合だった。会いたくなっても物理的に会えないわけだから。

勝行は週末実家で終日家庭教師と受験勉強することになったとしょげた顔で告げてきた。聞けば長男の兄貴も受験前は実家に閉じ込められ、趣味や遊びをことごとく制限されたらしい。とんでもない家ルールだなとさすがの光も驚いた。それでも二十四時間毎日監視されていた兄よりはましな待遇なので、これ以上反抗することはできなかった――と、布団の中で盛大なため息をつかれた。哀愁漂うその背中を抱きしめ「がんばれ」「俺には保と晴樹がいるから大丈夫」と何度も言い聞かせ、半ば強引に相羽家へ送り出す日々が始まった。

本当はついて来いとも言われていたが、正直あの家に行っても光の居場所はない。勝行も勉強に集中できず、光の様子が気になってまた抜け出しかねないだろう。だったら物理的に手が届かない場所にいたほうがいい。そう思った光は「仕事がある」と言って逃げ出してきたのだ。だから病院の付き添いもマネージャー晴樹の役目に代わった。
とはいえ免許を持たない晴樹は「電車もオツだろ、山手線初めてなんだ」と嬉しそうに街を練り歩く。光も人混みにさえ遭遇しなければ、正直徒歩の時間が長い方が好きだ。体力も取り戻したかったし一石二鳥ともいえる。

「そうだ、ついでに駅前のケーキ屋寄ろう」
「なんで?」
「あそこに保が食べたいって言ってた抹茶パウンドケーキがあってさあ」
「お前の所持金って、タモツの金なんだろ。勝手な無駄遣いすんなよ」
「へっへー、僕もついに給料を手に入れたからね。もう無一文じゃないんだぜ」

教師の給料なのか、光のマネジメントの報酬なのかは知らないが、嬉しそうに万札を見せびらかす晴樹は勝行と違って金銭感覚が光に近い方だ。元々孤児でじり貧生活には慣れていたらしく、そんなところでも気が合った。

「そんで明日になったら『金がねえ、保貸してくれ』って言うんだろ」
「せめて来週ぐらいまでは持ってほしいな……」
「一か月一万円生活してろよ、ばーか」

晴樹とはどうでもいい無駄話に花が咲く。それが今の光にとって唯一気を紛らわせる時間でもあった。
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