できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第四章 カミングアウト

16 *R

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誘惑のような囁きに光は戸惑った。どくどくと鳴り続ける心音がうるさすぎて、外にまで響いていそうだ。
戻ってきた晴樹を恐る恐る見上げると、舌なめずりをして人を値踏みしてくるような、厭味な目線は何一つない。本当にまるで「兄」のように優し気な笑顔をしていた。なんだかんだで休日のみならず学校でもほぼ毎日近くにいて、家族同然のような存在として気にかけてくれていた。いつの間にか勝行と過ごす時より、この男が傍にいる時の方が身体が疼いている気がして、光は泣きそうになる。自分は一体何を期待しているというのだろうか。

(いやだ……俺はもうセックスなんかしたくないのに)

流されて今すぐ楽になりたい。けれどここは学校の保健室。勝行の目の行き届かない場所で、もしかしたらまた片岡が来るかもしれなくて——。
ちっともまとまらない思考を遮るように、晴樹はちゅっと音立てて唇を奪い、髪を撫でた。そのまま何度も吸いつきながら固いマットレスのベッドに乗り上げ、めくった掛布団代わりに光の顔を覆う。

「大丈夫、怖くない。まずはリラックスして」

キスをすると落ち着くと言ったことを覚えていたのだろうか。優しく緊張をほぐすような大人の口づけは、勝行のそれとも桐吾の強引な愛撫とも違った。うっとり夢中になっていたら、気づかぬうちに制服のスラックスをずり落されていた。下着もずらされ、先走りの滲む雄の象徴が晴樹の掌中でひくひくと震えている。柔くさすられる甘い刺激。焦れったくてつい激しく擦りつけてしまう。

「あ、あ……んっ」

一度勢いがついてしまうと、身体は勝手に即物的な快楽を求めていく。
こんな声出したくない。こんな醜い姿、見られたくない。セックスに夢中になる自分は、ひどく浅ましくて——。

「うん、上手上手。もっと刺激が欲しいんだよね」
「……っは、は、ぅうっ……」

上手く発せない嘆きを擦れた吐息に混ぜて、必死に抵抗する。
この程度ではイケないのだ。どんなに前を擦ってもらってもそれだけでは物足りず、気づけば指がゆるゆると尻に近づいていく。

「嫌だ……いやだ……ぁ、こんな……したくない……っ」
「えっちなことをするのは悪いことじゃないよ、人間の大事な本能なんだから。素直な光くんはとてもかわいい……そしていい子だ」

よしよしと優しく耳元で囁きながら、晴樹は迷子のようにベッドで蠢く光の指を見つめ、その手を掴んでわざと光の乳首の上に置いた。

「自分でここを触ってもいいよ」
「……うっ……や……いや……」
「お尻を弄りたい時は、ちゃんと傷つかないようにローションを使わないとだめだよ。だから今は我慢。大丈夫だ、君ながら乳首を弄るだけでイケる」

催眠音声のようにゆっくりとアドバイスが流れてくる。光は夢中で先端を摘まみ、ぐりぐりと強く撫でた。欲しかった刺激が全身にぴりぴり走り抜けていく。

「そうそう、上手。勝行くんに愛されてる時のように……両手で転がすように、優しく」
「あ、あああっ……か、勝、行……が……?」
「そう、勝行くんとセックスしてる想像して。彼はここを吸いながら愛撫するのかな」
「……っああ、はぅうっ、かつゆきぃ……っ」

首筋にじゅるる、と皮ごと吸い取られる感触が来て光の性感がさらに跳ね上がる。本当に勝行に触れられているような感覚に陥り、気づけばうわ言のように名前を何度も呼んでいた。今ある両胸への刺激も、竿を扱く手も、首筋を食むように舐めるざらざらの舌も、全部勝行のもの。目を閉じただけであの男が肉食獣のような目つきで自分に噛みつくシーンが何度も蘇る。

「かつゆき、も……だめ……イク……いくぅ……」
『いいよ、イけ』

激しく擦られ、耳元のウィスパーボイスで命令された光の身体はまるで女のように悲鳴をあげ、痙攣した。
ここが学校の保健室で、相手が村上晴樹だということは、もう完全に抜け落ちていた。
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