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第四章 カミングアウト
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保はいつも仕事終わりにファミレスでパスタを食べる。晴樹の好みは知らないので適当にジェノベーゼを作ってみたところ、二人に大絶賛された。レトルトソースに少し具材とチーズを加えただけでそこまで言われてもさすがにピンとこない。だが勝行に言わせると「光が作るから美味しいんだ」「光が作ってるとこを観るのが好き」などと、もっと恥ずかしくなるようなセリフが飛んでくるので、あれよりはマシだなと思うことにした。
「これがレトルト? そうは思わなかったけど。勝行から話には聞いてたけどほんとに手際いいのね」
「今すぐお嫁に行けちゃうね。あ、もう勝行くんの奥さんになってるんだっけ?」
食べ終わった食器を下げ、コーヒー豆を挽きながら「ただの家政夫だ」とぶっきらぼうに返事すると、二人はさらに「やっぱ結婚してるわ」「熟年夫婦並みのこなれた感が」などと盛り上がり出す。
「お前らの方がよっぽど」
「……なになに、僕らがお似合いって!? いやあそれほどでも」
「まだ何も言ってねーけど」
光になんとあしらわれようとも、保の肩を抱き寄せる晴樹は終始恋人のノロケ話に夢中だ。保はそれに慣れているのか、軽くあしらいながら「食後のデザート、買ってきたから食べましょ」と有名洋菓子の詰め合わせ箱を食卓に広げている。
こんなふうに自宅に客を招き入れるようなこともなかったし、片岡はいつも部屋の隅っこにしか立たない。リビングで勝行以外の人間とわいわい騒いでいるのは、なんとも奇妙な気分だった。
「かっちゃん、マドレーヌとか食べる方だったかしら」
「あー、あんま甘くないやつなら大丈夫。夜食コーヒーと一緒に出しとく」
「おお、さすが奥様。旦那の好みはばっちり把握済み」
「帰ってきたらそうやってコーヒーも出してあげるんだ? 至れり尽くせりで羨ましいわね、いいなあ結婚生活」
「さっきからなんだよ結婚だのなんだの。勝手に決めんな。俺はあいつの家族にしてもらってるだけだ!」
からかいに苛立つあまり本気で噛みつくと、二人は苦笑しながら「暴力反対」と両手を挙げて降参ポーズをとる。
「でもさあ、真面目な話。光は勝行と結婚したい?」
「は?」
「だって、あの子のこと好きでしょ。というか、あの子しか好きじゃないでしょ」
突然保からダイレクトに指摘され、思わず言葉に詰まった。
「この前セックスしたいって言ってたの。あれ、本当の相手は勝行なんじゃないの」
「そんなこと言ったら嫌われると思って、手が出せないのかな」
「うっ……」
蒸し返されたくないネタまで出された上、的確な指摘に返す言葉がない。けれどそんな動揺が、二人には初々しく見られたようだ。可愛いなあとキッチンカウンター越しに頭を何度も撫でられ、光は憮然とする。
どうしてもこの大人たちと会話していると調子が狂う。
「さすがに結婚とかは……無理だろ。俺、女じゃないし」
「あら。結婚も恋愛も、男女がするものとは限らないわよ」
「……そ、そうなのか?」
「まるで自分が男だから、勝行に選んでもらえないかもって感じの物言いね」
「……っ」
未来の自分が伴侶に女子を選ぶという可能性は、全く持ち合わせていなかった。そんなことまで、自分で口にして気づかされるとは思いもよらなかった。
「あれ。光くんはこっちの人間だってもう自覚してるんじゃないの?」
「こっちって……」
「君、女の子抱くより男に抱かれる方が好きでしょう」
晴樹の何気ない一言が、光の心を無遠慮にかき乱す。即答できずに視線を泳がせていると、保が「いきなりそんなこと言わないの」と晴樹を窘める。それから頭を垂れる光の身体を抱き寄せ、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「話したくないなら無理に言わなくてもいいし。ただ、あんたが恋愛事で何か悩んでるのなら、ちょっとは相談に乗れるかなって思ってね」
「なっ……なんだよ。いっつもは鬼みたいに仕事ばっか押し付けてくるくせに」
「あら心外ね。こう見えても光のことは本気で可愛がってるんだよ。必ず最高のミュージシャンに育ててあげるって約束したこと、忘れた?」
保のその言葉は、どこかで聞いた勝行の言葉と重なる。相羽家の中庭で、蝉の鳴き声を聴きながら教えてもらった彼の夢。
「でもミュージシャンと恋愛は……関係ない、だろ」
「何言ってるの。あんたたち音楽を綴るアーティストはね。沢山恋をして、失敗して、泣いて、笑って、感じたことを歌や詞に変えて人の心に寄り添える芸術を生み出すクリエイターであり、演奏するプレイヤーなのよ。『未来予想図』はまさに今の勝行を物語る歌だった。じゃあ光の今の感情は?」
「……っ」
「冬に作ってた『your side』なんかは光の曲かなって思ったけど。ずっと傍にいるって言いながらも、嫌われることを恐れている少年の歌」
WINGS専属プロデューサーはなんでもできるだけでなく、透視能力まで持ち合わせているのだろうか。
「ここにはもうカメラはない。勝行もまだ帰ってこない。男同士で恋愛することも、セックスすることも、誰も咎めたりしないわ。過去に何があったとしても……これからどうしたいと思っていても。聴いているのは、この美味しいコーヒーとケーキだけ」
気づけばポットには挽きたてのコーヒーが出来上がり、カウンターには三つのマグカップが並べられていた。
「たまにはピアノを使わずに、感情まるごとブチまいてごらん。代わりにオレたちの話も全部話して聞かせてあげる。等価交換よ」
保はいつも仕事終わりにファミレスでパスタを食べる。晴樹の好みは知らないので適当にジェノベーゼを作ってみたところ、二人に大絶賛された。レトルトソースに少し具材とチーズを加えただけでそこまで言われてもさすがにピンとこない。だが勝行に言わせると「光が作るから美味しいんだ」「光が作ってるとこを観るのが好き」などと、もっと恥ずかしくなるようなセリフが飛んでくるので、あれよりはマシだなと思うことにした。
「これがレトルト? そうは思わなかったけど。勝行から話には聞いてたけどほんとに手際いいのね」
「今すぐお嫁に行けちゃうね。あ、もう勝行くんの奥さんになってるんだっけ?」
食べ終わった食器を下げ、コーヒー豆を挽きながら「ただの家政夫だ」とぶっきらぼうに返事すると、二人はさらに「やっぱ結婚してるわ」「熟年夫婦並みのこなれた感が」などと盛り上がり出す。
「お前らの方がよっぽど」
「……なになに、僕らがお似合いって!? いやあそれほどでも」
「まだ何も言ってねーけど」
光になんとあしらわれようとも、保の肩を抱き寄せる晴樹は終始恋人のノロケ話に夢中だ。保はそれに慣れているのか、軽くあしらいながら「食後のデザート、買ってきたから食べましょ」と有名洋菓子の詰め合わせ箱を食卓に広げている。
こんなふうに自宅に客を招き入れるようなこともなかったし、片岡はいつも部屋の隅っこにしか立たない。リビングで勝行以外の人間とわいわい騒いでいるのは、なんとも奇妙な気分だった。
「かっちゃん、マドレーヌとか食べる方だったかしら」
「あー、あんま甘くないやつなら大丈夫。夜食コーヒーと一緒に出しとく」
「おお、さすが奥様。旦那の好みはばっちり把握済み」
「帰ってきたらそうやってコーヒーも出してあげるんだ? 至れり尽くせりで羨ましいわね、いいなあ結婚生活」
「さっきからなんだよ結婚だのなんだの。勝手に決めんな。俺はあいつの家族にしてもらってるだけだ!」
からかいに苛立つあまり本気で噛みつくと、二人は苦笑しながら「暴力反対」と両手を挙げて降参ポーズをとる。
「でもさあ、真面目な話。光は勝行と結婚したい?」
「は?」
「だって、あの子のこと好きでしょ。というか、あの子しか好きじゃないでしょ」
突然保からダイレクトに指摘され、思わず言葉に詰まった。
「この前セックスしたいって言ってたの。あれ、本当の相手は勝行なんじゃないの」
「そんなこと言ったら嫌われると思って、手が出せないのかな」
「うっ……」
蒸し返されたくないネタまで出された上、的確な指摘に返す言葉がない。けれどそんな動揺が、二人には初々しく見られたようだ。可愛いなあとキッチンカウンター越しに頭を何度も撫でられ、光は憮然とする。
どうしてもこの大人たちと会話していると調子が狂う。
「さすがに結婚とかは……無理だろ。俺、女じゃないし」
「あら。結婚も恋愛も、男女がするものとは限らないわよ」
「……そ、そうなのか?」
「まるで自分が男だから、勝行に選んでもらえないかもって感じの物言いね」
「……っ」
未来の自分が伴侶に女子を選ぶという可能性は、全く持ち合わせていなかった。そんなことまで、自分で口にして気づかされるとは思いもよらなかった。
「あれ。光くんはこっちの人間だってもう自覚してるんじゃないの?」
「こっちって……」
「君、女の子抱くより男に抱かれる方が好きでしょう」
晴樹の何気ない一言が、光の心を無遠慮にかき乱す。即答できずに視線を泳がせていると、保が「いきなりそんなこと言わないの」と晴樹を窘める。それから頭を垂れる光の身体を抱き寄せ、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「話したくないなら無理に言わなくてもいいし。ただ、あんたが恋愛事で何か悩んでるのなら、ちょっとは相談に乗れるかなって思ってね」
「なっ……なんだよ。いっつもは鬼みたいに仕事ばっか押し付けてくるくせに」
「あら心外ね。こう見えても光のことは本気で可愛がってるんだよ。必ず最高のミュージシャンに育ててあげるって約束したこと、忘れた?」
保のその言葉は、どこかで聞いた勝行の言葉と重なる。相羽家の中庭で、蝉の鳴き声を聴きながら教えてもらった彼の夢。
「でもミュージシャンと恋愛は……関係ない、だろ」
「何言ってるの。あんたたち音楽を綴るアーティストはね。沢山恋をして、失敗して、泣いて、笑って、感じたことを歌や詞に変えて人の心に寄り添える芸術を生み出すクリエイターであり、演奏するプレイヤーなのよ。『未来予想図』はまさに今の勝行を物語る歌だった。じゃあ光の今の感情は?」
「……っ」
「冬に作ってた『your side』なんかは光の曲かなって思ったけど。ずっと傍にいるって言いながらも、嫌われることを恐れている少年の歌」
WINGS専属プロデューサーはなんでもできるだけでなく、透視能力まで持ち合わせているのだろうか。
「ここにはもうカメラはない。勝行もまだ帰ってこない。男同士で恋愛することも、セックスすることも、誰も咎めたりしないわ。過去に何があったとしても……これからどうしたいと思っていても。聴いているのは、この美味しいコーヒーとケーキだけ」
気づけばポットには挽きたてのコーヒーが出来上がり、カウンターには三つのマグカップが並べられていた。
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