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第三章 たまにはお前も休めばいい

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「きゃあああっ」
「カツユキー!」

ライブハウス・INFINITY。満員御礼となった会場は、大歓声に包まれ盛り上がっていた。
中心のステージでいつも通り白のストラトキャスターをかき鳴らして歌い続けていた勝行は、ファンに手を振り「ちょっと水分取らせて」と笑顔を零した。

「そうだ、僕たちの初アルバム、聴いてもらえましたか」
「買ったよー!」
「もちろん発売日にぃ!」
「オリコンチャートイン、おめでとう!」
「たくさんSNSで呟いたからね!」

マイク越しに礼を言いながら自分の喉の調子を整えていく。久しぶりに立つなり、ぶっ通しで五曲も歌って気分はすっかり高揚していた。
ステージにはもちろんバックバンドメンバー全員揃っていて、いつでも動けるようにと勝行の周りでインターバルミュージックを流している。光も勝行の隣でピアノを自由気ままにかき鳴らしながら、一人音楽に浸って身体を揺らし続けた。勝行がMCを挟む時、彼は決まってこのスタイルで次への合図を待っている。

「ファンの皆がいなかったら、こんなふうに復活できなかったかもしれない。本当にありがとう」

マイクを両手で持ち、感慨深げに語る勝行を見た観客たちの中には、歓喜余って泣いている子もいるようだった。
まるっと終日、WINGSだらけのライブイベント。会場には彼らのファンやリスナーしかいないし、中二階に取り付けられたカメラからは動画中継もされている。新宿まで来れない全国ファンも迎え、今日のこの復活を祝ってもらっている最中だ。全国ツアーが中止になった代わりのイベントとして急遽決まったファンミーティングのような小さなライブ。観客はもちろん、スタッフもみんなこの時間を心ゆくまで楽しんでいた。

ヒカルは口で謝礼を上手く返せない代わりに、ライブ時間外にもピアノを弾き続けていた。弾いてほしい曲があったら無料で弾くよと勝行が案内すると、会場内外問わずリクエストが殺到した。言われたタイトルの一部分をメドレーで流している間、勝行は隣でサイン会や握手会を行っていた。会を取り仕切るのはWINGSプロデューサー置鮎保と、会場オーナー・沢渡のコンビだ。

マスコミ沙汰になりかけた他事務所への暴行事件。置鮎保はあらゆる証拠物件を集め、ファンの声とSNSでの口コミを借り、光が接客したにも関わらずセクハラ・パワハラ行為を受けたという『被害』を告訴した。
無理なリクエストに応えていた様子を動画撮影していたファンやその場に居合わせた観客たちが、彼の擁護に積極的に協力してくれたらしい。
世論と証拠をひっくり返せず、分が悪いと判断した相手側からは、謝罪と示談の申し出があったという。短期間で一気にWINGSの被害を訴えつつ、光と勝行を「体調不良のため無期限休養中」と発表した直後の初アルバム宣伝、発売。その保の戦略は、ある意味成功した。同時に光がライブハウスで弾いた「アレンジ版超絶技巧曲」の動画も話題となり、初アルバムだけでなく今までのシングルの売り上げも伸びがいいらしい。渋谷で流した大型ビジョンのプロモーションビデオも大成功。WINGS・今西光と相羽勝行は、休んでいる間にすっかり地上波メディアで取り上げられるほどの大型新人アーティストになっていた。
そんな驚きの報告はもちろんのこと、保が持ってきてくれた『朗報』は何よりも二人を喜ばせた。

「九月十七日(金) INFINITYで復活の単独ライブ! 初アルバム発売記念」
と書かれたチラシを手渡された光と勝行は、授業終了と同時に飛ぶように下校し、ライブハウスへと駆け込んだ。みんなは二人を笑顔で迎えてくれた。

「オーナー、ほんとごめん。俺、いっぱい働くから。学校終わったらすぐ来るから」
「俺たちやっぱり、ここで過ごすのが一番落ち着くんです」

自分たちを信じてくれた大切な仲間が、ここにいる。復活ライブの準備に明け暮れる最中、ついに十八歳の誕生日を迎えた光は、INFINITYのライブスタッフだけが着用を許されるチームウェアをもらった。

「もうただの手伝いじゃない。今日からお前もスタッフの一員だ。ピアノはお前に任せたから、よろしくな」
「ピアノ……」
「このシャツは、ここのみんながお前を必ず守る証でもあり、お前がINFINITYの名を背負う『責任』の証でもある。チームウェアに袖を通した時、お前は『INFINITYのヒカル』だ」

ドリンクスタンドのカウンタースタッフとは違う、重みのある響き。このシャツを着てピアノを弾いていれば、その時間は遊びではなく、ピアニスト・ヒカルのリサイタルタイムだとオーナーは言う。そのシャツには、「Music Lovers」——音楽を愛する者たち、というロゴが刻まれていた。

「もちろん、身体と学業を優先してくれていいんだ。今まで通りの光で居ればいい」
「でもこれを着てる時は、遊びじゃなくて仕事だ……」
「そう、そういうことだ。わかってるじゃないか、よろしくたのむぞ」

こうして最年少のヒカルがメンバーと同じシャツに袖を通し、五人体制となったINFINITY版ロックバンド・WINGSは、九月十七日の復活記念ライブを境に再スタートを切った。

………… ……
……

「今日はアルバムの曲もやりたいんですけど、新曲もってきたんです」

再びどどっと歓声が上がる。ライブハウスの壁際いっぱいにまで詰め込まれた観客を見渡しながら、勝行はゆっくり語り始めた。

「休んでる間に、二人で一緒に作りました。失敗しても、挫けても、どんなに過去に戻りたくなっても、後ろに下がることはできない。ならば今ここに立つ、この場所が次のスタート地点で、ゴールは未定だけど予想なら多分明日だ。——という、小さな目標をたてて、俺たちなりに全力で生きようと叫ぶ歌です。結構王道なピアノロックになって、今までのWINGSの曲とは違った感じですけどノリやすいと思うんで。どうか楽しんで聴いてください」

ポロン、ポロロン。
光のピアノが先行して「いくぞ」と合図を送る。
すう、と大きく息を吸う音。
シンと静まり返り、耳をそばだて期待に胸膨らませる観客。
それをマイク越しに見据える、勝行の強い視線が、会場を一つにする。

「——『未来予想図』」

ドドドンッ。
タイトルコール直後に須藤のベースと久我のドラム、勝行と藤田のギター。そして光のピアノが合わさった時、わああっと観客からコールが上がった。



その頃心臓外科医の星野は、光に教えてもらったライブの動画中継をパソコンで視聴しながらため息をついた。同じ当直室で休憩しながらそれを見ていた同僚の若槻は「どうしました」と首をかしげる。
病院では見たこともない、本当に幸せそうな顔をしてピアノ演奏する光がそこに映っていた。

「どうしてこの子ばかり……こんなつらい目に遭わなきゃいけないんだ。せっかくあんなに元気になったのに……」

頭を抱える星野の手元には、光の精密検査結果を告げる書類が幾重にも積み上げられていた。


(つづく)
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