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第三章 たまにはお前も休めばいい

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高校生最後の夏休みはゆっくり、音を立てずに過ぎていく。
保には休みを謳歌しなさいと言われたけれど、勝行はどう過ごすことが正解なのかわからなかった。
突然ライブができなくなり、ギターを持たなくなってからもう二週間は過ぎた。時々手がうずくけれど、まだ曲を作りたいという前ほどの熱意は戻らない。かといって勉強に精を出せるほどのやる気も出ない。本当にただの抜け殻になったような気分だった。
悩み過ぎて眉間に皺寄せるたび、隣に座る光が赤子を相手するかのように抱きしめてくれる。いつか願った、エネルギーチャージの話を覚えていてくれたのだろう。背中を撫でてくれるその手は細くて骨ばっているくせに、温かった。

(もし俺に母がいたら……こんな感じなのかな)

同級生の義弟相手にぼんやりそんなことを考えながら、勝行は腕の中で目を閉じた。

毎朝窓際で空を仰ぎ、自販機のドリップコーヒーを啜りながら夏休みの課題を確認する。最低限の問題を仕上げたあと、決まってご褒美のキスをねだる光は一度疲れて眠る。その間は抱き枕係を担当しつつ、一人で受験勉強。昼寝から目覚めた時、難しい顔をしている勝行を見つけたら、「まだ勉強してたのか」とハグしてくれたり、「気分転換しよう」と散歩を提案してくる。晩御飯の時間には一度シャワーを浴びに帰り、外で食事を済ませてもう一度病室へ。そうすれば寝る用意を済ませた光がピアノを弾きながら待っていて、ベッドの左側を譲ってくれる。付き添い家族用のソファベッドはいつも荷物置き場で、時々SP・片岡荘介のベッドになるだけ。
繰り返す日々のルーティンは本当に穏やかで、優しい世界だった。

「——あのさ、光」
「なに?」
「そのままでいいから、聞いてくれる?」

雨上がりの夕方、いつかの屋上で風を受けて気分転換していた時。吐息をひとつ零し、夕焼けのグラデーションをぼんやり眺めながら、勝行は静かに言葉を紡いだ。光は隣で、不思議そうにこちらを見つめていた。

「俺……前ばっかり見て、一人で焦って。足元が不安定なまま、お前を置いて無責任に走り出してしまった。本当にごめん」
「……?」
「せっかく一緒にやるって言ってくれたのに。……俺を信じてくれてたのに。すごく簡単なハードルに足ひっかけて転んでさ。お前までケガさせて……ほんと、ダサくて……」

情けなくもその声は、どこか震えている気がした。光は黙って話の続きを待つ。

「毎日後悔ばかりしてた。いつまでもこんな風に、何もしないで日和ってていいのかなって」

言葉が途切れるたび、虫の大合唱ばかりが耳につく。どれも耳障りはよくない。

「本当だったら今頃ライブしたり、ツアーに行きたかったんだろう。せっかく高校最後の夏休みだったのにさ。つまんない休みになったのは全部俺のせいなんだ。なのにお前、ちっとも責めないから……。俺のこと、いくらでも罵ってくれたらいいのに」
「怒れって言うんなら、怒る」

黙っていた光が、ぼそっと呟いた。

「……何でもかんでも、自分一人の責任にして、人のことのけ者にしやがって」

いつまでも『許されている』自分に罪悪感しか感じなかった。けれど彼は、思わぬ方向から責め立てる。

「あのさあ。WINGSの活動休止は、俺が人を殴ったせいだろ。あと、全然体調治らないから。それって俺に何の責任もないって言うのかよ。俺には謝らせてくれないのかよ」
「光……」
「あとつまんないって勝手に決めつけんなよ。少なくとも俺は、お前がこうして隣にいてくれて嬉しかったのに」

拗ねたような物言いでそう言うと、光は視線を手すりに落とした。明らかに落ち込んだ姿だった。

「そうじゃなくて……」
「でもそうだよな。いつまでも見て見ぬふりばっかして、反省しないのはよくない。俺もお前に、ちゃんと謝りたい」
「え?」
「去年の冬からずっと……俺のせいで、WINGSがちゃんと活動できなくなって。悪かった」

その視線はあまりに真っすぐ自分を見据えていて、胸が詰まりそうになる。謝りたかったのは自分の方だったのに。
再入院したばかりの時は、盛大に落ち込んで「ライブしたかった」と愚痴っていた光だが、同時に何度も「ごめん」と謝ってくれていた。もう十分すぎるくらいの懺悔を聞いている。その言葉を聞くたび、「そうじゃない」「お前は悪くないよ」と否定してうんと抱きしめたかった。けれどきっと、光はそれを望んでいない。勝行はぐっと唇を噛み締めた。

何もわかってあげられなかった。守れなかった自分の不甲斐なさに涙がでそうだ。光はいつも海神のように器が広くて、優しい。

(だから俺は、ついお前に甘えてしまうっていうのに……)

そんな姿を見て、光は何を感じ取ってくれたのだろうか。——自分はいったい、どんな顔をして彼の前に立っていたのだろう。

「だから、お前悪くないし。きっと、どうしようもないことだったんだ。色々あって、ただ疲れたんだよ。たまにはお前も休めばいい。俺の隣にいる時は、無理して笑うなよ」

柔らかく微笑む姿があまりに綺麗で、夕闇に溶けてしまいそうだ。
白い肌と寝巻のキャンパスにオレンジパープルの空を映した光は、寂しそうに勝行のシャツを引っ張った。吸い込まれるように近づき、そっと唇に触れる。

——そうだ。お互いの懺悔を唇の中に溶かして、全部綺麗に飲み込んでしまおう。

激しいほどの口づけを何度も求めあうたび、腕の中の光の頬に透明の雫が流れ落ちた。それがどちらのものなのかは、わからなかった。
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