上 下
24 / 165
第二章 明けない曇り空

しおりを挟む
**
勝行はすっかり寝入った光の様子を確認してから、一度自室に戻っていた。
怒りの感情がうまくコントロールできなくて、無意識に本音を漏らしてしまった。怯えた様子の光を見て、一瞬で血の気が引いた。

(最近ストレス溜め過ぎたかな。光に嫌われないよう、気を付けないと)

片岡荘介が回収し部屋に置いていった郵便物の塊に手を伸ばす。光宛に届いた封書が一通。見覚えのある弁護士の名前が封筒にプリントされている。被疑者の担当弁護士だ。いつどこで光と接触したのかは知らないが、父親の公判報告を送ると約束したらしく、度々このような文書が届くようになった。――最も、光はそのことを知らない。
無言でそれを開封して中身の文書を見た勝行は、粉々に引き裂いた。

「……」

今西桐吾の判決報告書と書かれた書類の残骸がごみ箱から零れ落ち、床に散らばった。冷えきった目でそれを追い、踏みつける。もう二度とこの名前を光の視界に入れたくない。思い出させたくもないし、余計な心配事で精神を摩耗したくない。

(逮捕すれば終わりだと思っていたのに……やっと元の生活に戻れたと思ったのに、あいつは未だ俺たちをかき回してくる。あいつのせいで光は……)

ならば苛々するこの感情の全てはあの罪人にぶつけてしまえばいい。
勝行は何度も爪や腕をかじりながら、一文字たりとも残さず書類を破り続けた。消せない傷をすべて覆い隠してしまえるように。

……
…………

真夜中は窓を開ければ名も知らぬ虫の音が聴こえてくる。蒸し暑い季節になったなとため息をついた。勝行は夏が苦手だ。この不快指数も募りに募ったストレスの原因のひとつにある気がする。
寝付けないまま片岡に買ってきてもらったコンビニコーヒーを飲んでいると、ふいに異音を感じた。虫の声ではない、これは――。

「光っ、大丈夫か」

喘息患者用の吸引器を掴み、光の寝室に駆け込んだ。さっきまで寝入っていた光ははあはあと肩を揺らし、虚ろな目をしたまま座り込んでいる。喘息の発作か、狭心症の方か。いつも判断が難しく、最初は戸惑ってしまう。だが今回は、いつもの発作と少し違った。

絶望のどん底に陥ったかのような青白い表情のまま、「嫌だ」「やめて」と呟いている。まるで悪い夢にうなされているようだ。か細い吐息がふっと切れた瞬間、堰を切ったかのように咳き込んでは何度も嘔吐き、嗚咽を漏らす。その全身は震えている。

「どうしたんだ光、落ち着いて」

上手く呼吸ができなくて苦しそうだが、何かに怯えて大粒の涙を零していた。その手と肩を掴むと、「いやだああっ」と悲鳴を上げて全力で拒む。

「父さん……とうさんっ」

その名前だけは聴きたくない。クソっと舌打ちしながら、勝行は負けじと肩を掴み、何度も声を聴かせた。

「光、俺を見て」
「いやっ、うそだ……っ、かつゆき、かえして」
「俺はここにいるよ」
「うそだ、いやだ……っ」

どんな夢にうなされているのだろう。咳き込みながら彼は何度も「父」と「勝行」の名を呼ぶ。死なないでくれ、助けてくれと泣き叫ぶ。
喉を傷めて喘息発作を拗らせたら、狭心症の発作も誘発してしまうだろう。それだけは避けなければならない。勝行は光の声を塞ぐようにその名を呼び、暴れる身体を抑えつけて抱きしめた。

「光、ひかる」
「大丈夫、俺を見て」
「俺はここにいるよ、光」
「ほら、感じて。お前を抱いているのは誰だ?」
「ゆっくり息を吐いて――そう、安心して、目を開けてごらん?」
「何にも怖くない、大丈夫だから」

かけ続けたその声が通じたのか、光の身体からゆっくりと力が抜けていくのがわかる。不思議そうに身体を触り、勝行の胸の中で小さく咳き込むのが聴こえてきた。

「か……かつゆき……?」
「そうだよ」

顔をしっかり認識できるよう、頬を撫でながらおでこをくっつける。

「……み……見えな……どこ……」
「……? ああ」

不安げに辺りを見渡す光の目の焦点はどこか合っていなかった。勝行はふにっと唇を重ねて、甘い声で囁いた。

「キスしてるから、見えなくていいんだ」

抵抗しなくなった光の頬を舐め、耳に声を直接届ける。ぴくん、と反応するそれをやわやわと指で撫でながら、勝行はもう一度その唇を舐めて吸い付いた。

「触れて……感じて。俺だけを」

俺はここにいるよ。いま、君を愛しているのは、俺だ。
見間違えないで。
何度も言い聞かせるように呟きながら、光の乾いた唇を奪い続ける。
そう、顔が見えないのも、息ができなくて苦しいのも、キスのせいだ。全部俺のせいにして、俺に気が付いて、怒ってくれたらいい。

「俺以外、何も見ないで」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

まだ、言えない

怜虎
BL
学生×芸能系、ストーリーメインのソフトBL XXXXXXXXX あらすじ 高校3年、クラスでもグループが固まりつつある梅雨の時期。まだクラスに馴染みきれない人見知りの吉澤蛍(よしざわけい)と、クラスメイトの雨野秋良(あまのあきら)。 “TRAP” というアーティストがきっかけで仲良くなった彼の狙いは別にあった。 吉澤蛍を中心に、恋が、才能が動き出す。 「まだ、言えない」気持ちが交差する。 “全てを打ち明けられるのは、いつになるだろうか” 注1:本作品はBLに分類される作品です。苦手な方はご遠慮くださいm(_ _)m 注2:ソフトな表現、ストーリーメインです。苦手な方は⋯ (省略)

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...