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第一章 四つ葉のクローバーを君に
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寝落ちる前に勝行とキスしていたら、滅入った気分を削ぎ落とせるので夢見がいい。
昨夜は久しぶりになんの夢も見ないまま、十時間以上も爆睡していた。睡眠がきちんと取れたおかげか、身体の調子もいい感じだ。
朝、登校前に立ち寄ってくれた勝行も、ほっとしたように笑っていた。
「熱もなし。食欲も戻ったし、やっと先日の脱走事件前に戻ったね」
「蒸し返すなよ……ていうか脱走ってなんだよ」
「時々思い出してもらわないと、反省したこと忘れるからな。元気になったらすぐ病院から抜け出したがるし」
「ぐっ……違うし。ちょっと昼寝してただけだし!」
「はいはい。とにかく退院したければ、もう少し大人しくしててね」
まだベッドに縛り付ける気満々なのだろう。愛用の電子キーボードとヘッドホンを持ってきてくれた勝行は、そう言って今日も一人で学校に向かった。
(俺、一学期だけで何日休んだかな……ほんとに今度こそ、留年すっかもなー)
登校したところでほとんどずっと保健室で寝ている方が多いが、そろそろ勝行と一緒に学校に行きたい。外の空気を吸いたいし、早く勝行の傍で普通に生活したい。そのためにはとにかく退院できる体調に持っていくことが先決だ。
光は朝からキーボードをノンストップで弾き鳴らし、退屈な時間をベッドでやり過ごした。完全復活前の練習にはもってこいだし、日々の鬱憤晴らしには最適だった。
あの日を境に、勝行はあまり病室に来ない。来ても片手には常に参考書を持ち歩いているか、光が発作を起こして寝込んでいる最中が多く、会話がまともにできていない。
光に対して怒っていたり避けているわけではなく、高校三年生の前半は最後の受験前勝負だから仕方ないのだと教えてもらった。
相羽勝行といえば常に学年首位キープ。推薦枠もよりどりみどり、学内でも一目置かれる優等生だと教師から聞いている。「お前も少しは見習え」と散々比較され、卒業すら危うい光にしてみれば、これ以上勉強しなくても十分なのではと思うのだが、高校のレベルが低いのでこの程度ではダメなのだと言う。
彼は天才肌でもなんでもなく、真の努力家だ。サボると顕著に結果に出ると嘆き、ギターや歌練習、筋トレすらも毎日欠かさない。おまけに普段から作曲活動に夢中で睡眠が少ない。さらにここ最近は病室にいても家に帰っても勉強しているようで、目の下にクマができている。
自分に余裕ができると他人の様子が気になるもので、勝行もかなり寝不足を拗らせているように見えた。
(なあ勝行……お前は今、幸せか?)
行ってきますと言って一人病室を出ていく背中の音が、どこか澱んで聴こえたのは気のせいだろうか。
主治医に「ちょっとだけ!」とごねて中庭に出る許可をもらった光は、すっかり土の乾いた芝生に転がり込んだ。
いつもなら一人で来るのだが、今日は念のためにと付き添いがいる。
「あっ光さん、そんなところに寝転がったら泥まみれに」
「いいんだよ、これがしたくて来たんだから」
煩い小姑がもう一人――。夏でも暑苦しいスーツ姿で光を見守る相羽家専属のSP・片岡荘介が、垂れた眉尻をさらに下げて苦笑した。
この男は勝行と光の父親・相羽修行の付き人だったはずなのだが、光が拉致監禁事件に何度となく巻き込まれたせいか、いつの間にかWINGSの専属護衛として常に背後にいるようになった。とはいえ、警察や医師のように、質問攻めや説教はしてこない。何を考えているかはわからないが、終始にこにこした顔をこちらに向け、ただ黙って見守っている。ずいぶん変わった大人だ。
「気持ちわりぃな。笑うなよ」
「すみません、これが素面でして」
「なんか、護衛ってもっと厳つくて怖そうなもんなのに……」
「見た目怖そうな方がいいですか? ではこうしておきますね」
にっこり笑って胸元から分厚いサングラスを出すと、スチャリと装着して再び仁王立ちになる。身長も筋肉もそれなりにあって身体は厳ついから、確かにサングラスをかけたらまるでヤクザの付き人のようだ。
彼は相羽家で最も腕っぷしが強いらしい。だが光はまだ一度も片岡が誰かと戦闘している姿を見たことがない。普段はほわんとした顔で車を運転したり、勝行に頼まれた書類や珈琲を届けにくる。最初はただのパシリかなと思っていたぐらいだ。
石像並みに動かない片岡を無視して、光は本来の目的を果たそうとシロツメクサの群生地に手を伸ばした。ごろんとうつぶせになり、横着しながら周囲の雑草に目線を集中させる。
(やっぱ……四つ葉ってそう簡単には見つからないな。あの日はたまたま運がよかったのか)
けれどやはり、あのアイテムが欲しい。
一度は見つかったのだ、きっともう一度チャンスはあるはず。
奇跡を信じるくらいなら、自分で偶然の機会を増やす努力くらいはしておきたい。時折ほふく前進のような姿勢で場所移動しつつ、光は許される限りの時間を使ってひたすら四つ葉のクローバーを探し続けた。最中、片岡や医師に何度か話しかけられていることにも気づかないほどに、真剣に。
寝落ちる前に勝行とキスしていたら、滅入った気分を削ぎ落とせるので夢見がいい。
昨夜は久しぶりになんの夢も見ないまま、十時間以上も爆睡していた。睡眠がきちんと取れたおかげか、身体の調子もいい感じだ。
朝、登校前に立ち寄ってくれた勝行も、ほっとしたように笑っていた。
「熱もなし。食欲も戻ったし、やっと先日の脱走事件前に戻ったね」
「蒸し返すなよ……ていうか脱走ってなんだよ」
「時々思い出してもらわないと、反省したこと忘れるからな。元気になったらすぐ病院から抜け出したがるし」
「ぐっ……違うし。ちょっと昼寝してただけだし!」
「はいはい。とにかく退院したければ、もう少し大人しくしててね」
まだベッドに縛り付ける気満々なのだろう。愛用の電子キーボードとヘッドホンを持ってきてくれた勝行は、そう言って今日も一人で学校に向かった。
(俺、一学期だけで何日休んだかな……ほんとに今度こそ、留年すっかもなー)
登校したところでほとんどずっと保健室で寝ている方が多いが、そろそろ勝行と一緒に学校に行きたい。外の空気を吸いたいし、早く勝行の傍で普通に生活したい。そのためにはとにかく退院できる体調に持っていくことが先決だ。
光は朝からキーボードをノンストップで弾き鳴らし、退屈な時間をベッドでやり過ごした。完全復活前の練習にはもってこいだし、日々の鬱憤晴らしには最適だった。
あの日を境に、勝行はあまり病室に来ない。来ても片手には常に参考書を持ち歩いているか、光が発作を起こして寝込んでいる最中が多く、会話がまともにできていない。
光に対して怒っていたり避けているわけではなく、高校三年生の前半は最後の受験前勝負だから仕方ないのだと教えてもらった。
相羽勝行といえば常に学年首位キープ。推薦枠もよりどりみどり、学内でも一目置かれる優等生だと教師から聞いている。「お前も少しは見習え」と散々比較され、卒業すら危うい光にしてみれば、これ以上勉強しなくても十分なのではと思うのだが、高校のレベルが低いのでこの程度ではダメなのだと言う。
彼は天才肌でもなんでもなく、真の努力家だ。サボると顕著に結果に出ると嘆き、ギターや歌練習、筋トレすらも毎日欠かさない。おまけに普段から作曲活動に夢中で睡眠が少ない。さらにここ最近は病室にいても家に帰っても勉強しているようで、目の下にクマができている。
自分に余裕ができると他人の様子が気になるもので、勝行もかなり寝不足を拗らせているように見えた。
(なあ勝行……お前は今、幸せか?)
行ってきますと言って一人病室を出ていく背中の音が、どこか澱んで聴こえたのは気のせいだろうか。
主治医に「ちょっとだけ!」とごねて中庭に出る許可をもらった光は、すっかり土の乾いた芝生に転がり込んだ。
いつもなら一人で来るのだが、今日は念のためにと付き添いがいる。
「あっ光さん、そんなところに寝転がったら泥まみれに」
「いいんだよ、これがしたくて来たんだから」
煩い小姑がもう一人――。夏でも暑苦しいスーツ姿で光を見守る相羽家専属のSP・片岡荘介が、垂れた眉尻をさらに下げて苦笑した。
この男は勝行と光の父親・相羽修行の付き人だったはずなのだが、光が拉致監禁事件に何度となく巻き込まれたせいか、いつの間にかWINGSの専属護衛として常に背後にいるようになった。とはいえ、警察や医師のように、質問攻めや説教はしてこない。何を考えているかはわからないが、終始にこにこした顔をこちらに向け、ただ黙って見守っている。ずいぶん変わった大人だ。
「気持ちわりぃな。笑うなよ」
「すみません、これが素面でして」
「なんか、護衛ってもっと厳つくて怖そうなもんなのに……」
「見た目怖そうな方がいいですか? ではこうしておきますね」
にっこり笑って胸元から分厚いサングラスを出すと、スチャリと装着して再び仁王立ちになる。身長も筋肉もそれなりにあって身体は厳ついから、確かにサングラスをかけたらまるでヤクザの付き人のようだ。
彼は相羽家で最も腕っぷしが強いらしい。だが光はまだ一度も片岡が誰かと戦闘している姿を見たことがない。普段はほわんとした顔で車を運転したり、勝行に頼まれた書類や珈琲を届けにくる。最初はただのパシリかなと思っていたぐらいだ。
石像並みに動かない片岡を無視して、光は本来の目的を果たそうとシロツメクサの群生地に手を伸ばした。ごろんとうつぶせになり、横着しながら周囲の雑草に目線を集中させる。
(やっぱ……四つ葉ってそう簡単には見つからないな。あの日はたまたま運がよかったのか)
けれどやはり、あのアイテムが欲しい。
一度は見つかったのだ、きっともう一度チャンスはあるはず。
奇跡を信じるくらいなら、自分で偶然の機会を増やす努力くらいはしておきたい。時折ほふく前進のような姿勢で場所移動しつつ、光は許される限りの時間を使ってひたすら四つ葉のクローバーを探し続けた。最中、片岡や医師に何度か話しかけられていることにも気づかないほどに、真剣に。
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