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第一節 転校生と、孤高のピアニスト
#8 ピアノ少年はよく眠る
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五時間目が終わった。
一度は彼を起こそうと試みたが反応しない。それに窓際の暖かな日差しに包まれ無防備に眠る姿を見ていると、なんだか気持ちよさそうで起こしづらい。結局ホームルームも終わり、生徒たちが教室から出て行ってもまだ光は机に突っ伏して寝ていた。
(俺も部活あるんだけど……)
どうしようかと悩みつつ、勝行は誰もいなくなった教室で眠る光を見つめていた。
「さっき保健室でも寝てたよね……夜更かしでもしてるの? いい加減起きなよ」
キャラメルブラウンの細く柔らかい髪が、夕陽でオレンジに輝く。よく見たら眉も睫毛も色素が薄い。もしかするとこの髪色は地毛なのだろうか。肌も白いし、異国の血が混じっているのかも。なんにせよ、睫毛の長いその寝顔はまるで造り物の人形のように美しい。
初めて見たときも驚いたけれど、なかなかお目にかかれない美少年だよな、と思う。
その綺麗な頬の下には、しなやかな細長い指が折り重なった腕からはみ出ている。ピアニストにうってつけの、大きな手のひらと長い指。
楽器好きの勝行が欲しいと願ってやまない、理想の手の形に近いものだ。
(いいなあ、この手。羨ましい)
頬をつねってみたり、つむじをツンツン突いてみたり。鼻をつまんでもびくともしない。彼の指にもそっと触れ、第一関節からぐいと引っ張ってみたが、反応はなかった。
優等生の勝行にしてみれば、居眠りでここまで熟睡できる光の行動がとにかく理解できない。その「自由」すぎる性格が、あの不思議な音楽世界を創り出しているのだろうか。勝行の印象に強く残ったあの即興曲は何度でも聴いていたいと思った。未だに忘れられない。
「どうやったらあんなすごいピアノ弾けるんだろ……」
指をくねくね引っ張りながら、少し拗ねた苦言を零した時だった。
「まだ寝てるの? 今西くん」
呆れた女子の声が教室の向こう端から聴こえてきた。雑務を済ませて教室に戻ってきた藍だ。
「お疲れ様。何しても全然起きないよ」
「そんなの、一発蹴り飛ばしたら起きるんじゃない」
「中司さんって……結構過激だね」
「あっ、ごめん。つい」
「いや、サバサバしててカッコイイなあと思って」
「……そ、そう?」
「うん」
さらっと笑顔で誉め言葉を述べると、藍は驚いて頬を赤く染める。恥じらう姿は至って普通の女の子。
初見から美人で勝気な印象だったが、問題児をまとめる長のポストが実によく合う、頼りがいのありそうな子だ。
「今西くん。短気で話し方怖いでしょ」
「ああ……うん、まあ。ちょっと」
思わずちらっと光の方を覗き見するが、まだ起きてきそうな気配はない。
「本人のいないところで悪口言うわけじゃないからいいんじゃない」
「ああ、なるほど」
ま、ぐーすか寝てる方が悪いって。
からりと明快な表情で答えた藍は、自分のスクールバッグを持ったまま二人の近くに座る。
「今西くんってさぁ、このへんじゃけっこう悪名高いヤンキーなの」
「……へ、へえ……」
なんとなく、教室内の雰囲気と彼の見てくれで予想はついていたものの、藍から零される情報はあまりいい話ではないようだ。
「……じつは私、兄が二人いるんだけど」
五時間目が終わった。
一度は彼を起こそうと試みたが反応しない。それに窓際の暖かな日差しに包まれ無防備に眠る姿を見ていると、なんだか気持ちよさそうで起こしづらい。結局ホームルームも終わり、生徒たちが教室から出て行ってもまだ光は机に突っ伏して寝ていた。
(俺も部活あるんだけど……)
どうしようかと悩みつつ、勝行は誰もいなくなった教室で眠る光を見つめていた。
「さっき保健室でも寝てたよね……夜更かしでもしてるの? いい加減起きなよ」
キャラメルブラウンの細く柔らかい髪が、夕陽でオレンジに輝く。よく見たら眉も睫毛も色素が薄い。もしかするとこの髪色は地毛なのだろうか。肌も白いし、異国の血が混じっているのかも。なんにせよ、睫毛の長いその寝顔はまるで造り物の人形のように美しい。
初めて見たときも驚いたけれど、なかなかお目にかかれない美少年だよな、と思う。
その綺麗な頬の下には、しなやかな細長い指が折り重なった腕からはみ出ている。ピアニストにうってつけの、大きな手のひらと長い指。
楽器好きの勝行が欲しいと願ってやまない、理想の手の形に近いものだ。
(いいなあ、この手。羨ましい)
頬をつねってみたり、つむじをツンツン突いてみたり。鼻をつまんでもびくともしない。彼の指にもそっと触れ、第一関節からぐいと引っ張ってみたが、反応はなかった。
優等生の勝行にしてみれば、居眠りでここまで熟睡できる光の行動がとにかく理解できない。その「自由」すぎる性格が、あの不思議な音楽世界を創り出しているのだろうか。勝行の印象に強く残ったあの即興曲は何度でも聴いていたいと思った。未だに忘れられない。
「どうやったらあんなすごいピアノ弾けるんだろ……」
指をくねくね引っ張りながら、少し拗ねた苦言を零した時だった。
「まだ寝てるの? 今西くん」
呆れた女子の声が教室の向こう端から聴こえてきた。雑務を済ませて教室に戻ってきた藍だ。
「お疲れ様。何しても全然起きないよ」
「そんなの、一発蹴り飛ばしたら起きるんじゃない」
「中司さんって……結構過激だね」
「あっ、ごめん。つい」
「いや、サバサバしててカッコイイなあと思って」
「……そ、そう?」
「うん」
さらっと笑顔で誉め言葉を述べると、藍は驚いて頬を赤く染める。恥じらう姿は至って普通の女の子。
初見から美人で勝気な印象だったが、問題児をまとめる長のポストが実によく合う、頼りがいのありそうな子だ。
「今西くん。短気で話し方怖いでしょ」
「ああ……うん、まあ。ちょっと」
思わずちらっと光の方を覗き見するが、まだ起きてきそうな気配はない。
「本人のいないところで悪口言うわけじゃないからいいんじゃない」
「ああ、なるほど」
ま、ぐーすか寝てる方が悪いって。
からりと明快な表情で答えた藍は、自分のスクールバッグを持ったまま二人の近くに座る。
「今西くんってさぁ、このへんじゃけっこう悪名高いヤンキーなの」
「……へ、へえ……」
なんとなく、教室内の雰囲気と彼の見てくれで予想はついていたものの、藍から零される情報はあまりいい話ではないようだ。
「……じつは私、兄が二人いるんだけど」
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