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第一節 転校生と、孤高のピアニスト

#6 自由すぎる不良少年

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突然現れた金髪ピアス姿に、三年五組はどよめき立った。
教室一番奥の窓際、最後尾にある空っぽの机と椅子。ずっと無人だったその席に、初めて誰かが座った。
 
「え、もう!? すごいな相羽」
「委員長のお手伝いをしただけです」

今西光を教室に連れてきたと告げると、担任は目を丸くして驚いていた。
「いやあ、お前に頼んでよかった。これからも頼むな」
勝行の功績ばかりを誉める担任は、大人しく席に座った光には視線も合わさないし、声もかけにいかない。光も、憮然とした表情のまま窓の外を見ていて誰とも会話しない。

「先生。俺、今西くんのとなりに席変えしてもいいですか?」
「ああ、そうだな。いいぞ」

担任はおろか、元々隣席に居た生徒も嬉々としてチェンジを受け入れる。
机の中身を交換すると、勝行は光の隣に座った。二冊のファイルを机上に出し、一冊を光の目の前にポンと置く。すると鋭い目でむっと睨まれる。

「これ、今日の学級会の資料。あと、修学旅行関係のプリント一式」
「……は?」
「四月から全然来てなかったんだろ。これ、先生から預かった君の分だよ」

眉間に皺を寄せたまま、光はファイルをパラパラめくっている。横からすかさず「今ここ説明中」とシャーペンで資料の番号を指し示しておいた。
黒板の前では、さっき一緒だった美人学級委員長――中司藍が、副委員長の男子生徒と一緒に立ち、司会進行している。今日の議題は修学旅行の部屋割り、班割りの後、各担当と自由行動のプランをメンバー同士で決める話し合いだ。
授業より断然楽だし、みんなあちこちで私語を挟み、和気あいあいとしている。楽しみが近づいてきて、浮き足立つ様子がわかる。
光は机に肘をついて暫しプリントを見ていたが、突然勝行に話しかけてきた。

「おい、修学旅行ってなんだ?」
「……え?」
「俺、関係あんの」

至極当たり前のようなことを突然聞かれて、勝行は一瞬思考回路が止まった。光の声のトーンは低い。教室の空気がぴりっと張り詰める。

「ええと……小学生の時に行ってない?」
「しらねー」
「知らないの?」

もしかすると小学生の頃から不登校で本当に知らないのかもしれない。勝行はなるべく簡潔に説明を考えた。

「泊まりがけで社会勉強する団体旅行だよ。半分くらい遊びだけど。三年生は全員参加」
「は? 強制かよ。金もってねーぞ」
「お金……は……親が先に払ってる積立金で行くから、お土産代くらいで」
「俺にはカンケーねえな」

光は仏頂面でそう言うと、プリントファイルを勝行に向けて放り投げた。バサッと落ちる冊子音に、再び教室が静まり返る。我関せずの光は腕組みをして机の上に突っ伏すと、睡眠するといわんばかりの恰好になった。

「終わったら起こして」

言うが早いか本当に寝てしまったのか、光はそのまま寝息をたて始めた。

「え、ちょ……今西くん?」

もう一度声をかけてみるも反応はない。あまりもの自由奔放ぶりに呆れるしかなかった。
だが二人のやりとりはクラスの注目の的だった。「なに、あれ……」といった非難の声がじわじわ漏れてくる。やがてその音は大きく広がっていく。

「ひどくない? なにあれ」
「相羽くんがあんなに親切に教えてくれてるのに。失礼だよね」
「不良は学校来なくていいのに」
「修学旅行、アイツと一緒だなんてヤダ、怖い」
「つーか、相羽カワイソー」
「転校早々、お世話役?」
「どうせ先生が押し付けられたんだろ、気の毒。事情知らないからって」
「そこ! 発言は挙手して堂々と言うように!」

パンと手を叩いて藍が一喝すると、一斉に虫が鳴き止んだかのように静かになった。
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