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第四節 ひと夏の陽炎とファンタジア
#60 その手の向こうに君の声
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二人で決めた夏休みの生活ルールは色々ある。
休みでも朝はちゃんと起きて、学校が始まっても寝坊して困らないようにする。
ご飯は三食、きちんと食べる。
好き嫌いを言うと機嫌を損ねるけれど、食べられないものは事前に言っておいたので食卓には出てこない。
洗濯物は夜のうちに全部出す。部屋に脱ぎ散らかしたままだと光は洗ってくれない。
掃除をする時は小さくなって、椅子の上で読書か勉強をする。ものの数分もしないうちに、勝行の足元にはウイーンとすごい音を立てて掃除機がやってくる。エプロン姿の光が掃除機と一緒にいなくなるまで、足は絶対下ろさないお約束。
買い物に出かけるときは、なるべく二人で。
ついでに病院に行って定期診察を受けたり、帰りに道端でジュースを飲んで空のペットボトルを回収箱に捨ててきたりする。
相羽家私有のセキュリティガードは現在も契約中。暑さにやられてイチャモンをつけてくるゴロツキが来れば、短気な光が喧嘩を買う前に勝行がボタンひとつで通報する。びっくりするほどのスピードで馳せ参じる護衛のプロたちは、二人に仇成す者全て迅速に撃退してくれるのだ。
「……すげえ」
戦闘態勢に入るものの、気づけば前方が視界すっきりしていることに光は毎回唖然とする。
「俺にしてみれば、外を出歩くたびに不良に絡まれたり、変質者に捕まる光の方がすごいと思うんだけど。俺よりお前の方が護衛いるんじゃないの?」
「うっ、うるせえな!」
「町一番のヤンキーだって噂。なんかおかしいと思ったんだ……」
大富豪である身分を隠し、のらりくらりと学生生活を楽しんでいるせいか、勝行は滅多に危険な目には遭わない。むしろ派手な見た目とその短気な性格のせいで、トラブルに巻き込まれてばかりの光の方が護衛の世話になってばかり。ガン飛ばして歩いてるからだよと進言するも、本人は無意識っぽいのでなかなか直らない。
「くだらない連中なんて無視すればいいのに」
「無視しても向こうが勝手に殴ってくるんだから、しょうがねーだろ」
「光の場合は、まずこの眉間の皺を伸ばすところからスタートかな」
「う、う、うっせー! いきなりデコ触んな!」
「家族だったらキスしろっていうくせに……触るのはダメってどういうこと」
勝行に撫でられ、頬を赤く染めた光が怒ったように離れていく。余計に増えた眉間の皺を見て、勝行は苦笑した。
『気の合う友だち』、さらには『家族』としての付き合い方というものは、お互いまだ始めてみたばかり。
夏休みの間に少しでも慣れていけば、そのうち時間と共に親密度も進化を遂げるだろう。それは今、頭上をゆっくり移動する雲のように。
「あ、入道雲が見えてる。夕立来るぞ、帰ろう」
「雨降るってこと?」
「そうだよ。帰ったらさっきの作曲の続きしようぜ。今度は歌詞もつけてみたい」
「おお……あれ、歌にすんのか?」
「そりゃあ。だってバンド曲だもんな」
「そっか」
途端、光の眉間の皺がぱっと取れる。そうだ、こいつは機嫌さえ取ればワンコみたいな笑顔になるんだった。そう気づいた勝行もつられて笑った。
「俺たちだけの歌モノ楽曲、できたら一番に源次に聴かせる?」
「あいつ、歌なんかわかるかな」
「確かに、なんでも『すげーな!』しか言わなさそう」
「できたら、リンに聴かせたいかな」
「リンって……和泉さん? あの子は音楽好きなの?」
「よくは知らねえけど、あいつ俺が音楽好きなの知ってて、コレいっぱい作ってくれたり、貸してくれたりする」
「あー、MD。へえ、じゃあ俺も今度和泉さんと会えたら音楽の話してみたいなあ」
その足取りは軽く、入道雲を背にしてリズムを刻む。
光が一人で誰かを待ち続けていた子どもだけの家は、あっという間にバンド活動のための拠点になった。大人のいない、子どもだけの秘密基地だ。
「~♪」
イヤホンも何もしていないのに、手を伸ばした青空の先から、誰かの声が聴こえてくる気がした。
それは多分聞き覚えのある、目の前の少年の。
【END】
二人で決めた夏休みの生活ルールは色々ある。
休みでも朝はちゃんと起きて、学校が始まっても寝坊して困らないようにする。
ご飯は三食、きちんと食べる。
好き嫌いを言うと機嫌を損ねるけれど、食べられないものは事前に言っておいたので食卓には出てこない。
洗濯物は夜のうちに全部出す。部屋に脱ぎ散らかしたままだと光は洗ってくれない。
掃除をする時は小さくなって、椅子の上で読書か勉強をする。ものの数分もしないうちに、勝行の足元にはウイーンとすごい音を立てて掃除機がやってくる。エプロン姿の光が掃除機と一緒にいなくなるまで、足は絶対下ろさないお約束。
買い物に出かけるときは、なるべく二人で。
ついでに病院に行って定期診察を受けたり、帰りに道端でジュースを飲んで空のペットボトルを回収箱に捨ててきたりする。
相羽家私有のセキュリティガードは現在も契約中。暑さにやられてイチャモンをつけてくるゴロツキが来れば、短気な光が喧嘩を買う前に勝行がボタンひとつで通報する。びっくりするほどのスピードで馳せ参じる護衛のプロたちは、二人に仇成す者全て迅速に撃退してくれるのだ。
「……すげえ」
戦闘態勢に入るものの、気づけば前方が視界すっきりしていることに光は毎回唖然とする。
「俺にしてみれば、外を出歩くたびに不良に絡まれたり、変質者に捕まる光の方がすごいと思うんだけど。俺よりお前の方が護衛いるんじゃないの?」
「うっ、うるせえな!」
「町一番のヤンキーだって噂。なんかおかしいと思ったんだ……」
大富豪である身分を隠し、のらりくらりと学生生活を楽しんでいるせいか、勝行は滅多に危険な目には遭わない。むしろ派手な見た目とその短気な性格のせいで、トラブルに巻き込まれてばかりの光の方が護衛の世話になってばかり。ガン飛ばして歩いてるからだよと進言するも、本人は無意識っぽいのでなかなか直らない。
「くだらない連中なんて無視すればいいのに」
「無視しても向こうが勝手に殴ってくるんだから、しょうがねーだろ」
「光の場合は、まずこの眉間の皺を伸ばすところからスタートかな」
「う、う、うっせー! いきなりデコ触んな!」
「家族だったらキスしろっていうくせに……触るのはダメってどういうこと」
勝行に撫でられ、頬を赤く染めた光が怒ったように離れていく。余計に増えた眉間の皺を見て、勝行は苦笑した。
『気の合う友だち』、さらには『家族』としての付き合い方というものは、お互いまだ始めてみたばかり。
夏休みの間に少しでも慣れていけば、そのうち時間と共に親密度も進化を遂げるだろう。それは今、頭上をゆっくり移動する雲のように。
「あ、入道雲が見えてる。夕立来るぞ、帰ろう」
「雨降るってこと?」
「そうだよ。帰ったらさっきの作曲の続きしようぜ。今度は歌詞もつけてみたい」
「おお……あれ、歌にすんのか?」
「そりゃあ。だってバンド曲だもんな」
「そっか」
途端、光の眉間の皺がぱっと取れる。そうだ、こいつは機嫌さえ取ればワンコみたいな笑顔になるんだった。そう気づいた勝行もつられて笑った。
「俺たちだけの歌モノ楽曲、できたら一番に源次に聴かせる?」
「あいつ、歌なんかわかるかな」
「確かに、なんでも『すげーな!』しか言わなさそう」
「できたら、リンに聴かせたいかな」
「リンって……和泉さん? あの子は音楽好きなの?」
「よくは知らねえけど、あいつ俺が音楽好きなの知ってて、コレいっぱい作ってくれたり、貸してくれたりする」
「あー、MD。へえ、じゃあ俺も今度和泉さんと会えたら音楽の話してみたいなあ」
その足取りは軽く、入道雲を背にしてリズムを刻む。
光が一人で誰かを待ち続けていた子どもだけの家は、あっという間にバンド活動のための拠点になった。大人のいない、子どもだけの秘密基地だ。
「~♪」
イヤホンも何もしていないのに、手を伸ばした青空の先から、誰かの声が聴こえてくる気がした。
それは多分聞き覚えのある、目の前の少年の。
【END】
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