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第四節 ひと夏の陽炎とファンタジア
#50 有能家政夫とぐうたら御曹司
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今西光は想像以上に有能な『家政夫』だった。その迅速な仕事ぶりは、今までに雇った歴代ハウスキーパーの中でもピカイチだ。出勤態度さえ悪くなければ。
(委員長はびっくりするだろうな、俺の家で可愛いエプロンつけて働いてる姿見たら)
喧嘩と女遊びばかりしているヤンキー……という彼女の理想の今西光像とは大違いだ。それに意外な性格が浮き彫りになった。
まず思ったよりきれい好き。
「お前、床に紙切れ散らかしすぎだろ」
「んー今曲アレンジメモってて。あーそのへんのはボツだからいらない」
「いらないって思った時にゴミ箱に捨てろ!」
――とかなんとか言いつつ、ギターを弾き始めると何やら嬉しそうにこちらを見てくる。目があったら慌てて立ち去るけれど、台所では鼻歌交じりにご機嫌で仕事しているのを見てしまった。
「かわいいかよ」
あと、主婦みたいな金銭感覚。
買い物に行くと、あれは高いだのこれは安いだのとうるさい。普段値段など見もしないで買い物する勝行には相場が分からないのだ。100%オレンジジュースの値段も知らなかった勝行が「高いっていうけど、全然高くないじゃん」と零したらしかめ面された。金が絡むと面倒な奴であることはわかったので、買い物の中身に関しては極力黙って光の言うとおりにしておいた。
可愛いくらい音楽好き。
少々の音漏れなら平気かなと思い、アンプを介さずアコースティックギターで練習すると、光の掃除するスピードが上がることも知った。BGMがあれば、ジャンルはなんでもいいらしい。
そしてやたらと健康志向だし、何より世話焼き気質。
ブラックコーヒーばかり飲んでいたら、「健康に悪い」と言ってたまに緑茶にすり替えられる。しかもけっこう渋い。
「茶葉が立つと、いい事あるんだぜ」
「おばあちゃんみたいなこと言うんだね、光って」
「……昔、教えてもらっただけだ!」
肉が食べたいと言えば必ず野菜のおかずもついてくる。先日はまるっと綺麗に包まれたオムライスと具沢山オニオンスープが出てきて、まるで本格的なレストラン仕様の食卓に驚いた。どうやって作っているのか今度のぞき見てみたい。
これまでに書き溜めた今西光に関するメモも、ノートのページいっぱいにまで埋め尽くされた。こんなプライベートは自分だけが知る極秘情報だ。勝行はそっとデスクの引き出しにそれをしまい込んだ。藍に情報共有することも一時考えたが、言わない方が光の身のためかもと思ったからだ。
もともとヘルパーや宅配に頼めば、欲しいものはなんでも届く。コンビニもすぐそばにある。一人暮らしでも平気だと父親に豪語しておきながらも、実はこれまでDTM作業に夢中になりすぎて何も食べないまま朝を迎えることが多かった。
睡眠は短い方だが、さすがに飲まず食わず徹夜で翌日の学校生活は結構堪える。それでもついつい、ヘッドホンに手を伸ばしてしまう。
(ヤバイな……仮にも受験生なのに、この体たらく。成績落ちたら怒られるかもしれない)
成績が落ちれば趣味は禁止になる。それが父親との暗黙のルールだ。
だから週末と限定せず、平日の放課後も、今西光が遊びに来たついでに「仕事依頼」と称して食事準備を頼むことにした。そうすることで、際限ない自堕落生活を戒める作戦だ。
「一人暮らしだとついだらけちゃって。また来てほしいんだけど、頼めるかな」
「……」
光はさも嫌そうな顔を見せ、「まあ、給料になるんなら」と返事しつつ――しっかり仕事しに来てくれる。就業後はセッションで遊んでから、部下の車で家まで送っていくのが定番になった。
一人暮らし同士だと遅くなっても怒られないし、お互い何かと都合がいい。
「晩御飯、今日も一緒に食べれる?」
「……まあ……お前がそれでいいんなら……」
「いいよ勿論。今日はハンバーグがいいなあ」
「はあ? めんどくせえんだけど、お前ハンバーグの作り方知らねえで言ってるだろ」
「そうなのか? じゃあスーパーで売ってるやつでいいよ」
「あんなのはだめだ、身体に悪い!」
「そうか、じゃあなんでもいいよ。作ってくれて、一緒に食べてくれるんだろ? それだけでオレは嬉しいよ」
アイドル級の笑顔を振りまいてそう言うと、光は頬を赤らめながらも「しゃあねえなあ」と盛大な溜息をつく。この笑顔は、ツンデレ男にもそれなりに有効だったようだ。
光は文句を言いつつも食事後は台所で洗い物まで終わらせて、食後のコーヒーも淹れてくれる。
美味しいので褒めちぎって、また明日もとリピート。仕事ついでに遊ぼうよ、と強引に放課後の約束までこじつける。光が欲しいものと、自分が欲しいもの。どちらもこの方法でなら、うまく手に入るのだ。
学校ではいつも通り。あれから宿泊することはなかったので相変わらずの重役登校だが、二人の関係は特にこれといって変わらない。違ったとすれば、遊ぶ約束ができるようになったことぐらいか。帰りがてら、一緒に買い物へ行くこともあるし、買い食いでオレンジジュースやアイスを奢ってあげると、お礼にまた夜のコーヒーをサービスしてもらえる。
やっと周りも認める「友だち」といえるスタートラインに立てた感じだ。
もっと早くこうすればよかった。あまりに期間限定すぎて、このまま終わりにするのが名残惜しい。
そんなことを思いながら、勝行は定期テストの答案用紙に意識を集中させた。
今西光は想像以上に有能な『家政夫』だった。その迅速な仕事ぶりは、今までに雇った歴代ハウスキーパーの中でもピカイチだ。出勤態度さえ悪くなければ。
(委員長はびっくりするだろうな、俺の家で可愛いエプロンつけて働いてる姿見たら)
喧嘩と女遊びばかりしているヤンキー……という彼女の理想の今西光像とは大違いだ。それに意外な性格が浮き彫りになった。
まず思ったよりきれい好き。
「お前、床に紙切れ散らかしすぎだろ」
「んー今曲アレンジメモってて。あーそのへんのはボツだからいらない」
「いらないって思った時にゴミ箱に捨てろ!」
――とかなんとか言いつつ、ギターを弾き始めると何やら嬉しそうにこちらを見てくる。目があったら慌てて立ち去るけれど、台所では鼻歌交じりにご機嫌で仕事しているのを見てしまった。
「かわいいかよ」
あと、主婦みたいな金銭感覚。
買い物に行くと、あれは高いだのこれは安いだのとうるさい。普段値段など見もしないで買い物する勝行には相場が分からないのだ。100%オレンジジュースの値段も知らなかった勝行が「高いっていうけど、全然高くないじゃん」と零したらしかめ面された。金が絡むと面倒な奴であることはわかったので、買い物の中身に関しては極力黙って光の言うとおりにしておいた。
可愛いくらい音楽好き。
少々の音漏れなら平気かなと思い、アンプを介さずアコースティックギターで練習すると、光の掃除するスピードが上がることも知った。BGMがあれば、ジャンルはなんでもいいらしい。
そしてやたらと健康志向だし、何より世話焼き気質。
ブラックコーヒーばかり飲んでいたら、「健康に悪い」と言ってたまに緑茶にすり替えられる。しかもけっこう渋い。
「茶葉が立つと、いい事あるんだぜ」
「おばあちゃんみたいなこと言うんだね、光って」
「……昔、教えてもらっただけだ!」
肉が食べたいと言えば必ず野菜のおかずもついてくる。先日はまるっと綺麗に包まれたオムライスと具沢山オニオンスープが出てきて、まるで本格的なレストラン仕様の食卓に驚いた。どうやって作っているのか今度のぞき見てみたい。
これまでに書き溜めた今西光に関するメモも、ノートのページいっぱいにまで埋め尽くされた。こんなプライベートは自分だけが知る極秘情報だ。勝行はそっとデスクの引き出しにそれをしまい込んだ。藍に情報共有することも一時考えたが、言わない方が光の身のためかもと思ったからだ。
もともとヘルパーや宅配に頼めば、欲しいものはなんでも届く。コンビニもすぐそばにある。一人暮らしでも平気だと父親に豪語しておきながらも、実はこれまでDTM作業に夢中になりすぎて何も食べないまま朝を迎えることが多かった。
睡眠は短い方だが、さすがに飲まず食わず徹夜で翌日の学校生活は結構堪える。それでもついつい、ヘッドホンに手を伸ばしてしまう。
(ヤバイな……仮にも受験生なのに、この体たらく。成績落ちたら怒られるかもしれない)
成績が落ちれば趣味は禁止になる。それが父親との暗黙のルールだ。
だから週末と限定せず、平日の放課後も、今西光が遊びに来たついでに「仕事依頼」と称して食事準備を頼むことにした。そうすることで、際限ない自堕落生活を戒める作戦だ。
「一人暮らしだとついだらけちゃって。また来てほしいんだけど、頼めるかな」
「……」
光はさも嫌そうな顔を見せ、「まあ、給料になるんなら」と返事しつつ――しっかり仕事しに来てくれる。就業後はセッションで遊んでから、部下の車で家まで送っていくのが定番になった。
一人暮らし同士だと遅くなっても怒られないし、お互い何かと都合がいい。
「晩御飯、今日も一緒に食べれる?」
「……まあ……お前がそれでいいんなら……」
「いいよ勿論。今日はハンバーグがいいなあ」
「はあ? めんどくせえんだけど、お前ハンバーグの作り方知らねえで言ってるだろ」
「そうなのか? じゃあスーパーで売ってるやつでいいよ」
「あんなのはだめだ、身体に悪い!」
「そうか、じゃあなんでもいいよ。作ってくれて、一緒に食べてくれるんだろ? それだけでオレは嬉しいよ」
アイドル級の笑顔を振りまいてそう言うと、光は頬を赤らめながらも「しゃあねえなあ」と盛大な溜息をつく。この笑顔は、ツンデレ男にもそれなりに有効だったようだ。
光は文句を言いつつも食事後は台所で洗い物まで終わらせて、食後のコーヒーも淹れてくれる。
美味しいので褒めちぎって、また明日もとリピート。仕事ついでに遊ぼうよ、と強引に放課後の約束までこじつける。光が欲しいものと、自分が欲しいもの。どちらもこの方法でなら、うまく手に入るのだ。
学校ではいつも通り。あれから宿泊することはなかったので相変わらずの重役登校だが、二人の関係は特にこれといって変わらない。違ったとすれば、遊ぶ約束ができるようになったことぐらいか。帰りがてら、一緒に買い物へ行くこともあるし、買い食いでオレンジジュースやアイスを奢ってあげると、お礼にまた夜のコーヒーをサービスしてもらえる。
やっと周りも認める「友だち」といえるスタートラインに立てた感じだ。
もっと早くこうすればよかった。あまりに期間限定すぎて、このまま終わりにするのが名残惜しい。
そんなことを思いながら、勝行は定期テストの答案用紙に意識を集中させた。
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