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第四節 ひと夏の陽炎とファンタジア
#47 家政夫ヒカルの初勤務 前編 -光side-
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今日から俺、お前の雇い主だから。よろしくね。――ああ、大丈夫、中学生なのに金銭のやり取りなんてしてるのがバレたら生徒指導モノだからね。
俺たちはあくまでも「友だち」。
俺の言いたいこと……わかるよね?
どう見ても激可愛い子役アイドルみたいな笑顔。でもその裏には100%悪意を含んでいるとしか思えない。
光は今度こそ、こいつの顔は二十四時間嘘つきだと。死ぬほど呪った。
翌朝。
本当に迎えに来た勝行の部下に再び拉致されるような形で、光は相羽邸を再訪問した。
何度来ても落ち着かない高級インテリアにそわそわしていると、奥から「いらっしゃい」と落ち着いた声が聴こえてくる。
(なんで昨日……こいつの声、懐かしいって思ったんだろう。母さんになんか、全然にてないのに)
まだ声変わりも終わってない、男にしては高めの中高音域。だが聴いていて女のように耳が痛くなるようなことはない、そよ風のような優しい音だと感じた。
光は聴覚が優れている分、音の好き嫌いが結構激しい。耳障りの悪いものは本能的に身体が受け付けないのだが、彼の声は初めて聴いた時からずっと、むしろ心地いいものだった。
(――いやいやいや。声に騙されちゃいけねえ、こいつは悪魔だ、平気でウソをつく性悪小悪魔)
ギギンッと目を尖らせ拳を握り締めるも、勝行にはなんの効果もない。
「何、今から戦争でもおっぱじめようって感じの顔してるの。そんなに力んでたら、肩凝らない?」
「うるせえ……」
「仕事しに来て給料も貰おうとしてる男の態度には思えないね」
「ぐっ…………」
最低な男の声に聞き惚れたあまり、あらゆる弱みを握られたことが、何より一生の不覚。もうこれ以上マウントとらせるわけにはいかない。固く握りしめた拳に決意を漲らせ、光はビシッとマスクを装着し、エプロンの後ろリボンを絞めた。
「で! 俺はここで何すりゃいいんだ。掃除か。洗濯か。料理か!」
「物分かりがいいね。全部だよ。終わったら、昼ご飯もよろしく」
「けっ……見てろ、俺様の手により完璧なまでにピカピカにしてやる!」
「別にそんなに汚れてないからやりがいないと思うけど」
勝行のツッコミは無視して室内を物色し、「勝手に使うからな!」とだけ告げると、光は超高速で家事をこなし始めた。
そのへんに脱ぎ捨てられていた服を片っ端からかき集めて洗濯スイッチを押す。ダスト取りのモップを掛け、雑巾片手に家中くまなく走り回る。掃除機や洗剤のありかを見つけるのも早い。
「俺、部屋に籠ってるけど、勝手に出入りしていいから。ああ、楽器は動かさないでね。あと」
「なんだよ、まだ文句あんのかよ」
「調度品は俺のじゃなくて、父さんが誰かに貰ったものとかあって。知らないけどたまに五千万する絵画とかあるから、取り扱い気を付けて……」
「――も、も、もっと早くそれ言え!」
まさに今、壁際に飾られた絵を雑に拭き掃除していた光は、ひっくり返りそうな声で思わず叫んだ。
ごせんまんとか、どんな数字か検討もつかないが、とりあえず一生働いても返しきれない、奴隷ルート行きなのは確かだ。そんなのは冗談じゃない。
だがしかし、何が悲しくて……自称「友だち」の家を掃除したり、男のパンツを洗濯しているのだろうか。どう考えてもおかしい気がする。するのだが……。
「いやどうでもいい。今日のあいつは二万円。札束。友だちなんかじゃねえ」
心の中で呪うように呟いてきたその言葉をブツブツ声に出しながら、光は部屋の窓を全開にして換気した。最上階だからだろうか、気持ちいいぐらいの生暖かい夏風が、淀んだ室内を浄化してくれる。この家はいつもエアコンをつけっぱなしなのか、あまり窓を開けたことがなさそうだ。その証拠に、窓の桟には埃がたまっていた。
「……いい風くるのに、電気代もったいない」
稼働しっぱなしのエアコンを切って、光はベッドの布団もついでに干すことにした。だがこの広い家の中、布団が一組しかないことに対しては、あまり疑問を抱かなかった。
今日から俺、お前の雇い主だから。よろしくね。――ああ、大丈夫、中学生なのに金銭のやり取りなんてしてるのがバレたら生徒指導モノだからね。
俺たちはあくまでも「友だち」。
俺の言いたいこと……わかるよね?
どう見ても激可愛い子役アイドルみたいな笑顔。でもその裏には100%悪意を含んでいるとしか思えない。
光は今度こそ、こいつの顔は二十四時間嘘つきだと。死ぬほど呪った。
翌朝。
本当に迎えに来た勝行の部下に再び拉致されるような形で、光は相羽邸を再訪問した。
何度来ても落ち着かない高級インテリアにそわそわしていると、奥から「いらっしゃい」と落ち着いた声が聴こえてくる。
(なんで昨日……こいつの声、懐かしいって思ったんだろう。母さんになんか、全然にてないのに)
まだ声変わりも終わってない、男にしては高めの中高音域。だが聴いていて女のように耳が痛くなるようなことはない、そよ風のような優しい音だと感じた。
光は聴覚が優れている分、音の好き嫌いが結構激しい。耳障りの悪いものは本能的に身体が受け付けないのだが、彼の声は初めて聴いた時からずっと、むしろ心地いいものだった。
(――いやいやいや。声に騙されちゃいけねえ、こいつは悪魔だ、平気でウソをつく性悪小悪魔)
ギギンッと目を尖らせ拳を握り締めるも、勝行にはなんの効果もない。
「何、今から戦争でもおっぱじめようって感じの顔してるの。そんなに力んでたら、肩凝らない?」
「うるせえ……」
「仕事しに来て給料も貰おうとしてる男の態度には思えないね」
「ぐっ…………」
最低な男の声に聞き惚れたあまり、あらゆる弱みを握られたことが、何より一生の不覚。もうこれ以上マウントとらせるわけにはいかない。固く握りしめた拳に決意を漲らせ、光はビシッとマスクを装着し、エプロンの後ろリボンを絞めた。
「で! 俺はここで何すりゃいいんだ。掃除か。洗濯か。料理か!」
「物分かりがいいね。全部だよ。終わったら、昼ご飯もよろしく」
「けっ……見てろ、俺様の手により完璧なまでにピカピカにしてやる!」
「別にそんなに汚れてないからやりがいないと思うけど」
勝行のツッコミは無視して室内を物色し、「勝手に使うからな!」とだけ告げると、光は超高速で家事をこなし始めた。
そのへんに脱ぎ捨てられていた服を片っ端からかき集めて洗濯スイッチを押す。ダスト取りのモップを掛け、雑巾片手に家中くまなく走り回る。掃除機や洗剤のありかを見つけるのも早い。
「俺、部屋に籠ってるけど、勝手に出入りしていいから。ああ、楽器は動かさないでね。あと」
「なんだよ、まだ文句あんのかよ」
「調度品は俺のじゃなくて、父さんが誰かに貰ったものとかあって。知らないけどたまに五千万する絵画とかあるから、取り扱い気を付けて……」
「――も、も、もっと早くそれ言え!」
まさに今、壁際に飾られた絵を雑に拭き掃除していた光は、ひっくり返りそうな声で思わず叫んだ。
ごせんまんとか、どんな数字か検討もつかないが、とりあえず一生働いても返しきれない、奴隷ルート行きなのは確かだ。そんなのは冗談じゃない。
だがしかし、何が悲しくて……自称「友だち」の家を掃除したり、男のパンツを洗濯しているのだろうか。どう考えてもおかしい気がする。するのだが……。
「いやどうでもいい。今日のあいつは二万円。札束。友だちなんかじゃねえ」
心の中で呪うように呟いてきたその言葉をブツブツ声に出しながら、光は部屋の窓を全開にして換気した。最上階だからだろうか、気持ちいいぐらいの生暖かい夏風が、淀んだ室内を浄化してくれる。この家はいつもエアコンをつけっぱなしなのか、あまり窓を開けたことがなさそうだ。その証拠に、窓の桟には埃がたまっていた。
「……いい風くるのに、電気代もったいない」
稼働しっぱなしのエアコンを切って、光はベッドの布団もついでに干すことにした。だがこの広い家の中、布団が一組しかないことに対しては、あまり疑問を抱かなかった。
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