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第四節 ひと夏の陽炎とファンタジア

#46 御曹司の華麗なるおもてなし

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「もうー勝行さあ、迎えにくる人の見た目ぐらいちゃんと言っといてくれよぉ、さすがに俺でもビビるってアレは!」
「あはは、そうかごめんごめん。見慣れてるから気づかなかった」
「勝行ん家、ちょー金持ちなんだな!」
「確かに普通よりは贅沢な環境かな。ご飯くらいならいつでも奢るよ。つっても俺ん家も親は仕事でいなくて、店屋物しか出せないけど」
「そうなのか……いやあ、いい奴と友だちになれてよかったな、光!」

光よりは適応能力に長けている源次は、このおかしな状況にツッコミを入れることなく、兄の背中をバシバシ叩きながら唐揚げを口に放り込んだ。勝行も目の前の宅配ピザに手を伸ばしながら談笑する。

「こういうのは一人だと食べきれないからさ」
「そうか? 俺は全然イケる」
「光もよく食べる方だと思うけど、源次もすごいね」

どんなに不可思議なことがあっても、並みならぬ空腹感には逆らえなかったのだろう。今西兄弟はどちらもバキューム車のような勢いで、ケータリングのホームパーティー料理をきれいに平らげていく。そんな光景を楽しみながら、勝行は優雅に宅配ピザをナイフとフォークでカットしていた。

「そういや光。今日はバイト、どうだったの。暑くて大変じゃなかった?」
「うっ……」

セッションで盛り上がった後、間髪入れずに出されたご馳走に目が眩んだ光は、源次に聞かれるまできれいさっぱり忘れていたらしい。むせるように咳き込みながら、無理やりジュースを流し込む。

「うるせえ、嫌なこと思い出させんな」
「え、なんで」
「仕事中、熱中病になりかけてたから。ちょっとうちで休んでたんだよ」
「なんだそっかあ。……ってなんだよそれっ、大丈夫なのかそんなバイトして!?」
「源次が教えてくれてたから助かったよ。早めに見つけることができたし。あの仕事はちょっとハイリスクローリターンだと俺も思う。無茶すぎ」
「そっかあ、勝行が助けてくれたのかー、よかった、ありがとな!」

勝行と源次の会話をしばし聴き流しながらジュースを啜っていた光は、はたと気づいたようだ。コップをだん、と勢いよく机に叩きつける。

「おかしいと思った……てめえら、グルかよ!」
「グルって。人聞き悪いなあ」

勝行はふっと呆れ顔でナイフを置いた。

「源次が心配のあまり、俺に相談してくれたんだよ、お前の無謀なバイト事情。感謝しなよ、助けにいかなかったら今頃お前、また救急騒ぎ起こしてだろうし」
「っう、っせえな……頼んだ覚えねーし! だいたい、てめえみたいな金持ち坊ちゃんにあーだこーだ言われる筋合いはねえ! わかりもしねえくせに、ほっとけ!」
「そんなクズのモブみたいな捨て台詞言われてもなあ……。放っといてもいいなら救急搬送費と今日の晩御飯代、別途請求するけど、いい?」
「んぅ、ぐっ」
「なんかよくわかんねえけど、勝行のおかげで病院いかずに済んだし、うまいもん食えてるし、俺は嬉しい! もぐもぐ。ピザなんか食うの超久しぶり! 呼んでくれてありがとなっ」
「ふふ。一人で食べるよりみんなで食べる方が楽しいからね。いっぱい食べていいよ、源次」
「やったー!」
「…………」

大事な金と弟を盾に取られた光は悔しそうに歯を食いしばり、渾身の力を込めて勝行を睨みつけている。
だが今更なんとも思わない。勝行は楽し気に源次と談笑しながら、一口大に切り分けたピザを最後の一片まで口に放り込んだ。

と、光が無言のまま荒々しく椅子を弾いて立ち上がった。
一瞬胸倉でも掴まれるかと思ったが――違った。眉間に深い皺を寄せたまま、忌々し気に食後のゴミを片付け始めたのだ。それは非常に軽快に、ケータリングのかさばるパックを袋の中へどんどん投げ入れる。

「あー、そのまま置いといてくれていいよ。あとでお手伝いさんが片付けにくるし」
「うるせえな。これ以上てめえに借りなんか作りたくねえ」

光は手は止めずにどんどん食卓を片付けていく。食べ物の消化も早かったが、食後の清掃もなかなかの早業だ。見れば隣の源次も「ごちそうさまでした!」と笑顔で挨拶し、ささっと席を立つと、洗い物を次々キッチンへ運ぶ。

「キッチン勝手に使うぞ」
「俺も手伝うー」
「これで机ふけ、源次」

勝行がまったり食後の余韻に浸っている間に、今西兄弟はてきぱきと仕事をこなしていく。

(へー、すごい)

ものの五分もしないうちに食卓はすっかり食事前の状態に戻っていた。洗い物も綺麗に全部拭き上げられ、「これどこに戻すんだ」と尋ねられる。だが勝行は求めている回答を答えられなかった。

「知らないんだ」
「はあ?」
「いつもお手伝いさんがするから……」
「なんだそれ、ここお前んちだろうが。使えねえ奴だなあ」

光は盛大にため息をつきながら、食器にふきんをかけて「ならここまでで俺の仕事は終わりだ。金は払わねえからな!」と告げる。
その言葉を聞いて閃いた勝行は、思わずぽんと手を打った。

「そうか、仕事」
「……は?」
「なあ光。お前さ、警備員よりも簡単で空調完備の室内バイト、あるんだけど。そっちに乗り換えないか。中学生でも平気だぞ」
「な……なんだそれ」
「お前、金がないと困るんだろ?」
「……そう、だけど」

困惑する光の前にさっとノートを広げ、条件を書き出していく。

「土日だけ、週二日勤務。仕事は掃除と料理。朝から夜まで拘束するけど、仕事があるのは数時間。空き時間は自由に遊べて、現地までの送迎付きで、日給二万円」
「にっ、二万⁉」
「悪くない条件だと思うんだけど、どう」
「……そんなの、中学生でできんのかよ」
「できるよ、お前なら」

誰がどう考えても好条件だろう。強烈な夏の太陽に晒られずに済む上、今の四倍の給料がもらえるのだから。
心惹かれたらしい光は、考え込む仕草をした後、五秒後には「やる」と回答した。気持ちいいぐらいの即答だが、もう少し疑いの余地はあってもいいだろうと苦笑したくなるぐらい、決断が早い。
最も、それだけ彼の生活は貧困に窮しているのだろう。家庭の事情にはあえてツッコミを入れないまま、勝行は「じゃあ決まりだね」と告げた。
懐から携帯電話を取り出し、どこかに電話をかける。

「……?」

斡旋でもしてくれるのだろうか。不思議そうな顔をした今西兄弟は突っ立ったままだ。
まあ座れというジェスチャーで二人を椅子にかけさせると、勝行は三コールで出た相手に向かって話し始める。

「ああ、お父さんお疲れ様です。新しい家政夫を雇いたいんですけど許可いただけますか。――ええ、自分で面接しました。大丈夫ですよ、完璧にこなしてくれる上に、男です。……ありがとうございます。あとで詳細送りますね。名前は、イマニシヒカル。ぼくの友人です」
「……?」
「わー、勝行かっちょいいな。家政夫だって! 光にぴったりじゃん」

しかし光が事情を把握するための脳内変換は、五秒どころか三十秒以上の時間を要したようだ。
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