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第三節 友だちのエチュード

#37 うその笑顔と遊園地事件 ①

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修学旅行最終日は定番・テーマパーク。
平日とはいえ団体旅行客でごった返す園内では、あちこちから歓声が聴こえてくる。

「毎日委員長の仕事お疲れ様。中司さんの乗りたいものに合わせるよ。俺、何でもいいから」

ここでは最後の班行動。再び委員長の藍も一緒だ。
園内マップを手渡すと、藍は嬉しそうに「ほんと? ありがとう」とお礼を言いながらマップに目を通した。光はそのすぐそばにあるベンチに座り込み、古ぼけたMDプレイヤーのイヤホンを耳にかけて音楽を聴いていた。今日は曇りがちな空のせいか、日陰に逃げなくても平気らしい。

「今西くんは乗りたいものとかないの?」

藍が親切に質問を投げても光はまるで無視。きっと聞こえていないのだろう。無視された藍は、そのイヤホンをひとつ引っこ抜いて耳元で大声をあげた。

「ねえ、聞いてる!」
「っ、なに、しやがるテメェっ」

いきなりの大声に驚いて、光は思わず耳を押さえて怒鳴りつけた。

「だって人の話全然聞いてないでしょ! 何に乗りたいのって聞いてんだけど!」

藍も負けじと怒鳴り返しながら、勝行にもらった遊園地のマップをバッと広げて光の前に突き出した。さすがの光も押しに負けたか、ベンチの背もたれに乗りかかるように後ずさる。

「知らん、俺こんなとこ来たことねえし」
「ええ? そりゃ私だって九州の遊園地なんて初めてだけど?」
「……いや待って。もしかして光、遊園地を知らない?」
「だから! 知らんっつってんだろ!」

ホテルのバイキングも知らないぐらいだ。そんな気はした。とはいえ勝行も家庭の都合上、遊園地など小学校の修学旅行でしか来たことがない。

「だよね。俺も昔に一回しか来たことないからさ。乗り物もよく分からないんだよ」
「そうなの? 二人とも、随分俗世間から外れた生活してんのね」
「はは……そうかも」

藍の突っ込みはごもっとも、だ。誰にも公表はしていないが、実家がちょっと普通の一般家庭とは違うことぐらい、自覚している。

「じゃあこれ。お化け屋敷」
「えっ……中司さんのチョイスって……予想できないな」
「それかこれ。世界最大級の絶叫マシーン! 両手離して落ちるの楽しそう」
「……ふ、ふーん……落ちるんだ……」

いきなりハードルの高そうな乗り物ばかりを列挙され、思わず勝行は苦笑した。彼女は色んな意味で強そうだ。
絶叫マシーンとオバケ屋敷――正直言うと苦手なのだが、まあ女子サービスだと思って我慢するしかない。なんでもいいよと言ってしまった以上。

「ゲッ、今西がいる」
「あいつまた喧嘩したらしいな……」

近くを通りかかった生徒たちがこちらの面子を見るなり、そそくさと逃げ出していく。その言葉を耳にした藍は、ちょっとあんたたち、と胸倉を掴まん勢いで噛みついた。

「人の悪口をグダグダ言ってんじゃないわよ」
「い、いいんちょ」
「今西くんが街中で喧嘩したからってあんたたちに迷惑かかってないでしょ! 現場見てないくせに、よくも噂ばっかり言えるわね」

藍の喧嘩腰な注意喚起に、生徒たちは戸惑いながらもごもごと言い訳を呟く。

「だってセンセーから聞いたし」
「俺らだって、これ以上もめ事起こすなって朝から説教食らったじゃないか。それ、こいつのせいだろ」
「そんなのただの注意事項でしょ、だいたい、私も見てない……見たかったのにー!!!!!」
「……え?」

息つく暇もないほどの勢いで饒舌にまくし立てる藍は、一人劇場のように両手を空に上げて嘆きだした。

「きっとカッコよかったに違いない……きっとそう。金髪ピアスの今西くんに意味もなく絡んできた他校のヤンキーどもを、パーンと回し蹴りで一発KOさせて、傷ひとつ負わずに相手を逃げさせたのよ、きっとそう! はああ……見たかったのに……一緒に班行動さえしていれば!」
「中司のそれ、朝も聞いたよな」
「うん」

呆れてため息をつくクラスメイトの隣で、勝行は唖然としながら藍のジェスチャー付き一人劇場を眺めていた。根も葉もないうわさ話をさらにとんでもない大きなネタにしているのって、もしかして。

「今西くん!」
「――あ?」
「今日は悪い奴に絡まれたら、私も助太刀するからねっ」
「……はあ?」
「確かに、中司の方がなんか強そうじゃね」
「言えてる。むしろ今西の相手するんなら、中司くらいのヤクザ好きじゃないと無理だろ」
「中司さんって……いつもあんな、なの?」
「そういえば相羽知らねえんだっけ? いつもあーだよ。今西光の喧嘩伝説なら、あいつがすぐ語り出すぜ」
「なんかあいつの兄貴もヤベエ奴だから」
「俺知ってる、去年まで居たとんでもないヤンキーな。停学なんべんも食らってたし」

怖い怖い。
そう言いながら生徒たちは逃げるように立ち去っていく。

(なんだよ……噂の諸悪の根源、中司さんだったのかよ……!)

まさかの展開に、勝行はがっくり首を垂らした。これではどんなに誤解を解こうと躍起になっても空回りして当たり前だ。

「ねえ相羽くんは昨日のバトル現場、みてないの? 途中までは一緒にいたんでしょ」
「あ……ああ、いや……」

見てないよ、と無意識に苦笑いする。

「ただの噂だろ。俺は、喘息の発作出て病院に行ってたって聞いた」
「えっ、喘息⁉ 大丈夫なの?」

今度は大げさなぐらい光の身体をゆすって確かめる藍に、光が悲鳴を上げた。

「やめっ、もう離せ! てめえらだけで勝手に行ってこいよ。俺は行かねえ」
「そういうわけにはいかないよ。……もしかして、まだ体調よくないのか?」
「ちがうけど、俺はここで寝てる。センセーもそれでいいって言った。心配しなくても、俺をほっといても誰も怒らねえし、お前らのせいじゃねえ」
「……先生が?」

勝行は首を傾げつつ、昨日のいざこざでも突き放されたことを思い出して思わず口を噤んだ。

「つか、お化けが出るとこなんざ死んでもいかねえ」
「え。お化け屋敷、嫌い?」
「うるせえ!」

突如ドスの効いた低音で呟く一言が思いのほか可愛くて、思わず肩をすくめた。

「じゃあここで待っててくれる? 中司さんの回りたいものに行ってきたら、戻ってくるよ。昼ご飯は一緒に食べるし、場所わからないだろ」
「……ああ。飯の時は迎えに来て」
「わかったよ」

そう答えるや否や、光は本当にベンチに寝転がって寝息を立て始めた。二人は思わず顔を見合わせるが、先生が許しているのならそうするしかなさそうだ。
迎えに来てと言ってもらえるようになっただけ、まだマシだろう。
諦めた藍が早速園内マップを広げながら、行こう行こうと進み出した。勝行は後ろ髪を引かれる思いで振り返りつつも、後を追いかけるように歩き始めた。

だがその後ろから聞こえてきた声に、勝行は一度振り返った。
気のせいだったかもしれない。けれど。

「うそつくなよ」

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