34 / 61
第三節 友だちのエチュード
#36 差し出された手 -光side-
しおりを挟む
「この子、保険証ないんですよ」
「どうするんですか、ここの病院代……親もいないのに、代理で支払ったところで戻ってこないのでは」
「とりあえず西畑先生呼んで……」
うるさいな……。
だから旅行なんか行かないって言ったんだ。俺は金持ってないし、すぐ体調壊すし。
五体満足に他人と同じ土を踏んで歩いていけるなんて、これっぽっちも思ってない。人のプライベート丸無視して、勝手に話を進めやがって。迷惑極まりない。
だから一人で行けって言ったんだ。俺の傍にいたって、結局困るのはお前たちだろ。
――俺はもう……一人でいいんだ。
いつも……いつも俺は。
本当に傍にいてほしい人には置いて行かれてばかりで……。
あいつも、もう……きっと来ない。
今西光はストレッチャーの狭いスペースで横向きに寝返り、目を閉じた。頬の下にあたる白いシーツは、少しだけ湿っていた。
**
翌朝。
西畑と病院で一夜を過ごした光は、一人でホテルの廊下を歩いていた。食堂で朝食をとり、部屋に戻って班長の指示に従えと言われたが、食堂はおろか自分の部屋すら場所がわからない。それに班長って誰だ。
たどり着いたロビーを見渡し、一昨日リンと休憩していたソファを見つけたが、当然ながら誰もいなかった。
「光」
聞き覚えのある声が遠慮がちに自分を呼んだ。もう二度とこないと思った男の声だった。
「……」
「……おはよう」
気怠く振り返ると、ソファのすぐそばでいつも通りの笑顔を見せる勝行が立っていた。
「……」
「元気になった?」
昨日の今日で、なんと返せばいいかわからない。答えが思いつかないまま、憮然とした表情で突っ立っていると、勝行は構わず目の前にやってきた。
「昨日はごめんね。走ったらいけないってこと知らなくて、無理させちゃったみたいで」
「……別に」
「今朝の朝食もバイキングだけど、食べれる?」
「……」
「オレンジジュースもあったよ。果汁100%のやつ」
昨日の雑談ネタを唐突に出されて、光は訝しげに勝行を睨みつけた。あんなどうでもいい呟きを覚えているとは。
「……飯、食いに行くとこ」
「もしかして、迷ってた?」
「うっせえな」
「やっぱりな。じゃあ俺はどうしてここにいるかわかる?」
「……わかるわけ、ねーだろ」
「光を、迎えに来たからだよ」
「……」
班長なのに、無責任に置いて行ってごめんね。
それはあくまでも、勝行の役割上必要な仕事なのだろう。けれどその言葉がどれだけ光の弱った心に沁みるか、きっと彼は知らない。あんなに突き放したのに……なんでそうやって簡単に笑っていられるんだろうか、この男は。
「一緒に行こう」
差し出されたその手がたとえ今日だけだったとしても、明日にはもう友だちじゃなくなって、二度と会えなくなったとしても。……今だけ、あともう少しくらいは友だち気分を味わってみたい。
何度繰り返しても、諦めてみても、やはり一人ぼっちはもう辛くて、できれば誰かと一緒にいたい。本当は……。
恐る恐る手を伸ばした光の目の前には、学校で何度も見た、優し気な笑顔があった。
「どうするんですか、ここの病院代……親もいないのに、代理で支払ったところで戻ってこないのでは」
「とりあえず西畑先生呼んで……」
うるさいな……。
だから旅行なんか行かないって言ったんだ。俺は金持ってないし、すぐ体調壊すし。
五体満足に他人と同じ土を踏んで歩いていけるなんて、これっぽっちも思ってない。人のプライベート丸無視して、勝手に話を進めやがって。迷惑極まりない。
だから一人で行けって言ったんだ。俺の傍にいたって、結局困るのはお前たちだろ。
――俺はもう……一人でいいんだ。
いつも……いつも俺は。
本当に傍にいてほしい人には置いて行かれてばかりで……。
あいつも、もう……きっと来ない。
今西光はストレッチャーの狭いスペースで横向きに寝返り、目を閉じた。頬の下にあたる白いシーツは、少しだけ湿っていた。
**
翌朝。
西畑と病院で一夜を過ごした光は、一人でホテルの廊下を歩いていた。食堂で朝食をとり、部屋に戻って班長の指示に従えと言われたが、食堂はおろか自分の部屋すら場所がわからない。それに班長って誰だ。
たどり着いたロビーを見渡し、一昨日リンと休憩していたソファを見つけたが、当然ながら誰もいなかった。
「光」
聞き覚えのある声が遠慮がちに自分を呼んだ。もう二度とこないと思った男の声だった。
「……」
「……おはよう」
気怠く振り返ると、ソファのすぐそばでいつも通りの笑顔を見せる勝行が立っていた。
「……」
「元気になった?」
昨日の今日で、なんと返せばいいかわからない。答えが思いつかないまま、憮然とした表情で突っ立っていると、勝行は構わず目の前にやってきた。
「昨日はごめんね。走ったらいけないってこと知らなくて、無理させちゃったみたいで」
「……別に」
「今朝の朝食もバイキングだけど、食べれる?」
「……」
「オレンジジュースもあったよ。果汁100%のやつ」
昨日の雑談ネタを唐突に出されて、光は訝しげに勝行を睨みつけた。あんなどうでもいい呟きを覚えているとは。
「……飯、食いに行くとこ」
「もしかして、迷ってた?」
「うっせえな」
「やっぱりな。じゃあ俺はどうしてここにいるかわかる?」
「……わかるわけ、ねーだろ」
「光を、迎えに来たからだよ」
「……」
班長なのに、無責任に置いて行ってごめんね。
それはあくまでも、勝行の役割上必要な仕事なのだろう。けれどその言葉がどれだけ光の弱った心に沁みるか、きっと彼は知らない。あんなに突き放したのに……なんでそうやって簡単に笑っていられるんだろうか、この男は。
「一緒に行こう」
差し出されたその手がたとえ今日だけだったとしても、明日にはもう友だちじゃなくなって、二度と会えなくなったとしても。……今だけ、あともう少しくらいは友だち気分を味わってみたい。
何度繰り返しても、諦めてみても、やはり一人ぼっちはもう辛くて、できれば誰かと一緒にいたい。本当は……。
恐る恐る手を伸ばした光の目の前には、学校で何度も見た、優し気な笑顔があった。
0
お気に入りに追加
106
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる