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第三節 友だちのエチュード
#36 差し出された手 -光side-
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「この子、保険証ないんですよ」
「どうするんですか、ここの病院代……親もいないのに、代理で支払ったところで戻ってこないのでは」
「とりあえず西畑先生呼んで……」
うるさいな……。
だから旅行なんか行かないって言ったんだ。俺は金持ってないし、すぐ体調壊すし。
五体満足に他人と同じ土を踏んで歩いていけるなんて、これっぽっちも思ってない。人のプライベート丸無視して、勝手に話を進めやがって。迷惑極まりない。
だから一人で行けって言ったんだ。俺の傍にいたって、結局困るのはお前たちだろ。
――俺はもう……一人でいいんだ。
いつも……いつも俺は。
本当に傍にいてほしい人には置いて行かれてばかりで……。
あいつも、もう……きっと来ない。
今西光はストレッチャーの狭いスペースで横向きに寝返り、目を閉じた。頬の下にあたる白いシーツは、少しだけ湿っていた。
**
翌朝。
西畑と病院で一夜を過ごした光は、一人でホテルの廊下を歩いていた。食堂で朝食をとり、部屋に戻って班長の指示に従えと言われたが、食堂はおろか自分の部屋すら場所がわからない。それに班長って誰だ。
たどり着いたロビーを見渡し、一昨日リンと休憩していたソファを見つけたが、当然ながら誰もいなかった。
「光」
聞き覚えのある声が遠慮がちに自分を呼んだ。もう二度とこないと思った男の声だった。
「……」
「……おはよう」
気怠く振り返ると、ソファのすぐそばでいつも通りの笑顔を見せる勝行が立っていた。
「……」
「元気になった?」
昨日の今日で、なんと返せばいいかわからない。答えが思いつかないまま、憮然とした表情で突っ立っていると、勝行は構わず目の前にやってきた。
「昨日はごめんね。走ったらいけないってこと知らなくて、無理させちゃったみたいで」
「……別に」
「今朝の朝食もバイキングだけど、食べれる?」
「……」
「オレンジジュースもあったよ。果汁100%のやつ」
昨日の雑談ネタを唐突に出されて、光は訝しげに勝行を睨みつけた。あんなどうでもいい呟きを覚えているとは。
「……飯、食いに行くとこ」
「もしかして、迷ってた?」
「うっせえな」
「やっぱりな。じゃあ俺はどうしてここにいるかわかる?」
「……わかるわけ、ねーだろ」
「光を、迎えに来たからだよ」
「……」
班長なのに、無責任に置いて行ってごめんね。
それはあくまでも、勝行の役割上必要な仕事なのだろう。けれどその言葉がどれだけ光の弱った心に沁みるか、きっと彼は知らない。あんなに突き放したのに……なんでそうやって簡単に笑っていられるんだろうか、この男は。
「一緒に行こう」
差し出されたその手がたとえ今日だけだったとしても、明日にはもう友だちじゃなくなって、二度と会えなくなったとしても。……今だけ、あともう少しくらいは友だち気分を味わってみたい。
何度繰り返しても、諦めてみても、やはり一人ぼっちはもう辛くて、できれば誰かと一緒にいたい。本当は……。
恐る恐る手を伸ばした光の目の前には、学校で何度も見た、優し気な笑顔があった。
「どうするんですか、ここの病院代……親もいないのに、代理で支払ったところで戻ってこないのでは」
「とりあえず西畑先生呼んで……」
うるさいな……。
だから旅行なんか行かないって言ったんだ。俺は金持ってないし、すぐ体調壊すし。
五体満足に他人と同じ土を踏んで歩いていけるなんて、これっぽっちも思ってない。人のプライベート丸無視して、勝手に話を進めやがって。迷惑極まりない。
だから一人で行けって言ったんだ。俺の傍にいたって、結局困るのはお前たちだろ。
――俺はもう……一人でいいんだ。
いつも……いつも俺は。
本当に傍にいてほしい人には置いて行かれてばかりで……。
あいつも、もう……きっと来ない。
今西光はストレッチャーの狭いスペースで横向きに寝返り、目を閉じた。頬の下にあたる白いシーツは、少しだけ湿っていた。
**
翌朝。
西畑と病院で一夜を過ごした光は、一人でホテルの廊下を歩いていた。食堂で朝食をとり、部屋に戻って班長の指示に従えと言われたが、食堂はおろか自分の部屋すら場所がわからない。それに班長って誰だ。
たどり着いたロビーを見渡し、一昨日リンと休憩していたソファを見つけたが、当然ながら誰もいなかった。
「光」
聞き覚えのある声が遠慮がちに自分を呼んだ。もう二度とこないと思った男の声だった。
「……」
「……おはよう」
気怠く振り返ると、ソファのすぐそばでいつも通りの笑顔を見せる勝行が立っていた。
「……」
「元気になった?」
昨日の今日で、なんと返せばいいかわからない。答えが思いつかないまま、憮然とした表情で突っ立っていると、勝行は構わず目の前にやってきた。
「昨日はごめんね。走ったらいけないってこと知らなくて、無理させちゃったみたいで」
「……別に」
「今朝の朝食もバイキングだけど、食べれる?」
「……」
「オレンジジュースもあったよ。果汁100%のやつ」
昨日の雑談ネタを唐突に出されて、光は訝しげに勝行を睨みつけた。あんなどうでもいい呟きを覚えているとは。
「……飯、食いに行くとこ」
「もしかして、迷ってた?」
「うっせえな」
「やっぱりな。じゃあ俺はどうしてここにいるかわかる?」
「……わかるわけ、ねーだろ」
「光を、迎えに来たからだよ」
「……」
班長なのに、無責任に置いて行ってごめんね。
それはあくまでも、勝行の役割上必要な仕事なのだろう。けれどその言葉がどれだけ光の弱った心に沁みるか、きっと彼は知らない。あんなに突き放したのに……なんでそうやって簡単に笑っていられるんだろうか、この男は。
「一緒に行こう」
差し出されたその手がたとえ今日だけだったとしても、明日にはもう友だちじゃなくなって、二度と会えなくなったとしても。……今だけ、あともう少しくらいは友だち気分を味わってみたい。
何度繰り返しても、諦めてみても、やはり一人ぼっちはもう辛くて、できれば誰かと一緒にいたい。本当は……。
恐る恐る手を伸ばした光の目の前には、学校で何度も見た、優し気な笑顔があった。
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