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第三節 友だちのエチュード
#34 親密度を上げろ!街中セッション②
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オレンジジュースはコンビニで手に入れ、歩き飲みながら市内をのんびり散策していた。
続く先には商店街があり、観光客に交じって同じ制服姿もちらほら見受けられる。勝行を見かけた女子グループから「相羽くん!」と手を振られ、写真を撮ろうと要求される。
得意の王子様スマイルで「いいよ」と応対すると、「キャー可愛い!」と黄色い声が返ってきた。
それははっきり言って、男相手に対する誉め言葉なのだろうか……。若干虚しい想いを抱きつつ、女子サービスを遂行していると、一人の女の子がねえねえとこれみよがしに擦り寄ってきた。
「一人で歩いてるの? 一緒に行かない?」
「え、いや一人では……」
「誰かと一緒だった?」
「うん、今西く……」
回答しかけてしまった、と頭を抱える。またあの放蕩ヤンキーを見失ってしまった。ごめんねと女子組に手を振り、慌てて周囲を見渡す。一本道の商店街だから、きっとそのへんの道端に座り込んでいるか、ふらふら一人歩きしているに違いない。あるいは飲み終わった空き容器でも捨てに行ったか。
(金髪、金髪……と)
あのハデな頭と高めの身長はこういう時役に立つ。
数歩戻った先の店頭で、それらしき人影を見つけた。駆け寄ってみると、光には違いない――が、それよりもっと面白いものに目を奪われた。
「へえ、こんなところに楽器屋……!」
それは小さな楽器店だった。古めかしい造りに所狭しと並ぶギターやベース、アンプ。色とりどりの機材に紛れてキーボードや電子ピアノもいくつか置いてあって、ショーケース越しにそれを見つめる今西光がいる。
勝行も店の入り口から見える楽器を舐めるように見つめた。これは非常にまずい、趣味の楽器オタク脳がうずうずしてしまう。
「兄ちゃんたち、修学旅行かい?」
店の奥から出てきた初老の男性が、優し気な声で二人に声をかけてきた。勝行が穏やかな笑顔で「はいそうです」と答えると、店主は二人を強引に中に招き入れる。
「ここには土産物になるようなものはないがね。楽器は好きかい」
「ええ、大好きです。えっと……買わなくても、見ていっていいですか」
「どうぞどうぞ。そこの金髪兄ちゃんも。さっきからずっと、弾きたそうな顔して見てただろう」
「……えっ」
呆然とピアノばかりを見つめていた光は、急に肩を叩かれ驚いたように身を退けた。
「これ、試弾してもいいんですか?」
何も言わず、笑顔で頷く店主を確認すると、勝行は嬉しくなって店内を見回り出した。どうせなら光に弾いてもらいたい。久しぶりにあの心地いい音楽を聴きたい。
「この電子ピアノは旧型だけど結構いい音出すんだよ、グランドピアノに近くてさ。ちょっと弾いてみたら」
「い……いい、金ないし」
「大丈夫だって。試しに弾くだけならタダだよ、タダ」
やはり金を気にしていたらしい光に「無料」を強調してやると、「ほ……ほんとか」と言いながらそわそわピアノ周辺を行き来し始めた。
弾いてみたいものがあるのかもしれない。これも、あれもいいよと言いながら、勝行はキーボードコーナーにも移動する。光はそのうち一つの電子キーボードの前に立ち、恐る恐る鍵盤に指を乗せた。
ほわん、と流れるシンセサイザーの電子音。おもちゃのように赤く光る鍵盤ランプ。
ドの音。レの音。半音下げてシ。
一度手を離し、ダイヤルをぐりぐり回して適当なプリセットを選び、伴奏スタートボタンを押す。
そしてもう一度その鍵盤に指を載せた時、光の表情が変わった。
(……きた!)
修学旅行からこっち、一度も見られなかった笑顔。木漏れ日のような灯りが零れた瞬間、楽器店のBGMが今西光の奏でるシンセサイザー一色に染まった。
いきなりグリッサンドで始まる軽快な前奏、白と黒の鍵盤を行き来して遊びまわる指が、次々と新しいメロディを生み出しては奏でていく。テンポ早めの明るいポップミュージックだ。いつも聴く学校でのピアノとはまた違う感じがする。
「ほう、うまいな金髪少年」
「ですよね⁉」
店主が唸るような感心の声を漏らしたことが嬉しくて、勝行は思わず身を乗り出した。
自分も何かを弾いてみたい。改めて店内を物色しているうちに、その欲望は止まらなくなってくる。
「君はギターをお探しかな」
「ストラトは持ってるんですけど、レスポールはまだなくて」
「ほう、ほう」
「ギブソン、やっぱかっこいいなあ」
「弾きたいものがあればアンプ繋いであげるよ」
店主の言葉に甘えて、勝行も思わず一台のギターに手を伸ばした。黒塗りのそれは、ずっしりとした質量を主張しながらも勝行の腕の中に納まる。アンプを借りて自分でコードをつなぐと、簡単な調律を兼ねてビンと弦を弾いた。
ギュイイン。ギッ、ズズン。
いい感じの重低音が、光の奏でる軽快なシンセサウンドに交じって流れるBGMを別物に変えていく。
勝行のギター音に気づいて振り返った光は驚き目を丸くさせた。
「お前、なんか弾けるの」
「光のオリジナルはわからないけど、ロックとか結構聴くし、弾くよ」
「ろっく……」
「例えば、そうだなあ……これとか。わかる?」
聴こえてくる電子音のドラムリズムに合わせ、ジャカジャンと勢いよく演奏する低音メロディはそれなりに有名な邦楽ロックナンバーだ。
「ああわかる、それ、多分こういう曲だろ」
すぐに理解した光が、勝行の演奏に合わせて続きのメロディを弾き始める。少々アレンジされているが、だいたい合っているから問題ない。電子キーボードとギターの即興セッションの始まりだ。
勝行は楽しくなって、光のメロディに負けじと弦をかき鳴らす。
光は勝行のギターを嬉しそうに眺めながら、鍵盤に指を走らせ続ける。
それは素人同士の拙い遊び。けれども店主は嬉しそうに手を叩き、「君らはバンドマンかい、すごいね」と手放しに褒めてくれる。
気づけば店の周りには、二人の演奏につられて足を止めた観光客が、まばらに集まっていた。
続く先には商店街があり、観光客に交じって同じ制服姿もちらほら見受けられる。勝行を見かけた女子グループから「相羽くん!」と手を振られ、写真を撮ろうと要求される。
得意の王子様スマイルで「いいよ」と応対すると、「キャー可愛い!」と黄色い声が返ってきた。
それははっきり言って、男相手に対する誉め言葉なのだろうか……。若干虚しい想いを抱きつつ、女子サービスを遂行していると、一人の女の子がねえねえとこれみよがしに擦り寄ってきた。
「一人で歩いてるの? 一緒に行かない?」
「え、いや一人では……」
「誰かと一緒だった?」
「うん、今西く……」
回答しかけてしまった、と頭を抱える。またあの放蕩ヤンキーを見失ってしまった。ごめんねと女子組に手を振り、慌てて周囲を見渡す。一本道の商店街だから、きっとそのへんの道端に座り込んでいるか、ふらふら一人歩きしているに違いない。あるいは飲み終わった空き容器でも捨てに行ったか。
(金髪、金髪……と)
あのハデな頭と高めの身長はこういう時役に立つ。
数歩戻った先の店頭で、それらしき人影を見つけた。駆け寄ってみると、光には違いない――が、それよりもっと面白いものに目を奪われた。
「へえ、こんなところに楽器屋……!」
それは小さな楽器店だった。古めかしい造りに所狭しと並ぶギターやベース、アンプ。色とりどりの機材に紛れてキーボードや電子ピアノもいくつか置いてあって、ショーケース越しにそれを見つめる今西光がいる。
勝行も店の入り口から見える楽器を舐めるように見つめた。これは非常にまずい、趣味の楽器オタク脳がうずうずしてしまう。
「兄ちゃんたち、修学旅行かい?」
店の奥から出てきた初老の男性が、優し気な声で二人に声をかけてきた。勝行が穏やかな笑顔で「はいそうです」と答えると、店主は二人を強引に中に招き入れる。
「ここには土産物になるようなものはないがね。楽器は好きかい」
「ええ、大好きです。えっと……買わなくても、見ていっていいですか」
「どうぞどうぞ。そこの金髪兄ちゃんも。さっきからずっと、弾きたそうな顔して見てただろう」
「……えっ」
呆然とピアノばかりを見つめていた光は、急に肩を叩かれ驚いたように身を退けた。
「これ、試弾してもいいんですか?」
何も言わず、笑顔で頷く店主を確認すると、勝行は嬉しくなって店内を見回り出した。どうせなら光に弾いてもらいたい。久しぶりにあの心地いい音楽を聴きたい。
「この電子ピアノは旧型だけど結構いい音出すんだよ、グランドピアノに近くてさ。ちょっと弾いてみたら」
「い……いい、金ないし」
「大丈夫だって。試しに弾くだけならタダだよ、タダ」
やはり金を気にしていたらしい光に「無料」を強調してやると、「ほ……ほんとか」と言いながらそわそわピアノ周辺を行き来し始めた。
弾いてみたいものがあるのかもしれない。これも、あれもいいよと言いながら、勝行はキーボードコーナーにも移動する。光はそのうち一つの電子キーボードの前に立ち、恐る恐る鍵盤に指を乗せた。
ほわん、と流れるシンセサイザーの電子音。おもちゃのように赤く光る鍵盤ランプ。
ドの音。レの音。半音下げてシ。
一度手を離し、ダイヤルをぐりぐり回して適当なプリセットを選び、伴奏スタートボタンを押す。
そしてもう一度その鍵盤に指を載せた時、光の表情が変わった。
(……きた!)
修学旅行からこっち、一度も見られなかった笑顔。木漏れ日のような灯りが零れた瞬間、楽器店のBGMが今西光の奏でるシンセサイザー一色に染まった。
いきなりグリッサンドで始まる軽快な前奏、白と黒の鍵盤を行き来して遊びまわる指が、次々と新しいメロディを生み出しては奏でていく。テンポ早めの明るいポップミュージックだ。いつも聴く学校でのピアノとはまた違う感じがする。
「ほう、うまいな金髪少年」
「ですよね⁉」
店主が唸るような感心の声を漏らしたことが嬉しくて、勝行は思わず身を乗り出した。
自分も何かを弾いてみたい。改めて店内を物色しているうちに、その欲望は止まらなくなってくる。
「君はギターをお探しかな」
「ストラトは持ってるんですけど、レスポールはまだなくて」
「ほう、ほう」
「ギブソン、やっぱかっこいいなあ」
「弾きたいものがあればアンプ繋いであげるよ」
店主の言葉に甘えて、勝行も思わず一台のギターに手を伸ばした。黒塗りのそれは、ずっしりとした質量を主張しながらも勝行の腕の中に納まる。アンプを借りて自分でコードをつなぐと、簡単な調律を兼ねてビンと弦を弾いた。
ギュイイン。ギッ、ズズン。
いい感じの重低音が、光の奏でる軽快なシンセサウンドに交じって流れるBGMを別物に変えていく。
勝行のギター音に気づいて振り返った光は驚き目を丸くさせた。
「お前、なんか弾けるの」
「光のオリジナルはわからないけど、ロックとか結構聴くし、弾くよ」
「ろっく……」
「例えば、そうだなあ……これとか。わかる?」
聴こえてくる電子音のドラムリズムに合わせ、ジャカジャンと勢いよく演奏する低音メロディはそれなりに有名な邦楽ロックナンバーだ。
「ああわかる、それ、多分こういう曲だろ」
すぐに理解した光が、勝行の演奏に合わせて続きのメロディを弾き始める。少々アレンジされているが、だいたい合っているから問題ない。電子キーボードとギターの即興セッションの始まりだ。
勝行は楽しくなって、光のメロディに負けじと弦をかき鳴らす。
光は勝行のギターを嬉しそうに眺めながら、鍵盤に指を走らせ続ける。
それは素人同士の拙い遊び。けれども店主は嬉しそうに手を叩き、「君らはバンドマンかい、すごいね」と手放しに褒めてくれる。
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