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第三節 友だちのエチュード
#29 歯がゆい想い
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しんと静まり返った廊下。
一人忍び足で歩きながら、勝行は今日の彼との行動を振り返ってみる。
車内移動中の光はひたすらいつも通り、居眠りを堪能していた。だがそれ以外の時間は何をしたらいいかわからない様子で、目を離した隙にすぐにいなくなる。今日は一体何度彼を探し回っては、手を引き連れ歩いたことか。
集合がかかっていても、道端でぼうっと空を見上げていたり、知らない野良猫と遊んでいたり。その耳にはずっとイヤホンが刺さっていて、勝手に取るとものすごい形相で怒られた。
クラスメイトたちはそんな光を見るたび、首をすくめて逃げていく。
「今西、怖え……」
「なんかめっちゃ睨んでくる」
何故だろうと思って当の本人に睨む理由を訊くと、「眩しい」のたった一言が返ってくる。
「いつも寝てばかりいるからだろ」
思わずそんな悪態をついたものの、返事はなかった。
「さっき、何聴いてたの」
「……」
「光ってどんな音楽が好きなの」
「……なんでも」
質問の内容によっては小さく返事が返ってきて、少し嬉しくなる。だが班長の仕事を終えて戻ってきたらまた忽然といなくなっている。懸命に探すも、皆は「ほっとけば」や「どっかで喧嘩してるんじゃねえの」の一言で、全く協力的ではない。
捜索しながら歩き回っていると、トイレ前のベンチで苦しそうに寝転がっている姿を発見した。周りには誰もいない。まさか本当に喧嘩していたのだろうかと焦り、駆け寄った。
「大丈夫?」
「……叫ぶな、うるせぇ……」
その様子は、学校で一度見かけた発作のような姿だった。
慌てて養護教諭の西畑を呼びに走った。その後ずっと西畑任せで、部屋に戻るまで彼がどう過ごしていたのか知らない。気づけば部屋の隅に布団を敷いて寝ていたので、まだ体調はよくないのだろう。
結局みんなが噂するような暴力沙汰や揉め事を起こしている姿なんて結局一度も遭遇しなかった。むしろ常に誰かが傍にいなければ危なっかしくて、放置しておくことの方がいけないような気がした。だが彼の周囲には誰もいない。
いつも、一人だ。
教室の席。音楽室。保健室。待機列の最後尾。
寂し気にうずくまる彼を、誰も見ようとしない。それは学校での日常と同じ。
修学旅行に行きたくないといった理由はこういうことだったのだろうか。
(こんな学校生活……楽しくないに決まってる)
ここにきてからの新生活、特に違和感なく無難に過ごしてきた。だが今西光、という存在のレンズを通して覗き見たクラスメイトたちは、冷淡かつ無関心な存在にしか見えない。彼は今までずっと、こんな環境の中で生きてきたのか。――誰にも、何も言わずに。
(いやな空気だ)
せっかくの修学旅行なのに、素直に楽しめやしない。
きっともう彼らと過ごす間、心から笑って過ごすのは無理だろう。それ以上に相羽の名を傷つける暴走行為を起こさないよう、自制せねば。勝行は喉まで出かかった汚い言葉を全部飲み込んだ。
このどす黒いもやもやが晴れるまでは、誰かと接触しない方がいい。
昔から色んな学校や環境に馴染む努力をしてきた自分なりの感情コントロール方法。それは、一人になれる場所に閉じこもることだった。
光を探すと言ったものの、勝行は誰もいない非常階段に座り込み、しばらくの間じくじくと痛む胃を抑え込んだ。これからもう一度、何気ない笑顔を作れるように。
一人忍び足で歩きながら、勝行は今日の彼との行動を振り返ってみる。
車内移動中の光はひたすらいつも通り、居眠りを堪能していた。だがそれ以外の時間は何をしたらいいかわからない様子で、目を離した隙にすぐにいなくなる。今日は一体何度彼を探し回っては、手を引き連れ歩いたことか。
集合がかかっていても、道端でぼうっと空を見上げていたり、知らない野良猫と遊んでいたり。その耳にはずっとイヤホンが刺さっていて、勝手に取るとものすごい形相で怒られた。
クラスメイトたちはそんな光を見るたび、首をすくめて逃げていく。
「今西、怖え……」
「なんかめっちゃ睨んでくる」
何故だろうと思って当の本人に睨む理由を訊くと、「眩しい」のたった一言が返ってくる。
「いつも寝てばかりいるからだろ」
思わずそんな悪態をついたものの、返事はなかった。
「さっき、何聴いてたの」
「……」
「光ってどんな音楽が好きなの」
「……なんでも」
質問の内容によっては小さく返事が返ってきて、少し嬉しくなる。だが班長の仕事を終えて戻ってきたらまた忽然といなくなっている。懸命に探すも、皆は「ほっとけば」や「どっかで喧嘩してるんじゃねえの」の一言で、全く協力的ではない。
捜索しながら歩き回っていると、トイレ前のベンチで苦しそうに寝転がっている姿を発見した。周りには誰もいない。まさか本当に喧嘩していたのだろうかと焦り、駆け寄った。
「大丈夫?」
「……叫ぶな、うるせぇ……」
その様子は、学校で一度見かけた発作のような姿だった。
慌てて養護教諭の西畑を呼びに走った。その後ずっと西畑任せで、部屋に戻るまで彼がどう過ごしていたのか知らない。気づけば部屋の隅に布団を敷いて寝ていたので、まだ体調はよくないのだろう。
結局みんなが噂するような暴力沙汰や揉め事を起こしている姿なんて結局一度も遭遇しなかった。むしろ常に誰かが傍にいなければ危なっかしくて、放置しておくことの方がいけないような気がした。だが彼の周囲には誰もいない。
いつも、一人だ。
教室の席。音楽室。保健室。待機列の最後尾。
寂し気にうずくまる彼を、誰も見ようとしない。それは学校での日常と同じ。
修学旅行に行きたくないといった理由はこういうことだったのだろうか。
(こんな学校生活……楽しくないに決まってる)
ここにきてからの新生活、特に違和感なく無難に過ごしてきた。だが今西光、という存在のレンズを通して覗き見たクラスメイトたちは、冷淡かつ無関心な存在にしか見えない。彼は今までずっと、こんな環境の中で生きてきたのか。――誰にも、何も言わずに。
(いやな空気だ)
せっかくの修学旅行なのに、素直に楽しめやしない。
きっともう彼らと過ごす間、心から笑って過ごすのは無理だろう。それ以上に相羽の名を傷つける暴走行為を起こさないよう、自制せねば。勝行は喉まで出かかった汚い言葉を全部飲み込んだ。
このどす黒いもやもやが晴れるまでは、誰かと接触しない方がいい。
昔から色んな学校や環境に馴染む努力をしてきた自分なりの感情コントロール方法。それは、一人になれる場所に閉じこもることだった。
光を探すと言ったものの、勝行は誰もいない非常階段に座り込み、しばらくの間じくじくと痛む胃を抑え込んだ。これからもう一度、何気ない笑顔を作れるように。
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