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第三節 友だちのエチュード

#28 枕投げで喧嘩発生!? 後編

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「リンかよ……なんでお前」
「現地で会おうねって言ったでしょ」
「はぁ? ……んだよ、なんで俺の居場所わかんの」
「互いの修学旅行日程なんていくらでもリークしてくれる人がいるからね」
「ああそう……っくそ、どっか連れてけ。今すぐ」
「なにそれー機嫌悪そうね」

女の子はケラケラと笑いながら光と普通に話をする。室内から覗き見る同級生たちは、「誰だ……女子?」とひそひそ囁き合った。勝行も見覚えがないし、どう考えても同じ佐山中の女子ではない気がする。一人が「もしかして他校の女子じゃね?」と呟くと、全員もう一度二人の様子を食い入るように見つめた。光は外野など見向きもしない。女子の知り合いと話して怒りが少し和らいだのか、仏頂面には違いないが声色はましになっている。

よく見ればその女の子も修学旅行生のようで、ジャージのズボンにTシャツ、その上からパーカーを羽織っただけのラフな室内着姿だ。
更に二言三言交わした後、二人はそのままどこかへ行ってしまったようで、無人になった部屋の扉はバタンと自然に閉まる。

「お、おい……行っちまった……」
「他校の女子が、今西を誘いに来た?」
「え、何あれ、逆ナン?」
「マジで!?」
「え、顔見た? かわいかった?」
「いやちょっとわかんねえけど、声は可愛かったぞ」

部屋の扉が閉まるなり、硬直していた男子たちは目の前で展開された恋愛ドラマのような状況について騒ぎ始めた。

「ああ……でもさっきはマジ殴られるかと」
「今西って喧嘩だけじゃなくて、そっち系の遊びしてんじゃねえの?」
「うわっ、マジかフジュンイセイコーユーってやつか? そういえばアイツ昼間の点呼の時いなかったし、もしかしてどっかで女遊びしてたのかも」
「うわー、ありえる」
「だいたいアイツ、金髪にピアスしててなんで先公黙ってんだよ、停学モンだろ」
「修学旅行サボって他校のかわいこちゃんに手出してるし」
「何でそんな不良がここで寝てんだよ、オンナの部屋にでも行けよな」
「畜生、逆ナン羨ましいぃぃ!」
「あんな不良のどこがいいんだ!」

火のないところになんとやらで、憶測から飛び交う噂話はとめどなく盛り上がる。元々悪名高いだけに、これはどこまでも噂が広まりそうだ。何の証拠も根拠もないのに、口コミとは時に恐ろしい。
勝行はため息をつきながら、読んでいた本に栞を挟んで閉じた。

(さっきの女子。誰だかは知らないけど、随分仲よさそうだったな……)

喧嘩腰のキレた光を相手にしても、全く物怖じすることなく話しかけていた。あんな勇気のある女子、きっとうちの学校にはいないだろう。いたとしたら、委員長の藍くらいだ。
――もしかして、本当に【彼女】だったりするのかな。
そう考えると邪魔をするのは無粋かもしれない。だが消灯が差し迫る時間の中、いつ戻ってくるのか分かりもしない同班メンバーを放置しておくのも班長としてどうか……。しばし考え込んだ結果、やはり探しに行くことにした。
噂話でざわついていた同級生たちがその様子を見て声をかけてくる。

「おっ相羽、追いかけるのか?」
「大変だなあ、不良のお守り」
「修学旅行、アイツのせいで全然楽しんでないんじゃねえの」
「あんな奴ほっといて先公に任せとけばいいのに」
「お前、一人になるなら俺らの班と一緒に行動するか?」

勝行は肩で大きく息をついた。

「ありがとう、それはまあ、本当にそうなったら頼むよ」

笑顔を向けて当たり障りないことを回答するも、若干イイコを演じることに嫌気がさしていた。それが誰に対してなのかは、もう自分の中で明白だった。

「ただ……無断外出も悪いけど、彼を追い出す理由を作ったみんなにも責任はあるんじゃない。最終的には連帯責任でこの場の全員にお咎めがくるよ」

思わず呟いた言葉はかなり刺々しいものだった。あまりにものいわれように光が不憫な気がしたのだ。
同室の連中ははっと口を閉じ、遊びに来ていた他部屋の男子たちは「あ、あれくらいで怒って出て行くアイツが短気すぎるだけじゃねえ?」と反論をまくし立てる。
確かに、あれは気が短すぎる。だがそうだろうか?

「今西くん、消灯時間守って寝ていたよね。みんなの邪魔にならない部屋の奥で。枕投げの所為で寝られなかったわけだし、怒るのは仕方ないと思うけどなあ」
「そ、そんなこと言ったって」
「せっかくの修学旅行なんだからこれはお楽しみの一つだろ、ノリ悪いな」
「出て行かなくても、一言いってくれたらちゃんと考慮するし」

言い訳めいた言葉が飛んできて、それがとびきり癪に障る。勝行は苛つく感情を懸命に抑え込みながら、笑顔を崩さず淡々と続けた。

「まあ、終わったことをグダグダ言っても始まらないし。しょうがないよね。みんなが今西くんの外出を咎めるなら、俺は皆が枕投げで遊んでたことが原因だって先生にチクるけど、いい?」
「なっ……」

その声色は優しげで、表情は終始笑顔。だが、辛辣で冷たい言葉を吐かれてルームメイトたちは思わず黙り込んだ。
静まり返った部屋の空気は不穏なものに一変する。

「悪いけど、あいつ探してくるから。点呼来たらごまかしといてくれる?」

笑顔の下から「さもなくば……」という言葉が聴こえてきそうなぐらい圧のかかった言葉に、誰も反論はしなかった。

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