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第三節 友だちのエチュード
#23 大人が頑張ればなんとかなるんです
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笑いながら西畑が光の背中を力強く叩く。
「まったそんなこと言ってー。たまには先生にも聴かせて」
「いってえ……嫌に決まってるだろ」
「えーケチねえ」
「うぜぇ」
ドスのきいた声で会話をぶった斬る光に全く動じない西畑もなかなかの強者だが、それよりもピアノの件が気になった。
(俺にはいつも聴かせてくれるのに……?)
いや、こちらが強引かつ勝手に聴いているだけなのかもしれない。だがなぜあんなに楽しそうに弾くピアノを〝嫌い〟と言うのか。
「そうそう今西くん。はいこれ。大事なもの」
「……?」
そう言いながら、西畑は一冊の小冊子と茶封筒を光に手渡した。冊子は【修学旅行のしおり】だ。
光は訝しげに差し出されたそれを見て、何か反抗しようと口を開きかけた。が、それよりも前に西畑が早口でまくしたてる。
「大丈夫、何の心配もいらないわ。ほら、ね。名簿に名前書いてあるし」
「なんで……?」
「大人が頑張れば何とかなるんです」
「はあ?」
「お金もいらないし、相羽くんもいてくれるから、わからないことは彼が助けてくれるわ。あ、ちゃんと常備薬は先生に預けること。あとこの紙に、主治医のサインもらってきてね。明日提出、絶対」
「めんどくせえ、いやだ」
西畑を見る光の表情は言葉通りかなり不服そうだ。
事情がよく呑み込めない上、勝手に名前を出された勝行は、ぽかんと二人のやりとりを見ているしかなかった。
とりあえずまた何か面倒ごとを押し付けられているのはわかる。西畑は勝行に視線を向け、意味ありげにウインクしてきた。先日あんなことを言って引き留めてきたくせに、身勝手な。
「放課後保健室に来なさい、先生が車で病院に送ってあげるわ」
「なんでそこまでしなきゃなんねーの。俺こんなの行かねえって言っただろ」
「バカね」
苦言ばかり零す光を勝行の方に追いやり、背中をペシンと叩くと、西畑は不敵に笑った。ファンデーションで隠していても、青黒い顎が少し露になる。
「子どもは子どもらしく、一生に一度しかない旅行を楽しんできなさい。それが中学生の大事な仕事よ。さあ早く授業にいきな。チャイム鳴ったわよ!」
キーン コーン カーン コーン
西畑のその言葉と、始業五分前のチャイムが鳴るのはほぼ同時だった。
悩んでばかりはいられない。頼られた案件を途中放棄するのはやっぱり後味もよくないし。――致し方ない。
「おい、行くぞ」
勝行は未だ何か言いたげな光の手を強引に引くと、早足で音楽室を飛び出した。
「……っ、ちょ、んだよてめえっ離せ!」
「ダメだよ、三時間目に遅刻する」
「知るか! てめえ一人で勝手に行けよ。俺を巻き込むなっ」
無理やり腕を引いたら、当然ながら怒鳴られる。だがこんなのはただのわがままだ。こういう男には、きっと強引なぐらいがちょうどいい。勝行も負けじと言い返す。
「授業出るのは当たり前だろ。それが俺たち学生のルールだ、それくらい守れよ。修学旅行だって来てもらわないと俺困るし」
「はあ? なんでだよ」
「事情は知らないけど、放課後の病院も荷造りもなんなら付き合うからさ。行こうよ、一緒に」
「だから、勝手に決めんな!」
「そうは言うけど、君が授業サボってる間に全て決まってるんだよ。班編成、当番、バスの席、部屋割り。これ勝手に決められたくなかったらちゃんと話し合いの時点で参加しろよ。自らサボった君に反論する権利はないさ。まあ、あっても今更遅いけどね」
「……は……?」
突然の勝行の説教に圧倒され、怒っていたはずの光の顔から徐々に困惑の色が見えてくる。
「で、君は全部俺のとなり。嫌でも旅行中はずっと一緒だから」
どうにか授業前に三年五組までたどり着いた勝行は、振り返ると光に向けて不敵に笑った。
「俺から逃げられると思うなよ」
「……!」
「まったそんなこと言ってー。たまには先生にも聴かせて」
「いってえ……嫌に決まってるだろ」
「えーケチねえ」
「うぜぇ」
ドスのきいた声で会話をぶった斬る光に全く動じない西畑もなかなかの強者だが、それよりもピアノの件が気になった。
(俺にはいつも聴かせてくれるのに……?)
いや、こちらが強引かつ勝手に聴いているだけなのかもしれない。だがなぜあんなに楽しそうに弾くピアノを〝嫌い〟と言うのか。
「そうそう今西くん。はいこれ。大事なもの」
「……?」
そう言いながら、西畑は一冊の小冊子と茶封筒を光に手渡した。冊子は【修学旅行のしおり】だ。
光は訝しげに差し出されたそれを見て、何か反抗しようと口を開きかけた。が、それよりも前に西畑が早口でまくしたてる。
「大丈夫、何の心配もいらないわ。ほら、ね。名簿に名前書いてあるし」
「なんで……?」
「大人が頑張れば何とかなるんです」
「はあ?」
「お金もいらないし、相羽くんもいてくれるから、わからないことは彼が助けてくれるわ。あ、ちゃんと常備薬は先生に預けること。あとこの紙に、主治医のサインもらってきてね。明日提出、絶対」
「めんどくせえ、いやだ」
西畑を見る光の表情は言葉通りかなり不服そうだ。
事情がよく呑み込めない上、勝手に名前を出された勝行は、ぽかんと二人のやりとりを見ているしかなかった。
とりあえずまた何か面倒ごとを押し付けられているのはわかる。西畑は勝行に視線を向け、意味ありげにウインクしてきた。先日あんなことを言って引き留めてきたくせに、身勝手な。
「放課後保健室に来なさい、先生が車で病院に送ってあげるわ」
「なんでそこまでしなきゃなんねーの。俺こんなの行かねえって言っただろ」
「バカね」
苦言ばかり零す光を勝行の方に追いやり、背中をペシンと叩くと、西畑は不敵に笑った。ファンデーションで隠していても、青黒い顎が少し露になる。
「子どもは子どもらしく、一生に一度しかない旅行を楽しんできなさい。それが中学生の大事な仕事よ。さあ早く授業にいきな。チャイム鳴ったわよ!」
キーン コーン カーン コーン
西畑のその言葉と、始業五分前のチャイムが鳴るのはほぼ同時だった。
悩んでばかりはいられない。頼られた案件を途中放棄するのはやっぱり後味もよくないし。――致し方ない。
「おい、行くぞ」
勝行は未だ何か言いたげな光の手を強引に引くと、早足で音楽室を飛び出した。
「……っ、ちょ、んだよてめえっ離せ!」
「ダメだよ、三時間目に遅刻する」
「知るか! てめえ一人で勝手に行けよ。俺を巻き込むなっ」
無理やり腕を引いたら、当然ながら怒鳴られる。だがこんなのはただのわがままだ。こういう男には、きっと強引なぐらいがちょうどいい。勝行も負けじと言い返す。
「授業出るのは当たり前だろ。それが俺たち学生のルールだ、それくらい守れよ。修学旅行だって来てもらわないと俺困るし」
「はあ? なんでだよ」
「事情は知らないけど、放課後の病院も荷造りもなんなら付き合うからさ。行こうよ、一緒に」
「だから、勝手に決めんな!」
「そうは言うけど、君が授業サボってる間に全て決まってるんだよ。班編成、当番、バスの席、部屋割り。これ勝手に決められたくなかったらちゃんと話し合いの時点で参加しろよ。自らサボった君に反論する権利はないさ。まあ、あっても今更遅いけどね」
「……は……?」
突然の勝行の説教に圧倒され、怒っていたはずの光の顔から徐々に困惑の色が見えてくる。
「で、君は全部俺のとなり。嫌でも旅行中はずっと一緒だから」
どうにか授業前に三年五組までたどり着いた勝行は、振り返ると光に向けて不敵に笑った。
「俺から逃げられると思うなよ」
「……!」
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