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第二節 子どもだけで生きる家 -光 side-

#20 バイト日給、三千円

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短期二週間、道路工事現場での誘導員。
茶髪可、日払い可。履歴書いらず。高校生可。

一つだけ条件がクリアできない職場だったが、見た目で誤魔化したらあっさり採用された。
業務内容は簡単だが、数時間ぶっ通しの立ち仕事は思った以上に堪える。マンホールの下で汗水垂らして作業している連中よりはマシか。――そう思いながら、たまにしか来ない歩行者の安全誘導のためだけに立ち続ける任務をこなす。
現場にはピカピカ光る赤い点滅電灯が至る処に設置されている。チラつくその灯りは光の苦手な色だ。記憶の端々に残る嫌な思い出に結び付き、時に吐き気を催しそうになる。そのたび光は何度も目を伏せ、道路の端っこを睨みつけながら警告灯を振っていた。
仕事中の暇つぶしに音楽を聴いてもいいか、と上司に言ったら呆れられたし、勤務中はイヤホンもNGだった。仕方がないので騒音に耳を傾け、音楽の代わりにする。
ブウウン
ゴゴゴォゴォン
通り過ぎる車の音。道路を削る機械音。ピアノやギターほど魅力的な音とはお世辞にも言えない。
それでもまだ、音楽しかない自宅ベッドの上でただ寝転がっていただけの頃よりはましだと思う。

――今この瞬間、自分の存在を誰かに必要とされている、ということがわかるのだ。

家路を急ぐ早足の女性。携帯電話から目を離さない若者。千鳥足の酔っ払い。
彼らがうっかり大穴の開いた現場に入らないよう、ガス管工事の看板の横で仁王立ちして見守る。それだけで、あの人たちの役に立ったのだ。――きっと、多分。

「おおい金髪っ子、上がりだ」
工事は通行量の少ない夜にスタートし、明け方まで行われている。いくら高校生と偽っていても、未成年である以上十時までしか働けない光に代わり、夜勤の年配男性が交代を告げながらやってきた。警告灯を渡し、軽くお辞儀だけして現場を離れる。
近くに停まる警備員用のワゴン車に戻り、分厚い防犯ベルトを外して返し、今日の日給を受け取るべく出勤簿にサインを入れる。これで一日三千円。

学生、という縛りがなければもっと働けるのだろうか。
自分は一体いつまで「学生」なんだろう。
「勉強」なんて、どこででもできる。したい時にすればいいのに、なんで学校というものに縛られて過ごす必要があるのだろう。
そんなことをぼんやり考えながら、光は作業着姿のままで家路につく。

(……早くデッカくならねーかな、俺の身体)

もう少し働くことができたら、自分で病気の治療費も払えるし、まともに生活できるはずだ。
消えていく貯金が尽きる頃までに父親が帰ってきてくれたら……もしかしたら。

(いや。アイツをあてにするのはやめよう。裏切られるのはもうごめんだ)

そういえば今日は病院で西畑に妙なことを聞かれたな、と思い出した。
修学旅行には行かないのか、という問いかけだった。

『いつも来てくれてる子は修学旅行で同じ班だって言ってたわよ。あの子たちは今西くんが病気で旅行に来れないんじゃないかって気にしてたわよ』

修学旅行といえばたしか、初めてその男に教室まで連れていかれた日にプリントで見た。そこには旅行のための積立金や、必要経費が書いてあった。今まで一度も支払ったことのない、高額な額面。

『俺にはあんなもんに出せる金ねえよ』
『お父さんはまだ見つからない?』
『……給食費はちゃんと払ってるだろ。親父は関係ねーよ』
『……そう』

そんな意味のわからない旅行に大事な金をつぎ込むくらいなら、その間だけでもバイトを増やして稼いできた方がましだ。西畑は困った顔をして黙りこくったけれど、怒られはしなかったし、学校側も旅費を払わない学生を強引に連れて行くことなどしないだろう。それくらいの予想はできている。

ぼんやり考え事をしながら住宅街まで戻ってきた途端、突然暗闇から誰かにドンッと突撃された。また暴漢か、物取りか。つんのめりながらも急いで振り返った光の視界には、思わぬ人物が映った。

「――!」
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