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第二節 子どもだけで生きる家 -光 side-
#18 友だちは音楽
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駅前のスーパーから徒歩十分ほどの先に、閑静な住宅街がある。
似たような造りの一軒家がいくつも規則正しく立ち並ぶ。その中の一区画に、今西家はあった。
光は慣れた手つきで鍵を差し込み、中に入る。一度は玄関先で靴を確認し、誰もいないことを再確認して溜息をついた。バタンと音がした瞬間、廊下全体が闇色に染まる。
無造作に歩いて奥の台所へと向かい、買い物の中身を雑に広げると、つぶれかけた牛乳パックに舌打ちしながら冷蔵庫へと片付けていく。その間、光の耳にはずっとイヤホンが繋がっていた。
電気もつけないまま二階に上がると、開けたままだった部屋の扉から中に入る。
そこは大きめのベッドとたんす、一脚のイス以外何もない。制服姿のままぼすんっとベッドに倒れ込むと、勢いでイヤホンが片方落ちた。シャカシャカ小気味よく鳴り響く音が布団に跳ね返り、寝転がる光の眼前で可憐に踊りまわる。
もし、自分に友だちという存在があるとするのなら。
それは――音楽だ。彼らは絶対に裏切らない。耳がダメになって聴こえなくならない限り、傍にいてくれる。大事な家族のような存在。
見えるはずのない音にゆっくり手を伸ばし、触れないそれを守るように囲うと、光は目を閉じた。
『最近いつも呼びに来てくれるお友だちは優しい子ね。仲良くできそう?』
『発作を起こした今西くんを助けてくれたのよ。カバンも持ってきてくれたし、心配してたわ。明日学校に来れたらちゃんとお礼を言うのよ』
荷物を持って病院に来た西畑の言葉を思い返しながら、ギターやドラムがずんずん打つリズムに身を委ねる。確かに最近、やたらと同じ顔が話しかけてくるのは気づいていた。どう考えても先生に言われて面倒みてます、といわんばかりの級友だ。あんなのは冷たくしていればそのうちどこかへ消えていくだろう。
(優しいっていうけど、あいつめちゃくちゃ耳引っ張るし、意地悪だし。嘘だろ)
こちらがいくら怒っても、ヘラヘラ笑ってばかりで表情を崩さないのがいけ好かない。思い出した途端、馬鹿にされたような気分になって光は口をへの字に曲げた。
友だちなんて作りたくない。どうせ人はいずれいなくなるのだ。
心を許しすぎた結果、また拠り所を失って苦しい思いをするぐらいなら、最初から手に入れない方がいい。そう思いつつも、一人きりの家が寂しくて、つい学校に行ってしまう。あそこに行けば、何らかの物音があって少しでも心が落ち着くし、昼食には困らない。疲れたらベッドがあるし、ピアノを弾いていても罵声は浴びずに済む。なぜか黙って聴き入ってくれる奴もいるし――。
コンッ、と物音がした。咄嗟に立ち上がり、窓越しに外を見る。
電気メーターを検針した見知らぬ女性が、ポストに紙切れを一枚入れて立ち去って行く様子が見えた。はあ、と盛大なため息をついて、光はようやく制服のボタンをはずし始めた。
(俺はいつまでここで生きてるのかなあ……)
帰ってこない家族。迎えに来ない待ち人。代わりにポストにやってくるのは、お金の請求書。
現実の何もかもに向き合いたくない。着替え終えた光は咳き込みながら掛布団の中に潜り込んだ。
駅前のスーパーから徒歩十分ほどの先に、閑静な住宅街がある。
似たような造りの一軒家がいくつも規則正しく立ち並ぶ。その中の一区画に、今西家はあった。
光は慣れた手つきで鍵を差し込み、中に入る。一度は玄関先で靴を確認し、誰もいないことを再確認して溜息をついた。バタンと音がした瞬間、廊下全体が闇色に染まる。
無造作に歩いて奥の台所へと向かい、買い物の中身を雑に広げると、つぶれかけた牛乳パックに舌打ちしながら冷蔵庫へと片付けていく。その間、光の耳にはずっとイヤホンが繋がっていた。
電気もつけないまま二階に上がると、開けたままだった部屋の扉から中に入る。
そこは大きめのベッドとたんす、一脚のイス以外何もない。制服姿のままぼすんっとベッドに倒れ込むと、勢いでイヤホンが片方落ちた。シャカシャカ小気味よく鳴り響く音が布団に跳ね返り、寝転がる光の眼前で可憐に踊りまわる。
もし、自分に友だちという存在があるとするのなら。
それは――音楽だ。彼らは絶対に裏切らない。耳がダメになって聴こえなくならない限り、傍にいてくれる。大事な家族のような存在。
見えるはずのない音にゆっくり手を伸ばし、触れないそれを守るように囲うと、光は目を閉じた。
『最近いつも呼びに来てくれるお友だちは優しい子ね。仲良くできそう?』
『発作を起こした今西くんを助けてくれたのよ。カバンも持ってきてくれたし、心配してたわ。明日学校に来れたらちゃんとお礼を言うのよ』
荷物を持って病院に来た西畑の言葉を思い返しながら、ギターやドラムがずんずん打つリズムに身を委ねる。確かに最近、やたらと同じ顔が話しかけてくるのは気づいていた。どう考えても先生に言われて面倒みてます、といわんばかりの級友だ。あんなのは冷たくしていればそのうちどこかへ消えていくだろう。
(優しいっていうけど、あいつめちゃくちゃ耳引っ張るし、意地悪だし。嘘だろ)
こちらがいくら怒っても、ヘラヘラ笑ってばかりで表情を崩さないのがいけ好かない。思い出した途端、馬鹿にされたような気分になって光は口をへの字に曲げた。
友だちなんて作りたくない。どうせ人はいずれいなくなるのだ。
心を許しすぎた結果、また拠り所を失って苦しい思いをするぐらいなら、最初から手に入れない方がいい。そう思いつつも、一人きりの家が寂しくて、つい学校に行ってしまう。あそこに行けば、何らかの物音があって少しでも心が落ち着くし、昼食には困らない。疲れたらベッドがあるし、ピアノを弾いていても罵声は浴びずに済む。なぜか黙って聴き入ってくれる奴もいるし――。
コンッ、と物音がした。咄嗟に立ち上がり、窓越しに外を見る。
電気メーターを検針した見知らぬ女性が、ポストに紙切れを一枚入れて立ち去って行く様子が見えた。はあ、と盛大なため息をついて、光はようやく制服のボタンをはずし始めた。
(俺はいつまでここで生きてるのかなあ……)
帰ってこない家族。迎えに来ない待ち人。代わりにポストにやってくるのは、お金の請求書。
現実の何もかもに向き合いたくない。着替え終えた光は咳き込みながら掛布団の中に潜り込んだ。
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