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二度目の高校生活 2
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* * *
放課後は友だちとバカ騒ぎするのも楽しいが、幸一にはもっと好きなことがある。それは同じ年齢の学友に言っても伝わらないし、傍から見れば少し「異質」に見えるだろう。
立ったままペダルをこぎ、全力疾走で冬の風を切る。自宅と学校の途中道に見えるのは地元の市民病院。
そこの駐輪場に自転車を滑り込ませ、鍵を外す。迷わず時間外入り口に向かいながらマスクをひっかけ、顔パスで病棟に入り込んだ。エレベーターすら待たずに階段を駆け上がる。六階まで走るのは結構なトレーニングだ。
「父さんただいま」
「おかえり、幸一」
団体部屋の窓際で寝ながらラジオを聴いていた父・享幸は、嬉しそうに微笑んだ。まだ髪色は黒いが、見るたびに少しやつれて目元の窪みが深くなっていく。
「汗だくだな。今日は暑かったのか」
「あー、放課後ちょっとだけ運動してきたから。タオル借りるな」
病床に臥した父の着替えや身の回りグッズを確認しながら、幸一は面会用の椅子に座り込む。洗い終わったコップと箸の隣に、黒縁眼鏡と見慣れぬビニール袋がひとつ。
「お菓子を貰ったから、幸一が食べるといい」
「また隣のじいちゃんから? 父さんすぐそういうの貰うよなあ」
「おばあさんが毎日沢山持ってきて消費しきれないそうだ。若い知り合いがお前ぐらいしかいないから、きっと好きだろうって気遣ってくれてな」
それって体よく押し付けられてないか、と思わず溜息をつく。みれば年寄りの好きそうなきなこ飴やあんず棒などの駄菓子がバラバラと詰め込まれていた。
「……じゃあ学校で友だちと分けるよ。あとで礼言っとく」
甘そうな飴をひとつ手に取り、舌の上に転がす。素朴な味が口の中に広がった。ここにたどり着くまで全力で走って疲れた分、糖分摂取できるのは素直にありがたい。
「ところで体調はどう。そろそろ退院できそうって先生言ってた?」
「いや……まだ無理そうだ。悪いな、お前に迷惑かけてばかりで」
「は? 迷惑とか一ミリもかかってないから、早く元気になれよな」
「……でも。飯も作れないし、働いて金を稼ぐこともできない。ポンコツの極みでろくでもない父親だよなあと思ってな」
「またそんなこと言って。心が病むとなかなか元気になれないし老けるんだぜ。可愛い息子のいうこともたまには聞けっての」
別にお金はなくても構わないし、家事とバイトが忙しくて休日友人と遊べなくてもいい。けれど、幸一にも欲しいものはある。
父・享幸本人だ。
良一だった時もそう言って、何かとプレゼントしたがる享幸に「それよりお前と遊ぶ方がいい」と返していた。生まれ変わっても趣味嗜好や性格は特に変わらない。
幼い頃からずっと父親にばかり懐いていたせいか、享幸にべたべた甘えても誰も不思議がらない。享幸は若干戸惑っていたけれど、物おじせずあちこち走り回る幸一の後ろで常に見守っていてくれた。傍から見れば理想の仲良し父子に違いない。
逆に母親には懐けるはずがなかった。中途半端に残った記憶のせいで、失恋を割り切るのは正直難しい。良一としての記憶を捨てればこの人も好きになれるかもしれない――そう思う日もあった。だがこれが天使の言っていた転生のリスクなのだと思えば、負けず嫌いの幸一にはむしろいい環境だった。
勉強した内容も、かつて見知った知識も持ったまま生まれたチートな転生者故の試練。どれほど懇意にしていた旧友に出会っても「初めまして」から始まる人生に耐え続けることができたのは、誰よりも近しい場所で享幸の傍にいることができたからだ。それに――。
「今日のご飯はどうするんだ?」
「冷蔵庫にキャベツと豚肉が残ってたから、回鍋肉(ホイコーロー)かな」
「ああーいいなあ、美味そうだなあ。幸一の回鍋肉」
「元気になって家に戻ってきてくれたら、いくらでも作ってやるよ」
「昔から本当にお前は手先が器用で、家のことはなんでもできて、俺が落ち込んでるとすぐに明るく励ましてくれて……」
「リョーイチみたい?」
先手を取ってそう聞いてみると、少しだけ目を瞬き、享幸は「そうだ」と微笑んだ。
父親になった享幸によく「お前は俺の昔の友人に似てる」と言われるようになった。それが誰なのかは知らないふりをしていたけれど、親友・小池良一との思い出を語ってくれる父親を見るのが好きで、幸一はよく「自分に似た男の話」を聞きたがった。
それが過去の自分であり、彼の中での思い出として美化されているのは少しつらいけれど。現役の妻より死に別れた友人に想いを馳せる父の姿は、まるで恋する少年のそれだと傍から見てもすぐわかった。
「父さん、良一好きだもんな、母さんよく怒ってた」
「それ言わないでくれるか。故人を偲ぶぐらい自由にさせてくれ。本当は……」
「知ってる。ほんとはさ、良一と付き合ってたんだろ?」
「……え?」
父のその反応は寝耳に水、と言わんばかりだ。
(もうそろそろ、いいよな。この年になったらさすがに気づくって)
「俺もそれなりの年齢になったし? なんかちょっと察したよ。俺の学校にもいんの、男同士で告白とかフツーにある。しかも母さん絶対良一の話聞いたら機嫌悪くなるし、父さんは母さんの前で良一の話しないし。なんで父さんは良一じゃなくて母さんと結婚したのかなとか。良一に似てるっていう俺はどうやって生まれたのかなって……気になった時もあったけど、言いたくなさそうだったから聞かなかった」
「こ、幸一……」
「だから言わなくていいよ。俺はずっと父さんの傍にいられたら、それだけで十分。ほら、しんどくなる前に」
沢山話をしたらまたすぐに体力を消耗して起き上がれなくなってしまう。無理させたくなくて、幸一はあれこれ話したそうな顔をする父を強引に寝かせた。
放課後は友だちとバカ騒ぎするのも楽しいが、幸一にはもっと好きなことがある。それは同じ年齢の学友に言っても伝わらないし、傍から見れば少し「異質」に見えるだろう。
立ったままペダルをこぎ、全力疾走で冬の風を切る。自宅と学校の途中道に見えるのは地元の市民病院。
そこの駐輪場に自転車を滑り込ませ、鍵を外す。迷わず時間外入り口に向かいながらマスクをひっかけ、顔パスで病棟に入り込んだ。エレベーターすら待たずに階段を駆け上がる。六階まで走るのは結構なトレーニングだ。
「父さんただいま」
「おかえり、幸一」
団体部屋の窓際で寝ながらラジオを聴いていた父・享幸は、嬉しそうに微笑んだ。まだ髪色は黒いが、見るたびに少しやつれて目元の窪みが深くなっていく。
「汗だくだな。今日は暑かったのか」
「あー、放課後ちょっとだけ運動してきたから。タオル借りるな」
病床に臥した父の着替えや身の回りグッズを確認しながら、幸一は面会用の椅子に座り込む。洗い終わったコップと箸の隣に、黒縁眼鏡と見慣れぬビニール袋がひとつ。
「お菓子を貰ったから、幸一が食べるといい」
「また隣のじいちゃんから? 父さんすぐそういうの貰うよなあ」
「おばあさんが毎日沢山持ってきて消費しきれないそうだ。若い知り合いがお前ぐらいしかいないから、きっと好きだろうって気遣ってくれてな」
それって体よく押し付けられてないか、と思わず溜息をつく。みれば年寄りの好きそうなきなこ飴やあんず棒などの駄菓子がバラバラと詰め込まれていた。
「……じゃあ学校で友だちと分けるよ。あとで礼言っとく」
甘そうな飴をひとつ手に取り、舌の上に転がす。素朴な味が口の中に広がった。ここにたどり着くまで全力で走って疲れた分、糖分摂取できるのは素直にありがたい。
「ところで体調はどう。そろそろ退院できそうって先生言ってた?」
「いや……まだ無理そうだ。悪いな、お前に迷惑かけてばかりで」
「は? 迷惑とか一ミリもかかってないから、早く元気になれよな」
「……でも。飯も作れないし、働いて金を稼ぐこともできない。ポンコツの極みでろくでもない父親だよなあと思ってな」
「またそんなこと言って。心が病むとなかなか元気になれないし老けるんだぜ。可愛い息子のいうこともたまには聞けっての」
別にお金はなくても構わないし、家事とバイトが忙しくて休日友人と遊べなくてもいい。けれど、幸一にも欲しいものはある。
父・享幸本人だ。
良一だった時もそう言って、何かとプレゼントしたがる享幸に「それよりお前と遊ぶ方がいい」と返していた。生まれ変わっても趣味嗜好や性格は特に変わらない。
幼い頃からずっと父親にばかり懐いていたせいか、享幸にべたべた甘えても誰も不思議がらない。享幸は若干戸惑っていたけれど、物おじせずあちこち走り回る幸一の後ろで常に見守っていてくれた。傍から見れば理想の仲良し父子に違いない。
逆に母親には懐けるはずがなかった。中途半端に残った記憶のせいで、失恋を割り切るのは正直難しい。良一としての記憶を捨てればこの人も好きになれるかもしれない――そう思う日もあった。だがこれが天使の言っていた転生のリスクなのだと思えば、負けず嫌いの幸一にはむしろいい環境だった。
勉強した内容も、かつて見知った知識も持ったまま生まれたチートな転生者故の試練。どれほど懇意にしていた旧友に出会っても「初めまして」から始まる人生に耐え続けることができたのは、誰よりも近しい場所で享幸の傍にいることができたからだ。それに――。
「今日のご飯はどうするんだ?」
「冷蔵庫にキャベツと豚肉が残ってたから、回鍋肉(ホイコーロー)かな」
「ああーいいなあ、美味そうだなあ。幸一の回鍋肉」
「元気になって家に戻ってきてくれたら、いくらでも作ってやるよ」
「昔から本当にお前は手先が器用で、家のことはなんでもできて、俺が落ち込んでるとすぐに明るく励ましてくれて……」
「リョーイチみたい?」
先手を取ってそう聞いてみると、少しだけ目を瞬き、享幸は「そうだ」と微笑んだ。
父親になった享幸によく「お前は俺の昔の友人に似てる」と言われるようになった。それが誰なのかは知らないふりをしていたけれど、親友・小池良一との思い出を語ってくれる父親を見るのが好きで、幸一はよく「自分に似た男の話」を聞きたがった。
それが過去の自分であり、彼の中での思い出として美化されているのは少しつらいけれど。現役の妻より死に別れた友人に想いを馳せる父の姿は、まるで恋する少年のそれだと傍から見てもすぐわかった。
「父さん、良一好きだもんな、母さんよく怒ってた」
「それ言わないでくれるか。故人を偲ぶぐらい自由にさせてくれ。本当は……」
「知ってる。ほんとはさ、良一と付き合ってたんだろ?」
「……え?」
父のその反応は寝耳に水、と言わんばかりだ。
(もうそろそろ、いいよな。この年になったらさすがに気づくって)
「俺もそれなりの年齢になったし? なんかちょっと察したよ。俺の学校にもいんの、男同士で告白とかフツーにある。しかも母さん絶対良一の話聞いたら機嫌悪くなるし、父さんは母さんの前で良一の話しないし。なんで父さんは良一じゃなくて母さんと結婚したのかなとか。良一に似てるっていう俺はどうやって生まれたのかなって……気になった時もあったけど、言いたくなさそうだったから聞かなかった」
「こ、幸一……」
「だから言わなくていいよ。俺はずっと父さんの傍にいられたら、それだけで十分。ほら、しんどくなる前に」
沢山話をしたらまたすぐに体力を消耗して起き上がれなくなってしまう。無理させたくなくて、幸一はあれこれ話したそうな顔をする父を強引に寝かせた。
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