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四冊目 りんごあめと白雪王子 ~絶対恋愛関係にならない二人の最後の夏休み
光の小さな決意と、キスと……②
しおりを挟む勝行がもう全部荷物を積み込んだ新車は、地下駐車場の分かりやすい場所に鎮座していた。キラキラに反射したガンメタシルバー塗装がまばゆい、大きな4WDのランドクルーザーだ。それはテレビで観たことがあって、光が欲しいと言ったものだったが、実物を初めて間近で見た光は驚きのあまり「うお……かっけー」と一言無意識に漏らした。
「光、こっちだよ」
勝行に手招きされてやっと新車に手を触れた光は、嬉しそうな声をあげながらあちこち見て回り出した。
「これが、買ってもらったやつ?」
「そう、光が乗りたいって言ってたクロカンだよ」
「すげー! うわ、後ろ広いな。もしかしてピアノも運べる?」
「もちろん。キャンピング仕様のを改造してもらったから、簡易スタジオにもなるよ」
「まじか! これすげえな。……あれ。でも今日はピアノもっていかねえって言ってなかったっけ」
「今日はね。だって、目的はドライブとお祭りだろ。ピアノもたまには休みなよ」
「ん……まあ、それもそうだな」
勝行に諭され、あっさり納得した光は、今から旅行に行けるという実感がようやく湧いてきたようだ。
「祭りに行ったら、なんかうまいの食いたいなー。たこ焼きとか」
「たこ焼きかあ。お前好きだもんな。あるといいね」
そう言いながら運転席に乗り込む勝行に釣られ、光も助手席に乗り込んだ。今までは相羽家お抱えの運転手か、片岡の運転する車の後部座席にしか乗ったことがないから、助手席すらも初めての経験だ。目の前に広がる景色がいつもと違う。
「うわあ……視界広いなあ。あ、そういえば、勝行の運転で行くのか?」
「ああ。大丈夫、ルートも確認したし」
運転席で座席の位置を調整している勝行を見るのも新鮮である。
いつも見る姿とは違うその光景をしばらく不思議そうにみながら、光はふとした疑問を投げかけた。
「片岡のおっさん、付いてくるって言わなかったのか? あのおっさん、お前の護衛だろ」
「大丈夫。手は打ってある」
「なんだそれ……? じゃあ、二人だけで行くのか」
「片岡さんだって、休暇は必要だろ」
「まあ……そうだな。じゃあ」
助手席と運転席の間は意外と広い。物理的になんとなく勝行との距離が遠い気がして、光は身を乗り出すと勝行の頬に軽くキスをした。
ハンドルやシフトやスピードメーターばかりを凝視していた勝行は、キス目的で近づいてきた光に本気で気づかなかった。頬に突然密着され、びっくりして振り返った。
「……っ、な、なんだよいきなり」
「え。だって……二人きりだったし……別にいいだろ?」
全く悪びれず、むしろ怒ったのか、と若干不安そうにのぞき見する光を至近距離で見た勝行は、慌てて返答した。
「そ、そりゃあ……まあ……。で、でも、運転中はキスすんなよ。事故ったらどうするんだ」
「勝行ならスーパーマンだから余裕だろ」
「そんなわけあるか、ばか。初心者だよ俺は!」
今だってすでに、この新車がちゃんと運転できるかどうかの脳内シミュレーションに必死で、割と余裕はなかったらしい。だが勝行の不安要素など知る由もない光は、んー……としばらく考えた後、新しい提案を持ち出した。
「じゃあさ、運転してない間にキスすればいい?」
「そういう問題じゃないんだけど……」
どうしてもキスしたいらしい。
キス魔の光にしてみれば、片岡がいない今が絶好のチャンスと思ったのだ。だがそれは光とのキスをそれなりに楽しんでいる勝行にもなんとなく伝わったのか、顔を赤らめつつも首は縦に振ってもらえた。
「ま、まあいいよ……そのために車買ったようなもんだし」
最後にぼそっと思わず呟いた本音の暴露は、小声すぎて光に聴こえたかどうかはわからない。だが光は嬉しそうに目を輝かせると、シフトレバーに乗せた勝行の左手をがっちり掴んで捕獲した。
「マジで? いいのか? じゃあ、キスしてからいこう!」
「う、うん」
「なあ、こっち向いて」
今のうちにと言わんばかりに必死な光の態度に苦笑する勝行は、空いている右手でハンドルを押さえながら、さっと身体を傾け、光の唇を塞いでやった。
「……っ」
自ら攻め込む気満々だった光の表情から、驚きと戸惑いの感情がはっきり見てとれる。
狙うように奪った口づけから一旦その身を離し、もう一度だけ鼻を掠めるライトタッチのキスを落とすと、勝行は呆然としているマヌケな顔の光をしばらくのぞき見した。が、急にやらかしたことに対して恥ずかしさがこみあげてきたのか、真っ赤に頬を染めて視線をそらした。
「……こ、これでいいかっ」
外国の恋愛映画に出てくるようなイケメン王子モードをやらかしておきながら、突然打って変わってのツンデレ対応である。
「いや……お前がしてくれるとか……思わなかったし……」
「しゅ、出血大サービスだよ。今日だけなっ」
今日だけ?
勝行はのしかかる勢いで近づいてきた光の頭をぺしんとはたくと、畳みかけるように指示した。
「ほら、出発するよ。ちゃんと座って、シートベルトして」
「あ、ああ……うん……」
言われるがまま、ポスンと助手席に座り直した光は、大人しくシートベルトを装着するも、あっ、と名案を思い付いて再び身を乗り出した。
「なあ、歌は? 歌いながら運転、できる?」
「それくらいなら多分できるかな……。でももっかい言っとくけど、俺『初心者』だからな? 頼むから安全運転させてくれよ、わかってる?」
「わかってるって。早く行こうぜ!」
満面の笑みを浮かべた光の号令で、勝行の左手が器用にシフトノブを動かした。
それはまるで、新しい音楽を彩る魔法のように。
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