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四冊目 りんごあめと白雪王子 ~絶対恋愛関係にならない二人の最後の夏休み
元気になってほしくて……②
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終業式のあと、SPの片岡と昼食をさっと済ませた勝行は、帰宅しないまま光の入院している病院に向かった。若干蒸し暑さの残るエレベーターに乗り込み、六階へと上がる。
内科の病棟廊下を歩けば、いつもならわずかでも聴こえるピアノの音色が今日は漏れ聴こえてこない。昨日散々持ってこいと言いながら、やはりまだ起き上がって弾けるほどの回復に至っていないのか。
「……ピアノの音、聴こえないな」
「午前中に伺ったときはずっと弾いていらっしゃいましたよ。私には全く気付かれませんでしたが」
片岡は勝行の護衛でもあるが、同時に光の護衛でもある。勝行の授業中、一度様子見に来ていた彼は、その時の様子を少し語った。
「うーん……昼ご飯食べて眠くなったかな」
起きていて、何もしていない時はずっとピアノを弾いてばかりの光だ。弾いてないということは、寝ているのか。
そう思い、ノックもしないでドアを開けると、個室のベッドの上で光はいつも通り座っていた。掛布の上に何枚ものレポート用紙を広げ、数枚手に持って口ずさんでいる。
「ただいま、光。学校おわったよ」
その声が耳に入った瞬間、光はこちらを振り向き、わかりやすいほどに嬉しそうに顔を綻ばせる。まるで飼い主が帰ってきたのを待ちわびていた大型犬のようだ。
「あっ、勝行。おかえり」
「あれ……元気そうだね。譜面、見てた?」
「ん。お前の書いた字見てたらさ、歌聴こえてくる気がして。目で聴いてた」
楽し気にさらっと答える光の言葉は、正直常人には理解しがたい内容だった。
「お前の特技すごいな……」
「あ、ちゃんと勉強もしたぞ。ほらっ」
ドヤ顔で近くにあった他のプリント類もばらまくと、ほめてほめてと言わんばかりに見せびらかしてくる。まるで子どもみたいな所作が可愛すぎて、思わず抱きしめて撫で回したくなる。……が、どうにか冷静を装った勝行は、傍に近寄り提出プリントを手に取ると、内容を確認した。
「おっ、ほんとだ。プリントの回答全部埋まってる……すごいじゃないか。お前、熱は?」
「熱? ……下がったぞ、今日は元気」
「そっか、よかった。今度こそ、ぶり返さないといいね」
「早く帰りてえ」
「そうだね、俺も早く光の作ったご飯が食べたいよ」
そんなノロケじみた台詞を吐きながら、勝行は光のベッドに腰かけ、ふうと息をつきながらネクタイを思いっきり緩めた。首元の汗がつう、と骨に沿って滴り落ちる。
「今日は暑かった……」
付き添い者用のソファやパイプ椅子に腰かけない理由は、光がいつもここに座れ、と強要するからだ。物理的に少しでも近くにいてほしいんだろうか。子どもっぽいわがままだなと思いつつも、最近は下校後、毎日ここに帰ってきているようなものなので、気づけばすっかり習慣づいてしまった。
「明日から夏休みだし、今日はここでのんびりしようかな」
空調が効いていて快適だ。ハンカチで汗を拭きとりながらそんなことを一人ごちていると、光が徐にその腕を引いた。
「なあ、もっとこっちこい」
「ん、何……」
無抵抗に引き寄せられた途端、勝行の頬に熱くて柔らかいものがふにっと当てられた。
頬に挨拶キスを落とした光は、嬉しそうににやりと笑う。
「おかえり、おつかれさん」
「ちょ……もう、片岡さんがいるところではやめろって言っただろう」
「あ、これは失礼いたしました。外でお待ちしております」
いつも通りとはいえ強引にキスされ、思わず勝行は顔を真っ赤にして怒ったが、病室内のドア付近に立っていた片岡は、諸々察してすぐに退室していった。
「ほら、オッサンもういない」
「もう……そういう問題じゃないって」
「なあ、お返しは? まだ?」
「こっ……心の準備ってもんがあるだろ」
「はあ? いらねえよそんなもん。ぐだぐだうっせえ野郎だな」
胸元のシャツを鷲掴みにした光は、勝行の唇を自分勝手に塞いで、いつまでも言い訳がましい言葉を全部舐め取り始める。
軽い挨拶のお返しで済むはずが、ディープキスで襲われる形になってしまった勝行は、なすがままスコアの散らばる掛布の上に倒れこんだ。
いきなり舌まで入れ込んでくる光は、わかりやすいくらい欲情していた。そういえば、高熱で寝込んでいる間それどころじゃなくて、数日間キスはお預けだったことをふと思い出す。
「はぁっ……もっと……」
「んぅ、やめ……ひか、う、んんっ」
「……だって、もう待てねえもん……」
「っふ……ばか……ここ、病院……っ」
上から強引にのしかかり、久しぶりに互いの熱が絡まる感触を楽しんでいた光は、勝行のあまりもの抵抗に思わず唇を離し、拗ねた様子で唇を尖らせた。
「個室だからいいじゃん」
――だからその拗ね顔が可愛すぎてずるいんだって!
終業式のあと、SPの片岡と昼食をさっと済ませた勝行は、帰宅しないまま光の入院している病院に向かった。若干蒸し暑さの残るエレベーターに乗り込み、六階へと上がる。
内科の病棟廊下を歩けば、いつもならわずかでも聴こえるピアノの音色が今日は漏れ聴こえてこない。昨日散々持ってこいと言いながら、やはりまだ起き上がって弾けるほどの回復に至っていないのか。
「……ピアノの音、聴こえないな」
「午前中に伺ったときはずっと弾いていらっしゃいましたよ。私には全く気付かれませんでしたが」
片岡は勝行の護衛でもあるが、同時に光の護衛でもある。勝行の授業中、一度様子見に来ていた彼は、その時の様子を少し語った。
「うーん……昼ご飯食べて眠くなったかな」
起きていて、何もしていない時はずっとピアノを弾いてばかりの光だ。弾いてないということは、寝ているのか。
そう思い、ノックもしないでドアを開けると、個室のベッドの上で光はいつも通り座っていた。掛布の上に何枚ものレポート用紙を広げ、数枚手に持って口ずさんでいる。
「ただいま、光。学校おわったよ」
その声が耳に入った瞬間、光はこちらを振り向き、わかりやすいほどに嬉しそうに顔を綻ばせる。まるで飼い主が帰ってきたのを待ちわびていた大型犬のようだ。
「あっ、勝行。おかえり」
「あれ……元気そうだね。譜面、見てた?」
「ん。お前の書いた字見てたらさ、歌聴こえてくる気がして。目で聴いてた」
楽し気にさらっと答える光の言葉は、正直常人には理解しがたい内容だった。
「お前の特技すごいな……」
「あ、ちゃんと勉強もしたぞ。ほらっ」
ドヤ顔で近くにあった他のプリント類もばらまくと、ほめてほめてと言わんばかりに見せびらかしてくる。まるで子どもみたいな所作が可愛すぎて、思わず抱きしめて撫で回したくなる。……が、どうにか冷静を装った勝行は、傍に近寄り提出プリントを手に取ると、内容を確認した。
「おっ、ほんとだ。プリントの回答全部埋まってる……すごいじゃないか。お前、熱は?」
「熱? ……下がったぞ、今日は元気」
「そっか、よかった。今度こそ、ぶり返さないといいね」
「早く帰りてえ」
「そうだね、俺も早く光の作ったご飯が食べたいよ」
そんなノロケじみた台詞を吐きながら、勝行は光のベッドに腰かけ、ふうと息をつきながらネクタイを思いっきり緩めた。首元の汗がつう、と骨に沿って滴り落ちる。
「今日は暑かった……」
付き添い者用のソファやパイプ椅子に腰かけない理由は、光がいつもここに座れ、と強要するからだ。物理的に少しでも近くにいてほしいんだろうか。子どもっぽいわがままだなと思いつつも、最近は下校後、毎日ここに帰ってきているようなものなので、気づけばすっかり習慣づいてしまった。
「明日から夏休みだし、今日はここでのんびりしようかな」
空調が効いていて快適だ。ハンカチで汗を拭きとりながらそんなことを一人ごちていると、光が徐にその腕を引いた。
「なあ、もっとこっちこい」
「ん、何……」
無抵抗に引き寄せられた途端、勝行の頬に熱くて柔らかいものがふにっと当てられた。
頬に挨拶キスを落とした光は、嬉しそうににやりと笑う。
「おかえり、おつかれさん」
「ちょ……もう、片岡さんがいるところではやめろって言っただろう」
「あ、これは失礼いたしました。外でお待ちしております」
いつも通りとはいえ強引にキスされ、思わず勝行は顔を真っ赤にして怒ったが、病室内のドア付近に立っていた片岡は、諸々察してすぐに退室していった。
「ほら、オッサンもういない」
「もう……そういう問題じゃないって」
「なあ、お返しは? まだ?」
「こっ……心の準備ってもんがあるだろ」
「はあ? いらねえよそんなもん。ぐだぐだうっせえ野郎だな」
胸元のシャツを鷲掴みにした光は、勝行の唇を自分勝手に塞いで、いつまでも言い訳がましい言葉を全部舐め取り始める。
軽い挨拶のお返しで済むはずが、ディープキスで襲われる形になってしまった勝行は、なすがままスコアの散らばる掛布の上に倒れこんだ。
いきなり舌まで入れ込んでくる光は、わかりやすいくらい欲情していた。そういえば、高熱で寝込んでいる間それどころじゃなくて、数日間キスはお預けだったことをふと思い出す。
「はぁっ……もっと……」
「んぅ、やめ……ひか、う、んんっ」
「……だって、もう待てねえもん……」
「っふ……ばか……ここ、病院……っ」
上から強引にのしかかり、久しぶりに互いの熱が絡まる感触を楽しんでいた光は、勝行のあまりもの抵抗に思わず唇を離し、拗ねた様子で唇を尖らせた。
「個室だからいいじゃん」
――だからその拗ね顔が可愛すぎてずるいんだって!
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