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三冊目 眠れない夜のジュークボックス ~不器用な少年を見守る大人たち

……⑤

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夜に咲く美麗な華には毒がありそうだ。
今宵もライブを楽しみながら話し相手を物色していたWINGSのプロデューサーに出会い、オーナーは一声話しかけた。

「ようタモツ、今日はもうあいつら帰ったぞ」
「あらっ、そうなの?」
「またヒカルの体調が悪そうだったな」
「そう……あの子はどうしたって硝子細工並みに弱い身体だから、仕方ない」

ぽつりと零しながら、保はオーナーの淹れた琥珀色のカクテルに口をつけた。キールロワイヤルねと綺麗な笑みをこぼし、光によく似た長い睫毛を伏せる。

「あの子、悩んでそうじゃなかった?」

ふいに訊かれた質問を訝しげに伺いながら、オーナーはバーカウンターを挟んでタモツの前に立った。

「どうかしたのか」
「ううん、インフィニティここに遊びに来ることが、あの子たちにとっていやなことを全部忘れられるストレス発散方法みたいだからね」

楽しんでたらそれでいいんだけど。オレみたいに。

仕事が忙しいのだろうか。それとも。オーナーはあまり二人の諸事情を知らないが、光がほんの少し前に凶悪な誘拐事件に巻き込まれた上、実の父親が犯罪を犯して監獄行きになったことだけは知っている。相当な精神的苦痛を伴ったのであろう。

「気持ちのいい音楽がないと眠れないっつって、この間目の下にすんごいクマ作ってスタジオにきたの」
「ほう……」
「だから昨日、ここで爆睡してる光を見かけてちょっと安心したわ」
「そうか。渡した金も大して使ってなかったからなあ。あんなオモチャをあそこまで喜んで聴くとは思わなかったが、あいつには安らぎのヒーリングミュージックになったか」

ジュークボックスのスピーカーに貼りついたまま寝落ちた光の姿を思い出しながら、オーナーは苦笑した。

「ここは光の身体的にも精神的にもいい場所みたいだから、助かってるのよ」

あっという間に寝息を立てている光に気づいたオーナーがかけ布代わりに上着を被せた途端、わらわらと集ったスタッフたちが、可愛いなと写メを撮ったり何枚も布を重ねたりして、構いまくっていた。
当の本人は全く知らないのだろうが、このライブハウスの客層やスタッフも、元々はマナーもいい加減で無法地帯に近かった。店内完全分煙になったのも、喘息持ちの病弱な光のためだ。突貫で改装したため、喫煙エリアの方が広いものの、スタッフは全員誰も彼のそばで喫煙しない。ヘビースモーカーだったオーナーも、今ではすっかり電子タバコ派だ。 

「まあ、うちはどちらかというと賑やかしい若者向けのハコじゃねえからな。あいつのファン層を考えたら、こんなボロいおっさん経営の趣味の店なんかよりも、もっと派手に売れるところ行けば……って思ってたんだが」
「爆音ロックだの、ヘビメタだのは嫌いだって言ってなかった?」
「よく知ってるなあ、さすがWINGSの専属プロデューサー」

からりと音を立ててマドラーをひと回しすると、保は楽し気に微笑んだ。

「ここは静かなバーでもないし、煩くて煙たいハコでもない。WINGSの作る音楽と同じ匂いがする場所なの」

その意見には激しく同意するしかない。光の奏でるピアノだけでなく、彼自身の纏う空気が好きで、すっかり甘やかしている自分を自覚しているオーナーは、出来立てのベーコンソテーをグラスの横にことりと置いた。
保は肘をついたままその仕草を見つめると、ねえオーナー、と白い喉元を妖艶に鳴らした。

「朝まで付き合ってくれる? オレも、眠れないんだ」
「――しょうがねえ奴だな」

バターの香りが立ち込めるカウンターの後ろで、金曜の激務と喧騒を終えた男たちの自由気ままなセッションが始まる。

鑑賞料金無料のライブは、閉店の合図。
消えない白と青の照明を背に受けながら、保はうっとりとその音楽に耳を傾けた。
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