18 / 106
三冊目 眠れない夜のジュークボックス ~不器用な少年を見守る大人たち
……①
しおりを挟む
新宿の雑居ビルにある、ごくありふれた小さなお店。
【インフィニティ・シンジュク】
壁に貼られたこのライブハウスの定期イベントポスターにはいくつものタイトルが所狭しと書かれている。
毎週木曜日 ジャズ ミッドナイトミュージック
毎週金曜日 オールMIXゲリラナイト
毎月第一、三土曜日 ロックバンドフェスティバル
……
重い扉を開けて開店前のライブハウスに入ると、大人たちがワイワイと古めかしい機械を取り囲んで談笑していた。
放課後、いつも通り高校の制服のままでライブハウスにやってきたWINGSの二人は、何だろうと顔を見合わせた。
「お、お帰り二人とも」
「今日も勉強、おつかれさん」
「ただいま帰りました」
「なにその、古臭い機械」
挨拶をもすっとばして、今西光は目の前にある大きな機械を指さした。どう見ても昭和のアンティーク電化製品のような、くすんだクロムメッキと派手な電飾で囲まれたそれは、重たそうな硝子板の中に何枚もの英語の紙が貼りついている。字は消えかかっていてよく読めない。
大人たちはそれのあちらこちらを触りながら、「お前らこんなの知らねえだろう」と豪快に笑った。
「俺らだって本物見たのは子どもの時以来だから、こんなんだっけ、って盛り上がってたんだよ」
「昔はバーとかゲーセンとか、あとボーリング場なんかにも置いてあってな」
「そうそう、なんでこんなとこに、って思うような場所にあったよなあ!」
その横から、グレイの髪をオールアップにしたライブハウスのオーナーがにこやかな笑顔で二人に「お帰り」と告げる。彼はきょとんと機械を見つめたままの光の金髪を撫でながら、そっと100円を手渡した。
「これ、あの機械に入れてみてごらん」
「……?」
言われてよく見れば、手書きで【100円を入れてください】と書いてある張り紙があり、そのすぐそばにコイン挿入口があった。
勝行と目を合わせながら、光はおそるおそる、そこにコインを投入する。
ギギギ、ギュイイイン、と軋んだ音をたてながら、機械は元気に動き出した。
「おおー、動いた!」
コインを入れたWINGSの二人よりも、周りの大人たちが目の色を変えて喜び、稼働する機械を見つめている。ガラスの向こう側で、大げさな音と共にアームがするりとレコード盤を取り出し、一枚セットして針を落とす。動き出したそれを見た瞬間、何かわかったらしい勝行がポンと手を叩いて笑顔を零した。
「あ、これ、レコード。……ジュークボックスって、こんななんですね。実物初めて見ました。今でも製造されてるんですか」
「高校生のくせしてよくわかったな。さすがは楽器オタクの王子様」
「じゅーく、ぼっくす?」
「うん……あ、光、もうすぐ始まるよ」
黒い円盤がくるくると高速回転を始め、プツプツとノイズが聴こえてくる。何が始まるんだろう、と思った途端、モノラルラジオのようなくぐもった空気を纏いながら、ノリのいいジャズミュージックが流れ始めた。
「お、おお……!? なにこれ、すげえ……!」
驚いた光は、回転する円盤を必死に見つめながらガラスにへばりついた。レコードがきゅるると動くにつれ、次々と流れてくる音楽が、スピーカー越しにライブハウス中に響き渡って楽しい空気を更に盛り上げていく。
「ジュークボックスっていうのは、まあ簡単に言うと、音楽の自動販売機だな。このボタンで曲が選べるんだ。レコードチェンジしてもらえる」
「おお……!? おおおー!」
「聴きたいのあるか? つってもお前が生まれる前のタイトルばっかりだなあ」
「オーナーの好きな曲流せよ! 俺なんでもいい」
光は楽しそうに目を輝かせ、機械のあちこちを撫で回しながら、ボタンを触り、スピーカーに耳をそばだて、しゃがみこんでは流れてくる音楽に酔いしれリズムに乗って身体を揺らす。音楽が鳴る機械だとは思ってもいなかったらしい光の、あまりに子どもっぽくて可愛らしいその反応に、大人たちは一同思わず顔を手で覆い隠した。
――光、めっちゃくちゃ可愛いな……!!!!!
もちろん、勝行も例にもれず、そのうちの一人だ。
【インフィニティ・シンジュク】
壁に貼られたこのライブハウスの定期イベントポスターにはいくつものタイトルが所狭しと書かれている。
毎週木曜日 ジャズ ミッドナイトミュージック
毎週金曜日 オールMIXゲリラナイト
毎月第一、三土曜日 ロックバンドフェスティバル
……
重い扉を開けて開店前のライブハウスに入ると、大人たちがワイワイと古めかしい機械を取り囲んで談笑していた。
放課後、いつも通り高校の制服のままでライブハウスにやってきたWINGSの二人は、何だろうと顔を見合わせた。
「お、お帰り二人とも」
「今日も勉強、おつかれさん」
「ただいま帰りました」
「なにその、古臭い機械」
挨拶をもすっとばして、今西光は目の前にある大きな機械を指さした。どう見ても昭和のアンティーク電化製品のような、くすんだクロムメッキと派手な電飾で囲まれたそれは、重たそうな硝子板の中に何枚もの英語の紙が貼りついている。字は消えかかっていてよく読めない。
大人たちはそれのあちらこちらを触りながら、「お前らこんなの知らねえだろう」と豪快に笑った。
「俺らだって本物見たのは子どもの時以来だから、こんなんだっけ、って盛り上がってたんだよ」
「昔はバーとかゲーセンとか、あとボーリング場なんかにも置いてあってな」
「そうそう、なんでこんなとこに、って思うような場所にあったよなあ!」
その横から、グレイの髪をオールアップにしたライブハウスのオーナーがにこやかな笑顔で二人に「お帰り」と告げる。彼はきょとんと機械を見つめたままの光の金髪を撫でながら、そっと100円を手渡した。
「これ、あの機械に入れてみてごらん」
「……?」
言われてよく見れば、手書きで【100円を入れてください】と書いてある張り紙があり、そのすぐそばにコイン挿入口があった。
勝行と目を合わせながら、光はおそるおそる、そこにコインを投入する。
ギギギ、ギュイイイン、と軋んだ音をたてながら、機械は元気に動き出した。
「おおー、動いた!」
コインを入れたWINGSの二人よりも、周りの大人たちが目の色を変えて喜び、稼働する機械を見つめている。ガラスの向こう側で、大げさな音と共にアームがするりとレコード盤を取り出し、一枚セットして針を落とす。動き出したそれを見た瞬間、何かわかったらしい勝行がポンと手を叩いて笑顔を零した。
「あ、これ、レコード。……ジュークボックスって、こんななんですね。実物初めて見ました。今でも製造されてるんですか」
「高校生のくせしてよくわかったな。さすがは楽器オタクの王子様」
「じゅーく、ぼっくす?」
「うん……あ、光、もうすぐ始まるよ」
黒い円盤がくるくると高速回転を始め、プツプツとノイズが聴こえてくる。何が始まるんだろう、と思った途端、モノラルラジオのようなくぐもった空気を纏いながら、ノリのいいジャズミュージックが流れ始めた。
「お、おお……!? なにこれ、すげえ……!」
驚いた光は、回転する円盤を必死に見つめながらガラスにへばりついた。レコードがきゅるると動くにつれ、次々と流れてくる音楽が、スピーカー越しにライブハウス中に響き渡って楽しい空気を更に盛り上げていく。
「ジュークボックスっていうのは、まあ簡単に言うと、音楽の自動販売機だな。このボタンで曲が選べるんだ。レコードチェンジしてもらえる」
「おお……!? おおおー!」
「聴きたいのあるか? つってもお前が生まれる前のタイトルばっかりだなあ」
「オーナーの好きな曲流せよ! 俺なんでもいい」
光は楽しそうに目を輝かせ、機械のあちこちを撫で回しながら、ボタンを触り、スピーカーに耳をそばだて、しゃがみこんでは流れてくる音楽に酔いしれリズムに乗って身体を揺らす。音楽が鳴る機械だとは思ってもいなかったらしい光の、あまりに子どもっぽくて可愛らしいその反応に、大人たちは一同思わず顔を手で覆い隠した。
――光、めっちゃくちゃ可愛いな……!!!!!
もちろん、勝行も例にもれず、そのうちの一人だ。
0
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
俺のストーカーくん
あたか
BL
隣のクラスの根倉でいつもおどおどしている深見 渉(ふかみわたる)に気に入られてしまった中村 典人(なかむらのりと)は、彼からのストーカー行為に悩まされていた。
拗らせ根倉男×男前イケメン
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる