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三冊目 眠れない夜のジュークボックス ~不器用な少年を見守る大人たち

……①

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新宿の雑居ビルにある、ごくありふれた小さなお店。
【インフィニティ・シンジュク】
壁に貼られたこのライブハウスの定期イベントポスターにはいくつものタイトルが所狭しと書かれている。

毎週木曜日 ジャズ ミッドナイトミュージック
毎週金曜日 オールMIXゲリラナイト
毎月第一、三土曜日 ロックバンドフェスティバル  

……



重い扉を開けて開店前のライブハウスに入ると、大人たちがワイワイと古めかしい機械を取り囲んで談笑していた。
放課後、いつも通り高校の制服のままでライブハウスにやってきたWINGSの二人は、何だろうと顔を見合わせた。

「お、お帰り二人とも」
「今日も勉強、おつかれさん」
「ただいま帰りました」
「なにその、古臭い機械」

挨拶をもすっとばして、今西光は目の前にある大きな機械を指さした。どう見ても昭和のアンティーク電化製品のような、くすんだクロムメッキと派手な電飾で囲まれたそれは、重たそうな硝子板の中に何枚もの英語の紙が貼りついている。字は消えかかっていてよく読めない。

大人たちはそれのあちらこちらを触りながら、「お前らこんなの知らねえだろう」と豪快に笑った。

「俺らだって本物見たのは子どもの時以来だから、こんなんだっけ、って盛り上がってたんだよ」
「昔はバーとかゲーセンとか、あとボーリング場なんかにも置いてあってな」
「そうそう、なんでこんなとこに、って思うような場所にあったよなあ!」

その横から、グレイの髪をオールアップにしたライブハウスのオーナーがにこやかな笑顔で二人に「お帰り」と告げる。彼はきょとんと機械を見つめたままの光の金髪を撫でながら、そっと100円を手渡した。

「これ、あの機械に入れてみてごらん」
「……?」

言われてよく見れば、手書きで【100円を入れてください】と書いてある張り紙があり、そのすぐそばにコイン挿入口があった。
勝行と目を合わせながら、光はおそるおそる、そこにコインを投入する。
ギギギ、ギュイイイン、と軋んだ音をたてながら、機械は元気に動き出した。

「おおー、動いた!」

コインを入れたWINGSの二人よりも、周りの大人たちが目の色を変えて喜び、稼働する機械を見つめている。ガラスの向こう側で、大げさな音と共にアームがするりとレコード盤を取り出し、一枚セットして針を落とす。動き出したそれを見た瞬間、何かわかったらしい勝行がポンと手を叩いて笑顔を零した。

「あ、これ、レコード。……ジュークボックスって、こんななんですね。実物初めて見ました。今でも製造されてるんですか」
「高校生のくせしてよくわかったな。さすがは楽器オタクの王子様」
「じゅーく、ぼっくす?」
「うん……あ、光、もうすぐ始まるよ」

黒い円盤がくるくると高速回転を始め、プツプツとノイズが聴こえてくる。何が始まるんだろう、と思った途端、モノラルラジオのようなくぐもった空気を纏いながら、ノリのいいジャズミュージックが流れ始めた。

「お、おお……!? なにこれ、すげえ……!」

驚いた光は、回転する円盤を必死に見つめながらガラスにへばりついた。レコードがきゅるると動くにつれ、次々と流れてくる音楽が、スピーカー越しにライブハウス中に響き渡って楽しい空気を更に盛り上げていく。

「ジュークボックスっていうのは、まあ簡単に言うと、音楽の自動販売機だな。このボタンで曲が選べるんだ。レコードチェンジしてもらえる」
「おお……!? おおおー!」
「聴きたいのあるか? つってもお前が生まれる前のタイトルばっかりだなあ」
「オーナーの好きな曲流せよ! 俺なんでもいい」

光は楽しそうに目を輝かせ、機械のあちこちを撫で回しながら、ボタンを触り、スピーカーに耳をそばだて、しゃがみこんでは流れてくる音楽に酔いしれリズムに乗って身体を揺らす。音楽が鳴る機械だとは思ってもいなかったらしい光の、あまりに子どもっぽくて可愛らしいその反応に、大人たちは一同思わず顔を手で覆い隠した。

――光、めっちゃくちゃ可愛いな……!!!!!

もちろん、勝行も例にもれず、そのうちの一人だ。
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