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三
子犬2
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皿の上には葉蓮が言ったように握り飯が二つ。
ありがたくいただこうと御御御付けの用意もしようとしたところで、葉蓮の膝の上で微睡んでいたはずの子犬が目を開ける。握り飯の辺りに向かって鼻をひくひくとさせたような気がした。
「あら、この子たちもお腹が減っているのかしら」
確かに何の餌もやっていないし、犬たちを連れていた男も餌がどうのと言っていた。
「……米を食べるでしょうか」
そう言ってみたが、犬に何を食べさせればいいか、しかとは知らないことに今更ながらに気が付いた。
葉蓮も首をひねっているから、知っているわけではないらしい。
「どうでしょう。歯は生えているようですから、やってみましょうか」
晃毅は握り飯を崩すと、指先に乗る程度の米粒を子犬の鼻先に差し出してみた。
フンフンと、差し出されたそれを嗅いでいた子犬が、ペロリと下で米粒をすくい取る。そして飲みこむと、もっとないのかというように、口の周りを伸ばした舌で舐め始めた。
「食べましたね」
「ええ、本当に」
二人が言葉少なに見交わしたのは、これがそもそも晃毅の夕食のはずだからだ。けれどこの一匹が腹を空かせていたのなら、他の四匹も当然腹は空いているだろう。
握り飯二つを分けて食べさせれば、五匹のとりあえずの餌には足りるかもしれない。
晃毅は少し考えてから、皿を置いて立ち上がる。
「晃毅さん?」
「わたしは、御御御付けをいただくことにします。折角握っていただいたおにぎりですが、今日のところは子犬たちに食べさせてやってください」
立ち上がったのは、子犬に食べさせるための入れ物と、自分の椀を取るためだ。
先ほどの、指先から米粒を舐めとる仕草を見て、この子犬たちを、見た通りの子犬として世話をする覚悟がようやく決まった。
この子犬たちは、本当にただの子犬に過ぎないという確信が持てたともいえる。
葉蓮は、椀を棚から取り出している晃毅の横顔を見て、ふふ、と笑う。
「……どうかされましたか?」
振り返った晃毅の手には、椀が六つ。
犬が使ってもよさそうなものを、一応選り分けて選んだものだ。
「いえ、あなたが小さかった頃にも、こんなことはなかったと思うと、何だかおかしくて」
「それは……」
葉蓮が晃毅の幼少時代を思い返すようなことを言ったのは、晃毅自身に向けては初めてだ。どう答えていいか分からず口ごもる晃毅に、葉蓮はまたふふ、と笑う。
「子犬を拾ってくることを責めているわけではないですよ。何だか少し懐かしい気持ちになったのは、誠さんにもお会いしたからかもしれませんね」
「それは、まあ」
そうかもしれないが、これもどう答えていいか困る。今まで立場上線が引いてあると思っていた親子としての関係を話題にされるのも、誠の名を出されるのも、晃毅にとってはどうしていいか分からないことだ。
晃毅は、自分の言葉の拙さから逃れるように、並べた椀に握り飯を分けていく作業を始めた。
そのままだと指に張り付く米粒は、子犬たちの口周りにもくっつくだろうと、少し水を入れる。
子犬を籠から出して、並べた椀の前に置いてやると、どの子犬も少し匂いを嗅いでから音を立ててそれを食べ始めた。
子犬たちの食事の時間はあっという間に終わる。晃毅が御御御付けを腹に収めるよりも早かった。
腹が足りる量であったかどうかは分からないが、最後の滴まで舐めとると、子犬たちは順番に座ったままうつらうつらとし始める。
甲高く鳴いていたのは、空腹もあったのかもしれない。
葉蓮と晃毅はクウクウと寝息を立て始めた子犬たちを、籠に入れると庫裡を離れることにした。
子犬たちの寝姿は、晃毅にも少しだけ安寧をもたらしたらしい。
人一人、命の行方の分からぬままにしておいたことを、どうにか仕舞い込んで眠りに入ることが出来たからだ。
ありがたくいただこうと御御御付けの用意もしようとしたところで、葉蓮の膝の上で微睡んでいたはずの子犬が目を開ける。握り飯の辺りに向かって鼻をひくひくとさせたような気がした。
「あら、この子たちもお腹が減っているのかしら」
確かに何の餌もやっていないし、犬たちを連れていた男も餌がどうのと言っていた。
「……米を食べるでしょうか」
そう言ってみたが、犬に何を食べさせればいいか、しかとは知らないことに今更ながらに気が付いた。
葉蓮も首をひねっているから、知っているわけではないらしい。
「どうでしょう。歯は生えているようですから、やってみましょうか」
晃毅は握り飯を崩すと、指先に乗る程度の米粒を子犬の鼻先に差し出してみた。
フンフンと、差し出されたそれを嗅いでいた子犬が、ペロリと下で米粒をすくい取る。そして飲みこむと、もっとないのかというように、口の周りを伸ばした舌で舐め始めた。
「食べましたね」
「ええ、本当に」
二人が言葉少なに見交わしたのは、これがそもそも晃毅の夕食のはずだからだ。けれどこの一匹が腹を空かせていたのなら、他の四匹も当然腹は空いているだろう。
握り飯二つを分けて食べさせれば、五匹のとりあえずの餌には足りるかもしれない。
晃毅は少し考えてから、皿を置いて立ち上がる。
「晃毅さん?」
「わたしは、御御御付けをいただくことにします。折角握っていただいたおにぎりですが、今日のところは子犬たちに食べさせてやってください」
立ち上がったのは、子犬に食べさせるための入れ物と、自分の椀を取るためだ。
先ほどの、指先から米粒を舐めとる仕草を見て、この子犬たちを、見た通りの子犬として世話をする覚悟がようやく決まった。
この子犬たちは、本当にただの子犬に過ぎないという確信が持てたともいえる。
葉蓮は、椀を棚から取り出している晃毅の横顔を見て、ふふ、と笑う。
「……どうかされましたか?」
振り返った晃毅の手には、椀が六つ。
犬が使ってもよさそうなものを、一応選り分けて選んだものだ。
「いえ、あなたが小さかった頃にも、こんなことはなかったと思うと、何だかおかしくて」
「それは……」
葉蓮が晃毅の幼少時代を思い返すようなことを言ったのは、晃毅自身に向けては初めてだ。どう答えていいか分からず口ごもる晃毅に、葉蓮はまたふふ、と笑う。
「子犬を拾ってくることを責めているわけではないですよ。何だか少し懐かしい気持ちになったのは、誠さんにもお会いしたからかもしれませんね」
「それは、まあ」
そうかもしれないが、これもどう答えていいか困る。今まで立場上線が引いてあると思っていた親子としての関係を話題にされるのも、誠の名を出されるのも、晃毅にとってはどうしていいか分からないことだ。
晃毅は、自分の言葉の拙さから逃れるように、並べた椀に握り飯を分けていく作業を始めた。
そのままだと指に張り付く米粒は、子犬たちの口周りにもくっつくだろうと、少し水を入れる。
子犬を籠から出して、並べた椀の前に置いてやると、どの子犬も少し匂いを嗅いでから音を立ててそれを食べ始めた。
子犬たちの食事の時間はあっという間に終わる。晃毅が御御御付けを腹に収めるよりも早かった。
腹が足りる量であったかどうかは分からないが、最後の滴まで舐めとると、子犬たちは順番に座ったままうつらうつらとし始める。
甲高く鳴いていたのは、空腹もあったのかもしれない。
葉蓮と晃毅はクウクウと寝息を立て始めた子犬たちを、籠に入れると庫裡を離れることにした。
子犬たちの寝姿は、晃毅にも少しだけ安寧をもたらしたらしい。
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