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三
子犬
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どうにか意識して、大きく息を吐き出すと、これも役目のためだとクラクラしている頭を振り、男に近づく。
晃毅は男の息があるか否かを、確かめる気はなかった。
恐れた、と言ってもいい。
相応の報いだとしても、命を奪う資格が自分にあるわけではないことを、晃毅は重く受け止めていた。
実のところ、男に言い放ったかのようだった言葉は、晃毅が自身に言い聞かせ、行いを成し遂げるためのものだったのだ。
晃毅は倒れたままの男の傍らにしゃがみ込むと、その手にある笛を取り上げた。
近づいたのは、これを回収するためだ。
誰が作ったのか、果たして人が作ったのかも分からない物だが、ともかく人の手にあっていいものではない。
持ち帰って然るべき手段でもって、始末してしまわなくてはならない。
三太の元から持ち帰った守り袋の中身と同じだ。
あの守り袋にしても、この笛にしても、一体どこから人の手に渡るものか。
こうして一つ一つを始末していくことは出来るが、大元には到底至らないし、今のところそれを探る手段も見出せないでいる。
大元を断たなくては、また病を振りまく守り袋が出回るかもしれないし、生き物を操るような笛を吹く者がそれを悪用するかもしれない。
晃毅が役目を果たし終えるのに、先はあまりに長そうだ。
役目を終えるまでにどれだけ、こうして人と向き合い動物を犠牲にしなくてはらないのだろうかと思えば、この場で吐き気さえこみ上げてきそうだ。
だが、まだ確かめなくてはならないことがあるし、何より帰らなくてはいけない。
晃毅は未だに身動き一つしない男を横目に見下ろすと、せめて命があるようにと願いながら立ち上がった。
そうして改めて辺りを見てみると、侍たちが倒れ、犬が倒れ、酷い有様だった。
このままでは、明日通りがかった者たちが大騒ぎになるだろう。
唸り声を上げている者もいれば、意識がなさそうな者もいる。だが、ともかく皆脈はあるようだ。
晃毅はひとまず、低く唸っている者に近づいて声を掛けた。
「もし、ご無事ですか?」
「う、うう。そなたは?」
返事の様子から、唸り声が出ていたからといって、今まで起きていたことを理解しているわけではないようだ。
晃毅はいっそ知らぬふりをすることにした。
「通りがかると、お侍さまたちが倒れていらしたので、こうして声を掛けさせていただきました」
「犬に襲われて、そうだ、犬はもういないのか?」
問われて、晃毅は先に犬を動かすべきだったかと後悔した。
だがもう遅い。
そう思いながらも犬ですか、と周囲を見る素振りをして、驚いた。
いつの間にか、犬たちが動き出していた。
菖蒲の葉は、まさしく病邪のみを断ち切ったらしい。
そして断ち切られるべきだったものは、犬を操るために絡みついていた蔓だけではなかったようだ。
キュンキュン、とか細い鳴き声には、侍も気が付いたらしい。
「……子犬?」
侍は驚いた様子で周囲を探るように頭を巡らせたが、目はまだはっきりと見えていないようだ。
一方で、夕暮れから長らく空の下にいた晃毅には、薄い月の光にもはっきりとその姿が見えていた。
いるのは、明るい毛色をした子犬が五匹。
丸々としていて、まだようやく乳離れするかしないかといったところだろう。
「……ええ、子犬ならば、いるのですが……」
晃毅はそこに元はどのような犬がいたのかも知らぬ素振りで答えた。
侍も、子犬の鳴き声に気が抜けたようだ。
「子犬、だな……。まさか子犬を切り伏せても、我々が馬鹿を見るだけだな……。助けてもらって申し訳ないが、おまえの犬なら連れ去ってくれ。子犬といえど犬というだけで、今は気に障る」
「分かりました」
晃毅はうなずく。その気持ちは分からないではない、などとは言えないが、よく分かる。
そうしている間に侍は、自分の着物を破り、傷を縛り、仲間たちを助け起こし始めた。皆どうやら意識を取り戻してそれなりにやりとりも出来ている。
そうなると、当然といえば当然ともいえることで、子犬といえども腹立たしいと言い出す侍もいた。晃毅が自分の連れ歩いていた子犬で、ここにいて侍たちを襲ったという犬は見なかったと言うと、それならばさっさと連れて行けと言われた。
その内に、あの男はどうなったとか、明かりが灯せないかという話になってきたので、晃毅は自分の顔を確かめられる前に立ち去ることにした。
五匹もの子犬を、どうやって連れて行くかとも思ったのだが、一匹を抱えると、他の四匹も晃毅のそばに寄って来たし、歩けばついて来る。
おかげで、晃毅はさも自分の犬である、という態度で、犬を連れたままその場を離れることが出来た。
侍の一人が、どうやら火打ち石と蝋燭を持っていたようで、背後に小さな明かりが灯った。
そこでようやく、侍たちは自分たちが相対していた男が倒れていることに気が付いたらしい。
もう離れてはいたが、侍たちが騒いでいるのが聞こえた。
だが、男に声を掛けていることまでは分かったが、それに返事があったかどうかまでは、晃毅の耳には届かなかった。
さて、もう少しで葉照庵、というところまで歩いて来て問題になったのが、この犬たちをどう葉蓮に説明するかということだった。
子どもではないのだから、犬を拾いました、飼わせてください、というわけにはいかないだろう。
だが、全く面影もないとはいえ、ああして人に操られ、人を傷つけていた犬たちだ。もう何の危険もないと確かに分かるまでは、面倒をみてやりたい気がする。
葉照庵が見えてきた辺りで一度足を止めた晃毅は、しばらく屋根の影を眺めながら、どう葉蓮に切り出したものかと考えた。
足元では、子犬たちがキュンキュンと鼻を鳴らしながら、晃毅を見上げている。
しばらく立ち尽くしていたが、結局子犬の声が気になるばかりで、いい言葉など浮かんではこない。
そう気づいた晃毅は、何も思い浮かばないまま、それでも仕方なく葉照庵の門を開けて中に入ることにした。
晃毅は男の息があるか否かを、確かめる気はなかった。
恐れた、と言ってもいい。
相応の報いだとしても、命を奪う資格が自分にあるわけではないことを、晃毅は重く受け止めていた。
実のところ、男に言い放ったかのようだった言葉は、晃毅が自身に言い聞かせ、行いを成し遂げるためのものだったのだ。
晃毅は倒れたままの男の傍らにしゃがみ込むと、その手にある笛を取り上げた。
近づいたのは、これを回収するためだ。
誰が作ったのか、果たして人が作ったのかも分からない物だが、ともかく人の手にあっていいものではない。
持ち帰って然るべき手段でもって、始末してしまわなくてはならない。
三太の元から持ち帰った守り袋の中身と同じだ。
あの守り袋にしても、この笛にしても、一体どこから人の手に渡るものか。
こうして一つ一つを始末していくことは出来るが、大元には到底至らないし、今のところそれを探る手段も見出せないでいる。
大元を断たなくては、また病を振りまく守り袋が出回るかもしれないし、生き物を操るような笛を吹く者がそれを悪用するかもしれない。
晃毅が役目を果たし終えるのに、先はあまりに長そうだ。
役目を終えるまでにどれだけ、こうして人と向き合い動物を犠牲にしなくてはらないのだろうかと思えば、この場で吐き気さえこみ上げてきそうだ。
だが、まだ確かめなくてはならないことがあるし、何より帰らなくてはいけない。
晃毅は未だに身動き一つしない男を横目に見下ろすと、せめて命があるようにと願いながら立ち上がった。
そうして改めて辺りを見てみると、侍たちが倒れ、犬が倒れ、酷い有様だった。
このままでは、明日通りがかった者たちが大騒ぎになるだろう。
唸り声を上げている者もいれば、意識がなさそうな者もいる。だが、ともかく皆脈はあるようだ。
晃毅はひとまず、低く唸っている者に近づいて声を掛けた。
「もし、ご無事ですか?」
「う、うう。そなたは?」
返事の様子から、唸り声が出ていたからといって、今まで起きていたことを理解しているわけではないようだ。
晃毅はいっそ知らぬふりをすることにした。
「通りがかると、お侍さまたちが倒れていらしたので、こうして声を掛けさせていただきました」
「犬に襲われて、そうだ、犬はもういないのか?」
問われて、晃毅は先に犬を動かすべきだったかと後悔した。
だがもう遅い。
そう思いながらも犬ですか、と周囲を見る素振りをして、驚いた。
いつの間にか、犬たちが動き出していた。
菖蒲の葉は、まさしく病邪のみを断ち切ったらしい。
そして断ち切られるべきだったものは、犬を操るために絡みついていた蔓だけではなかったようだ。
キュンキュン、とか細い鳴き声には、侍も気が付いたらしい。
「……子犬?」
侍は驚いた様子で周囲を探るように頭を巡らせたが、目はまだはっきりと見えていないようだ。
一方で、夕暮れから長らく空の下にいた晃毅には、薄い月の光にもはっきりとその姿が見えていた。
いるのは、明るい毛色をした子犬が五匹。
丸々としていて、まだようやく乳離れするかしないかといったところだろう。
「……ええ、子犬ならば、いるのですが……」
晃毅はそこに元はどのような犬がいたのかも知らぬ素振りで答えた。
侍も、子犬の鳴き声に気が抜けたようだ。
「子犬、だな……。まさか子犬を切り伏せても、我々が馬鹿を見るだけだな……。助けてもらって申し訳ないが、おまえの犬なら連れ去ってくれ。子犬といえど犬というだけで、今は気に障る」
「分かりました」
晃毅はうなずく。その気持ちは分からないではない、などとは言えないが、よく分かる。
そうしている間に侍は、自分の着物を破り、傷を縛り、仲間たちを助け起こし始めた。皆どうやら意識を取り戻してそれなりにやりとりも出来ている。
そうなると、当然といえば当然ともいえることで、子犬といえども腹立たしいと言い出す侍もいた。晃毅が自分の連れ歩いていた子犬で、ここにいて侍たちを襲ったという犬は見なかったと言うと、それならばさっさと連れて行けと言われた。
その内に、あの男はどうなったとか、明かりが灯せないかという話になってきたので、晃毅は自分の顔を確かめられる前に立ち去ることにした。
五匹もの子犬を、どうやって連れて行くかとも思ったのだが、一匹を抱えると、他の四匹も晃毅のそばに寄って来たし、歩けばついて来る。
おかげで、晃毅はさも自分の犬である、という態度で、犬を連れたままその場を離れることが出来た。
侍の一人が、どうやら火打ち石と蝋燭を持っていたようで、背後に小さな明かりが灯った。
そこでようやく、侍たちは自分たちが相対していた男が倒れていることに気が付いたらしい。
もう離れてはいたが、侍たちが騒いでいるのが聞こえた。
だが、男に声を掛けていることまでは分かったが、それに返事があったかどうかまでは、晃毅の耳には届かなかった。
さて、もう少しで葉照庵、というところまで歩いて来て問題になったのが、この犬たちをどう葉蓮に説明するかということだった。
子どもではないのだから、犬を拾いました、飼わせてください、というわけにはいかないだろう。
だが、全く面影もないとはいえ、ああして人に操られ、人を傷つけていた犬たちだ。もう何の危険もないと確かに分かるまでは、面倒をみてやりたい気がする。
葉照庵が見えてきた辺りで一度足を止めた晃毅は、しばらく屋根の影を眺めながら、どう葉蓮に切り出したものかと考えた。
足元では、子犬たちがキュンキュンと鼻を鳴らしながら、晃毅を見上げている。
しばらく立ち尽くしていたが、結局子犬の声が気になるばかりで、いい言葉など浮かんではこない。
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