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一
呪符
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誠は誠で、編綴を脱いですっかりもう帰り支度を始めている。
ここまで来てくれて、その上十分すぎるほどの手当てをしてくれた医者を、このまま放っておくのは気が咎めたが、晃毅自身はこの誠のそばに長居したくない理由があるし、まだしなくてはならない気がかりなことも残っていた。
それでも、と居住まいを正して頭を下げたのは、誠が医者として出来る限り最上のことをしてくれたことが晃毅に伝わっていたからだ。
「あの、ありがとうございます」
ゆっくりと、思いを込めて下げた頭を戻すと、誠が少し困ったような顔をしていた。
何故と思ったが、その答えはすぐに本人からあった。
「いや。患者に力が残っていなければ、医者が役に立てることは少ないんだ。間に合ううちに呼んでくれて助かったのは、こちらの方だ」
その言葉を聞いて、この人は変わらないなと晃毅は大きく息を吸い込んだ。
姿形も変わって、名前を変えたことも聞いてはいたけれど、本当に変わらない。会うのを恐れてはいたが、こうして本人を前にしてみると、会えてよかったという思いしかなかった。
けれどだからといって、自分の身の上まで明かす気にはなれない。
晃毅は、もう一度頭を下げると、自分ももう戻らなくてはと立ち上がることにした。
「あ……」
だが、誠がまだ何か言いたそうに手を伸ばしかけて止めたので、立ち止まるべきではないと思いながらも、立ち止まり振り返ってしまう。
「……何か?」
「ああ、いや……」
咄嗟に返した声は、固い声になってしまった。拒絶したいわけではないのにと晃毅は悔やんだがすでに遅く、誠もまた声を掛けたことを申し訳なく感じている様子を見せる。
「その、この場でするような話でもないんだ」
誠は困ったというように笑いながら一度目を伏せたのだが、だからといって何でもないとは言わなかった。
「よかったら、後日話をする機会を持たせてもらえないだろうか。わたしが出向いていいのであれば、そうさせてもらいたいが」
この場で身上を聞かれる方が、まだ誤魔化しようがあると思ったが、晃毅はそもそもこうして誠と出会ってしまったなお誤魔化そうとするのが間違いなのかと考えを改めるしかなかった。
この場で誤魔化したところで、長屋の者たちから晃毅の居所を聞くことも、大まかな身の上を知ることも出来るのだ。
晃毅はせめてこの場で、知らぬふりをしたことを許して欲しいと願いながら、誠に向き直った。
「……わたしはここから少し離れた葉照庵でお仕えしておりますので、ご用の時にはそちらにどうぞ」
他人行儀に告げるのも、これで誠と再び縁が出来てしまうのも、晃毅には苦しいことだったが、先ほどのようにまでは固い声にならずに告げることが出来たようだ。
ということは、誠が嬉しそうに笑顔を返したことで分かった。
その笑顔もまた、晃毅自身が重ねてしまった偽りのせいで辛い。
辛さを耐えて表情を変えないまま、晃毅はどうにか頭を下げて外に出ることにした。時間を取られたので、少し急がなくてはならない。
長屋と長屋の間の通路に立って、くるりと周囲を見回すと、ところどころに淀んだ瘴気の残りを視ることが出来た。徐々に薄れていくものは、さほど問題はない。
問題があるとすれば、病魔が吐き出した瘴気ではなく、瘴気を吐き出す病魔だ。
そして、三太がどこでどうやって呪いの作用した病魔などに入り込まれのか。
もし三太と母親が部屋に閉じこもっていなかったら、誰かが部屋を訪れていたら、濃い瘴気に触れた者から病魔に入り込まれていただろう。
三太がどこかで、病魔が入り込むような濃い瘴気に触れていたに違いない。
三太とお夕に入り込んだ病魔は、誠の指示した看病の甲斐もあって、その力を取り戻すことはもうないはずだ。
だが、病魔を三太たちに入り込ませた呪いの大元を、晃毅はまだ完全に封じてはいない。一時、外に溢れないようにしただけだ。
懐の中で、自分に呪いを向けようとしている存在を感じながら、晃毅は人目に触れずに済む場所を探して駆け出した。
たどり着いたのは、葉照庵近くの竹林だ。
寺社の多い場所ではあるが、竹林の中で人の姿を見るのは稀だ。
つまり人目に付きにくい。晃毅は近くに人の気配のないことを確かめると、懐から三太の枕元にあった守り袋を取り出した。
懐に入れた時は、よく視ている暇などなかったが、こうしてみると、袋からじわじわと濃い瘴気が零れてくるのが視える。
どうしてこんな物が三太のもとにあったのか、考えても分からないが、これは消し去らなくてはならないものだ。
この袋を開けることで、一体何が出て来るか。
恐れはあるが、恐れに手を止めていいことではない。
晃毅は呼吸を整えると、守り袋の口を開いて中身を振り落した。
途端、周囲に濃い瘴気が広がった。中心にあるのは、親指と人差し指で作る円ほどの球体が一つ。
目をこらせば、細かく細い文字が連ねられているのが分かる。
呪符の類かと、晃毅は懐から小さな剣を取り出した。細い鞘に納められた、細い両刃。形あるものには、形ある刃が必要だ。
真言を唱えながら、刃を向けた球体を、切ってしまえば終わり。
のはずだが、そう簡単には終わらなかった。
袋から出されたからか、刃が向けられたからか。球体は一層激しく瘴気を吹き出して、晃毅の呼吸を損なわせた。
それならどこまでも拡がっていくのかと思えば、そうはならず、一度は遠くまで拡がろうとした瘴気は、ある時から球体に向けて凝縮を始めた。
結果、ほんの僅かな間に、晃毅の目の前には凝縮された瘴気が渦を巻くことになった。
けれど、晃毅の心中は、袋の口を開いて瘴気が広がった時よりも余程落ち着いていた。あれが流れてさらに広がれば、誰かが病に入り込まれていたことだろう。その原因となるよりは、病を産みだす呪いと相対する方がよほどましだ。呼吸も楽に出来る。
改めて刃を構えなおすと、晃毅は渦巻く瘴気に向かって踏み込んだ。
が、本来実体がないはずの瘴気に当たった刃が、激しい衝撃でもって跳ね返される。人の息に入り込むようなものに、刃が跳ね返されるとは思ってもみなかったが、実と虚を行き来する存在を知らないわけではない。
核を瘴気ごと断ち切るのでは駄目なことが分かったというだけのことだ。
晃毅は渦の流れを読み解こうと、目を凝らす。明らかな弱点などなさそうだが、それでも濃淡くらいはありそうだ。
刃を突き出す機会を窺う晃毅をどのように捉えているのか、渦巻く瘴気はその一部を拡げると晃毅の周囲を覆い始めた。
呼吸を奪おうというのか、晃毅に入り込もうというのか。どちらにしても、ごめんこうむりたいことに変わりはない。
だが、ことが長引けば、いずれ瘴気ごと息を吸い込まなくてはならない。
考えている間にも徐々に息は苦しくなってくる。
これ以上長引かせてはいけないと、晃毅はフ、と小さく息を吐いて、止めた。
それを何の合図としたのか、瘴気は晃毅の頭部に集まり始めた。だからといって無理に入り込もうという気配ではないから、晃毅が我慢し切れなくなるのを待っているのかもしれない。
どのような作用のなすことなのか、まるで相手を甚振るような振る舞いだ。呪いを仕掛けたのは人であろうから、その人物の悪趣味さが伝わるようだと晃毅は表情を歪めた。
感じるのははっきりとした嫌悪だ。
その嫌悪は、呪いを破るための気迫へと転じさせる。
晃毅は残る息をもって、真言を唱え始めた。
口元に蠢いていた瘴気が、消え去る。
病魔にも消し去られる恐怖というものはあるのだろうか、晃毅に伸びていた瘴気が消し去られたことで、渦そのものにも動揺の様子が見てとれた。
それでも決着を急がなくてはならないのは、晃毅の方だ。渦の変化を見逃すことは出来ない。
僅かな濃淡の差を狙って、切るのではなくねじ込むために刃を伸ばし、地を蹴る。
先に瘴気の腕を伸ばしてきた呪いがそれを簡単に許すわけもなく、幾筋もの瘴気が晃毅を押し留めるために形をなし絡みつこうとする。
晃毅は左手に構えた刃をそのまま突き出しながら、近寄る瘴気には右手で結んだ刀印を向けた。
瘴気が伸びるごとにそれを切り払う。
刀印による格子が完成した時には、核を残して、瘴気は全て打ち払われていた。
最後の一撃は、印ではなく、形ある刃で。
瘴気にではなく、呪詛と共に編み上げられた病魔に。
核に刃の切っ先が届いた瞬間。
激しい閃光が晃毅の目を焼いた。
周囲の気配を感じ取ることも、音を聞くことも出来ない時間が、僅かに過ぎる。
晃毅に瞬きをさせ、構えを解かせたのは、カサリという小さな音だった。
視界を取り戻した晃毅が音のした辺りに目を向けると、長方形のしわくちゃになった紙が落ちていた。
刀印を解き、剣を鞘に納めた晃毅は、紙を拾い上げて眺めてみた。
どうやらお守り袋から出てきた、瘴気の渦の核だ。
よくよく見れば、病を招く作法が書かれていたことも分かる。
その一点を、晃毅の差し込んだ刃が破ったために、呪符の意味をなさなくなったのだ。
誰がこんなものをと思いながら、晃毅はそれを折りたたんで懐に入れる。意味をなさなくなったとはいえ、呪符は呪符。持ちかえってしかるべき作法で始末してまうのだ。
今度は、懐に入れたところで晃毅には何の作用もない。
何故こんな物が存在しているのかとか、どうして三太がこれを持っていたのかとか、気になることはいくらでもあるが、考えて分かるわけではないことは、一つ一つ片付けていくしかない。
ようやく大きく息をすることが出来ると息を吸い込んで、葉照庵に足を向けた晃毅は、その次に大きなくしゃみをすることになった。
祓ったとはいえ、瘴気は多少なりと、晃毅に影響を与えていたらしい。
ここまで来てくれて、その上十分すぎるほどの手当てをしてくれた医者を、このまま放っておくのは気が咎めたが、晃毅自身はこの誠のそばに長居したくない理由があるし、まだしなくてはならない気がかりなことも残っていた。
それでも、と居住まいを正して頭を下げたのは、誠が医者として出来る限り最上のことをしてくれたことが晃毅に伝わっていたからだ。
「あの、ありがとうございます」
ゆっくりと、思いを込めて下げた頭を戻すと、誠が少し困ったような顔をしていた。
何故と思ったが、その答えはすぐに本人からあった。
「いや。患者に力が残っていなければ、医者が役に立てることは少ないんだ。間に合ううちに呼んでくれて助かったのは、こちらの方だ」
その言葉を聞いて、この人は変わらないなと晃毅は大きく息を吸い込んだ。
姿形も変わって、名前を変えたことも聞いてはいたけれど、本当に変わらない。会うのを恐れてはいたが、こうして本人を前にしてみると、会えてよかったという思いしかなかった。
けれどだからといって、自分の身の上まで明かす気にはなれない。
晃毅は、もう一度頭を下げると、自分ももう戻らなくてはと立ち上がることにした。
「あ……」
だが、誠がまだ何か言いたそうに手を伸ばしかけて止めたので、立ち止まるべきではないと思いながらも、立ち止まり振り返ってしまう。
「……何か?」
「ああ、いや……」
咄嗟に返した声は、固い声になってしまった。拒絶したいわけではないのにと晃毅は悔やんだがすでに遅く、誠もまた声を掛けたことを申し訳なく感じている様子を見せる。
「その、この場でするような話でもないんだ」
誠は困ったというように笑いながら一度目を伏せたのだが、だからといって何でもないとは言わなかった。
「よかったら、後日話をする機会を持たせてもらえないだろうか。わたしが出向いていいのであれば、そうさせてもらいたいが」
この場で身上を聞かれる方が、まだ誤魔化しようがあると思ったが、晃毅はそもそもこうして誠と出会ってしまったなお誤魔化そうとするのが間違いなのかと考えを改めるしかなかった。
この場で誤魔化したところで、長屋の者たちから晃毅の居所を聞くことも、大まかな身の上を知ることも出来るのだ。
晃毅はせめてこの場で、知らぬふりをしたことを許して欲しいと願いながら、誠に向き直った。
「……わたしはここから少し離れた葉照庵でお仕えしておりますので、ご用の時にはそちらにどうぞ」
他人行儀に告げるのも、これで誠と再び縁が出来てしまうのも、晃毅には苦しいことだったが、先ほどのようにまでは固い声にならずに告げることが出来たようだ。
ということは、誠が嬉しそうに笑顔を返したことで分かった。
その笑顔もまた、晃毅自身が重ねてしまった偽りのせいで辛い。
辛さを耐えて表情を変えないまま、晃毅はどうにか頭を下げて外に出ることにした。時間を取られたので、少し急がなくてはならない。
長屋と長屋の間の通路に立って、くるりと周囲を見回すと、ところどころに淀んだ瘴気の残りを視ることが出来た。徐々に薄れていくものは、さほど問題はない。
問題があるとすれば、病魔が吐き出した瘴気ではなく、瘴気を吐き出す病魔だ。
そして、三太がどこでどうやって呪いの作用した病魔などに入り込まれのか。
もし三太と母親が部屋に閉じこもっていなかったら、誰かが部屋を訪れていたら、濃い瘴気に触れた者から病魔に入り込まれていただろう。
三太がどこかで、病魔が入り込むような濃い瘴気に触れていたに違いない。
三太とお夕に入り込んだ病魔は、誠の指示した看病の甲斐もあって、その力を取り戻すことはもうないはずだ。
だが、病魔を三太たちに入り込ませた呪いの大元を、晃毅はまだ完全に封じてはいない。一時、外に溢れないようにしただけだ。
懐の中で、自分に呪いを向けようとしている存在を感じながら、晃毅は人目に触れずに済む場所を探して駆け出した。
たどり着いたのは、葉照庵近くの竹林だ。
寺社の多い場所ではあるが、竹林の中で人の姿を見るのは稀だ。
つまり人目に付きにくい。晃毅は近くに人の気配のないことを確かめると、懐から三太の枕元にあった守り袋を取り出した。
懐に入れた時は、よく視ている暇などなかったが、こうしてみると、袋からじわじわと濃い瘴気が零れてくるのが視える。
どうしてこんな物が三太のもとにあったのか、考えても分からないが、これは消し去らなくてはならないものだ。
この袋を開けることで、一体何が出て来るか。
恐れはあるが、恐れに手を止めていいことではない。
晃毅は呼吸を整えると、守り袋の口を開いて中身を振り落した。
途端、周囲に濃い瘴気が広がった。中心にあるのは、親指と人差し指で作る円ほどの球体が一つ。
目をこらせば、細かく細い文字が連ねられているのが分かる。
呪符の類かと、晃毅は懐から小さな剣を取り出した。細い鞘に納められた、細い両刃。形あるものには、形ある刃が必要だ。
真言を唱えながら、刃を向けた球体を、切ってしまえば終わり。
のはずだが、そう簡単には終わらなかった。
袋から出されたからか、刃が向けられたからか。球体は一層激しく瘴気を吹き出して、晃毅の呼吸を損なわせた。
それならどこまでも拡がっていくのかと思えば、そうはならず、一度は遠くまで拡がろうとした瘴気は、ある時から球体に向けて凝縮を始めた。
結果、ほんの僅かな間に、晃毅の目の前には凝縮された瘴気が渦を巻くことになった。
けれど、晃毅の心中は、袋の口を開いて瘴気が広がった時よりも余程落ち着いていた。あれが流れてさらに広がれば、誰かが病に入り込まれていたことだろう。その原因となるよりは、病を産みだす呪いと相対する方がよほどましだ。呼吸も楽に出来る。
改めて刃を構えなおすと、晃毅は渦巻く瘴気に向かって踏み込んだ。
が、本来実体がないはずの瘴気に当たった刃が、激しい衝撃でもって跳ね返される。人の息に入り込むようなものに、刃が跳ね返されるとは思ってもみなかったが、実と虚を行き来する存在を知らないわけではない。
核を瘴気ごと断ち切るのでは駄目なことが分かったというだけのことだ。
晃毅は渦の流れを読み解こうと、目を凝らす。明らかな弱点などなさそうだが、それでも濃淡くらいはありそうだ。
刃を突き出す機会を窺う晃毅をどのように捉えているのか、渦巻く瘴気はその一部を拡げると晃毅の周囲を覆い始めた。
呼吸を奪おうというのか、晃毅に入り込もうというのか。どちらにしても、ごめんこうむりたいことに変わりはない。
だが、ことが長引けば、いずれ瘴気ごと息を吸い込まなくてはならない。
考えている間にも徐々に息は苦しくなってくる。
これ以上長引かせてはいけないと、晃毅はフ、と小さく息を吐いて、止めた。
それを何の合図としたのか、瘴気は晃毅の頭部に集まり始めた。だからといって無理に入り込もうという気配ではないから、晃毅が我慢し切れなくなるのを待っているのかもしれない。
どのような作用のなすことなのか、まるで相手を甚振るような振る舞いだ。呪いを仕掛けたのは人であろうから、その人物の悪趣味さが伝わるようだと晃毅は表情を歪めた。
感じるのははっきりとした嫌悪だ。
その嫌悪は、呪いを破るための気迫へと転じさせる。
晃毅は残る息をもって、真言を唱え始めた。
口元に蠢いていた瘴気が、消え去る。
病魔にも消し去られる恐怖というものはあるのだろうか、晃毅に伸びていた瘴気が消し去られたことで、渦そのものにも動揺の様子が見てとれた。
それでも決着を急がなくてはならないのは、晃毅の方だ。渦の変化を見逃すことは出来ない。
僅かな濃淡の差を狙って、切るのではなくねじ込むために刃を伸ばし、地を蹴る。
先に瘴気の腕を伸ばしてきた呪いがそれを簡単に許すわけもなく、幾筋もの瘴気が晃毅を押し留めるために形をなし絡みつこうとする。
晃毅は左手に構えた刃をそのまま突き出しながら、近寄る瘴気には右手で結んだ刀印を向けた。
瘴気が伸びるごとにそれを切り払う。
刀印による格子が完成した時には、核を残して、瘴気は全て打ち払われていた。
最後の一撃は、印ではなく、形ある刃で。
瘴気にではなく、呪詛と共に編み上げられた病魔に。
核に刃の切っ先が届いた瞬間。
激しい閃光が晃毅の目を焼いた。
周囲の気配を感じ取ることも、音を聞くことも出来ない時間が、僅かに過ぎる。
晃毅に瞬きをさせ、構えを解かせたのは、カサリという小さな音だった。
視界を取り戻した晃毅が音のした辺りに目を向けると、長方形のしわくちゃになった紙が落ちていた。
刀印を解き、剣を鞘に納めた晃毅は、紙を拾い上げて眺めてみた。
どうやらお守り袋から出てきた、瘴気の渦の核だ。
よくよく見れば、病を招く作法が書かれていたことも分かる。
その一点を、晃毅の差し込んだ刃が破ったために、呪符の意味をなさなくなったのだ。
誰がこんなものをと思いながら、晃毅はそれを折りたたんで懐に入れる。意味をなさなくなったとはいえ、呪符は呪符。持ちかえってしかるべき作法で始末してまうのだ。
今度は、懐に入れたところで晃毅には何の作用もない。
何故こんな物が存在しているのかとか、どうして三太がこれを持っていたのかとか、気になることはいくらでもあるが、考えて分かるわけではないことは、一つ一つ片付けていくしかない。
ようやく大きく息をすることが出来ると息を吸い込んで、葉照庵に足を向けた晃毅は、その次に大きなくしゃみをすることになった。
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