江戸の退魔師

ちゃいろ

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医者

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「誠先生、ここだ、診てやってくれ」
 平助は板間にどんと箱を置いた。小さな引き出しのついた薬箱だ。医者を走らせるために、荷物持ちを買って出たようだ。
 平助の後ろについて入って来た、白い編綴を着た医者らしい姿をしている青年が誠だ。誠は、寝かされている病人よりも先に、晃毅の姿を認めて瞬いた。
 まさか気付かないだろう、と晃毅は内心の緊張を出さないように努めて、頭を下げ、診察をするための場所を譲った。
「先生、早く」
 三太もお夕も、少しはましな様子になったとはいえ、それを知らない平助が誠を急かすので誠も何も言わずに頭を下げると、並び寝る二人の横に座った。
「この湯は?」
 尋ねられたのは晃毅だったが、なるべく目に触れないようにと気配を押し殺すことに専念していたので、答えが遅れた。
「あ、それ、体を温めようって、晃毅師匠が」
 代わりに戸のそばに立っているお麻が答える。
「ししょう……」
 誠は、聞いた言葉の意味を確かめるように首を振ったが、すぐに医者の顔を取り戻した。
「うん、それはいい考えだ。特にこちらの子どもの方は顔色が悪い。悪いが、わたしが診ている間に、足を温めてやってくないか」
 そう言われては、断ることも出来ない。
 晃毅は盥に漬けていた手拭いを絞ると、まだ冷たいままの三太の足に当てる。
 誠は、三太とお夕を診ながら、晃毅にも細かく指示を出したし、平助とお麻が人手になると見て取ると、手拭いを増やすように言ったり、お湯を追加で沸かすように言ったりと、とだ。
 お麻と平助の部屋ではなく、三太たちのいる部屋の竈に火が入り、湯が湧きたった頃には、三太の手足にも血の気が戻り息が随分穏やかになっていた。
「……先生、どんなだ」
 もうすることがなくなった、という頃に、平助がおずおずと誠に尋ねた。
 誠は、三太とお夕それぞれの脈と熱を測ってしばらく考えると、ゆっくりと口を開いた。
「うん、この調子であとは目が覚めれば、大丈夫。起きたら、まずは水を飲んで、それから食べやすい物が食べられるといいんだが」
 誠の言葉に、それを聞いていた三人は大きく安堵の息を吐いた。晃毅の目にも、もう新しく瘴気が漂う様子は見えない。
 それから、お麻が少しかしこまって尋ねる。 
「あの、お団子は大丈夫ですか?」
 それを聞いて、晃毅は団子はまたの機会にした方がとよほど言いそうになったが、誠が真剣に思案を始めたので言い損ねてしまった。
「団子か、そうだな、うん。汁に入ってるように、柔らかいものならいいかな。最初はなるべく小さくしておいた方がいいんだが」
 お麻は嬉しそうにして、晃毅を見る。
「よかった。ね、晃毅師匠」
 晃毅は、自分は別に病み上がりの者にどうしても食べて欲しいわけではないと言いたかったが、お麻の手前それも言えず、不思議そうな顔を向ける誠に、ここで団子が出て来るわけを話さないわけにもいかなかった。
「……二人の調子がここまで悪いと知らなかったので、見舞いにと持って来たのですが……」
 だからといって、無理に食べなくてもよいのではと誠から目を逸らしたが、誠は思いの外に団子に興味を持ったらしかった。
「そういうことなら、その団子を見せてもらえないか」
「え……」 
 どういうことかと不思議に思う顔を、今度は晃毅が誠に向けることになった。
「医者として自分がいいだろうと言ったものは、一応見ておきたいんだが」
 これもまた、そう言われては断れない。
 晃毅は部屋の隅に置いたままになっていた包みを引き寄せると、誠の前に置いて開いて見せた。竹の葉の上に、白い団子が綺麗に並んでいる。
「……美味しそうだな……」
 ポロリとこぼしたのは、誠だった。
 晃毅も、お麻と平助も、つい誠を見る。
 少し間を置いて、三人から見られていることに気が付いた誠が、片手を顔の前に上げて頭を下げた。
「いや、すまない。なんというか、つい。だが、この団子なら、四つくらいに割って汁に入れてゆっくり食べるなら、構わないだろう」
 お麻がそれを、ふんふんとうなずいて聞いている。
 しかしそうするとなると、誰かが三太とお夕の食事の世話をしなくてはならないのだが、と晃毅が考え始めたところで、三太の声が聞こえた。
「……おかあ……、はら、へったよう……」
 驚きに慌てて振り向くと、三太の目が開いていた。
「三太、気が付いたのか」
「大丈夫?」
「よかったなあ!」
 それぞれがそれぞれに声を上げて、真っ先に動き出したのは、お麻だった。
「お団子汁、作るね!」
 それを追いかけるようにして、平助も立ち上がる。
「待て、お麻、だったらほれ、菜っ葉も入れろ! そっちの方が、美味いだろ?」
 食事の心配はどうやらしなくて済むようだ。バタバタと動き出す二人に、晃毅は任せてしまうことにした。
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