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15. 家族

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     『家族』
 
 「ディ……レ、ディー…ディーレッ!!」
 
 遠くから聞き覚えのある声が私を呼んだ。誰かに身体を支えられ、強く揺らされているのを感じる。しかし、身体が動かない。強い力に守られ、酷く心配している声が聞こえているのに、指先ひとつ動かせない。
 
 「ディーレッ!!くっそッ」

 徐々にはっきりと聞こえ始めたその声は、怒りと焦りが垣間見えた。薄らぼやけた目から見えるのは、オディルお兄様の横顔。どうやらオディルお兄様に抱かれるようにして、どこかに向かっているようだった。辺りにはオディルお兄様以外の複数の馬の足音と声が聞こえる。さらに近くからは私の騎士であるフィーデスとリベロの名が聞こえた。

 「お嬢様ッ!なんてこと…!」
 「オディル殿下、ディーレ様!」
 「何故今外出をッ!傷も…魔法をかけられて。一体何があったんだ!」
 
 あの滅多に怒らない優しいオディルお兄様が、耳元で露骨に怒りを表し、それでもあせているのが感じられた。凄いスピードで走っているのか、風をきる音が凄い。こんなスピード感じたこともない。急ぐお兄様を落ち着かせたい。私は無事なんだから…。でも、私の口は動かせない、動かなかった。
 
 「ディーレっ、安心しろ…。もう少しで城に着くから。お前達、この光景覚えておけッ…。ディーレの騎士になったんだろ。何だこの有様はッ!!何の為の騎士だッ」
 「も、申し訳ありません…」
 「本当に申し訳ありません、殿下」
 「リベロ、フェーデス、そんな軽い謝罪の言葉はどうでもいい。何故、ディーレが外出するのを止めなかった?せめて、外出時は俺に報告しろと言っていたのを忘れたのか?」
 「それは…」
 
 何かが私の頬を濡らした。お兄様の声が胸に刺さっていくほど、響いてくる。でも、私の騎士に悪く言わないで欲しい…。全て私が悪いのだから…。誰にも心配かけたくなかった。お兄様もみんなも忙しいもの。隠すように言ったのは、この私。けど、何も考えて行動していなかった…。全て私の責任。少しでも、この口が動けば…お兄様に…!
 
 「答えろ。陛下が選ばれた騎士なのに、これ程までの無能の騎士になってしまったのか。どう報告すればいいのか俺に言え」
 
 初めて聞いた怒りに満ちた低い声。それに強い殺意と力を使っているのを感じる。まるで、お父様と同じ。お兄様は聖獣の伝説とも呼ばれる黄龍との契約者でもある。七龍の一つで、お父様は青龍。お兄様が本気を出せば、結果は目に見えている。ましてや、龍の力を使えば尚更のこと。早く、身体を動かさないと…!それに、敵国の侵略のことも。お願い、早く、動いて…!!
 
 「っ…」
 「も、申し訳─」
 「黙れッ!!この─」
 「お、おにい…さま…」

  ほんの少し、ほんの少しだけ口が動いた。唇を噛んででも動かして、知らせないといけないんだ。彼との約束を伝えるために…。動きずらい口だけではなく、手も必死に動かした。魔力が尽きたからじゃない、なにかが私の身体を縛っているのを感じる。これは今じゃ解けないことも。でも、私だってこんなのに負けない…!

 「おにい…お兄さま……!」
 「ディッ、ディーレッ!!聞こえるかっ!?無理をするんじゃないッ、もうすぐ城に着く!」

      私の声は決して大きい声ではなかった。虫の音のような微かな声しか出ない。それに指先がほんの少し動かせただけ。それでも、オディルお兄様は気付いてくれた。嬉しくて涙が溢れそうだった。でも、今は、伝えるべきことを伝えないといけない。

 「お兄…さま、アストルム国が…攻めて、くるの…」
 「なっ!?」
 「暗殺…される…お父様も…お兄様も…気をつけないと…狙われてる」
 「暗殺だと!?チッ、まさか既に裏切り者がいるのか。こんな時期に」
 「早く対策…を…」
 「分かった。すぐに行う。あと少しで城に着く。もう少しで…」
 「お兄…さま、心配…かけて、ごめん…なさい…」
 「ディーレ…。この件は後で詳しく聞く。それまで─」
 「ごめ……なさ……」
 「おいっ、おいッ、しっかりしろ!寝るな、ディーレ!くっ、城へ急ぐッ!」
 《はっ!》
 
 オディルお兄様の声がはっきり聞こえたのはそれが最後だった。強く身体を揺らされたけど、瞼がどんどんと重くなって、眠たくなっていく。お兄様の強い腕の中は暖かくて、安心する…。ファクトに言われた事も伝えた。これで、いいのよね…。ファクト、貴方は無事なの…かな。無事でいて…。
 私はファクトの無事を祈るしかできないまま、眠りについてしまった。自然と頬に涙が伝っていたのは、私が分かるはずもなかった。
 
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