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序章 きみが灰になったとしても
第29話 大丈夫よりも藍色の
しおりを挟む「痴女だな」
開口一番ダーシュがドストレートに感想を口にした。
「ち、痴女じゃありません!」
フウカが首と両手を同時に振った。
「じゃあ、なんだその恰好は。舐めてるのか。天井に痴女が張り付いていたから、俺は口を閉ざしていたんだぞ」
さっきからダーシュが何も言ってなかったのはそういう事か。いや、失礼だけどこの恰好じゃ、痴女と揶揄されても仕方ないと思う。
「これは我が家に代々伝わる忍びの装束です。それを馬鹿にするなら、私は容赦しませんよ」
「俺とやるのか」
ダーシュが背中にある大剣の柄を握った。
「ちょちょちょい!」ラウラが二人の間に割って入った。
「喧嘩してる場合じゃないでしょ」
「申し訳ございません、姫」
「全く」フウカが腕を組んだ。「失礼な人です」
「ごめんな、うちのダーシュがいきなり変なこと言って」ノウトが手を差し出す。「俺はノウト。よろしく」
フウカがノウトと目を合わせて、その手を取った。
「あなたはまともそうですね」
「こっちがレンで、そこにいるのがラウラとダーシュだ」
「はい。存じてます。皆さん有名人ですから」
「そりゃそうだよな」
「よろしくね」
レンが涼しい笑顔で言ってからフウカの着ているぴっちりとした服に目をやった。
「きみのそれって、薄型の耐日服だよね」
レンの言葉を聞いて、フウカが一瞬目を見開いた。
「先程も言った通り、これは忍びの装束ですが……こちらではそう呼ばれるそうですね」
「これも耐日服なのか」
「ああ。俺が持ってる耐日服は鎧みたいな意匠だから、見た目じゃ分かりにくいけどね。よく見ればところどころ〈闇〉の神機特有の構成が成されてるのが分かるんだ」
フウカが明らかに驚いた顔をした。
「凄いですね、あなたは」
「いつも耐日服を着てるからね」レンが笑ってみせる。
「耐日服を着てるってことは───」
「ああ、フウカは血夜族だ」
「でも、頭に魔人族特有のツノもありますよ」
「そう。そして彼女は魔人族でもある」
「ハーフってことですか?」
「ハーフというよりも、ハイブリッドに近い。新種族と言っても過言ではないだろう」
「聞いたことがあります」ラウラが口を開いた。「ここより遥か西に魔人族と血夜族が混ざった種族が住む島国があるって」
ラウラの言葉を聞くと、魔皇が頷いた。
「そうだ。彼女はそこから来た」
「どうやって……」
ラウラが呟くと、フウカが俯きがちに目を背けた。
「それは、追い追いということでいいだろう」
魔皇が言うと、フウカが黙って魔皇に頭を下げた。何か機密的なことなのだろうか。
「今回の作戦は大地掌握匣を持って帰る際に瞬間転移陣を使うことが必要不可欠になる。その瞬間転移陣を使う役に任命したのが、彼女、カザミ・フウカだ」
魔皇が言ったのち、フウカが一礼した。
「皆は彼女を全力で死守するように。彼女がいれば、いつでも帝都に戻ってくることが出来るが、逆に言えばフウカがいなくなることで帝都へ帰ることが途端に厳しくなる」
「もう、誰も死なせません」
ノウトが言った。
「失うのはうんざりですから」
「うむ。任せたぞ、ノウト、みんな」
「はい」「ええ」「はいっ!」
魔皇の信頼に応えようとノウト達は強く頷いた。
「さて、それでは改めて作戦を確認しよう」
円卓の周りを囲むように皆が集い、魔皇が作戦の概要を説明する。
ざっくりと言えば、大地掌握匣を連邦から取り返す作戦。
大事なのはその経路だ。
大地掌握匣が奪われたままでは帝国側に明日はない。それほどに重要な神機なのだ。瞬間転移陣を駆使しての奪い合いは、正直いたちごっこに近い行為なのではと思ってもいるが、奪われたままではまずい。ひとまず取り返さなくてはいけない。それに、あちら側にはミカエルとエヴァがいる。彼らにもう一度会いに行く為にも行かねばならない。
「次に進行順路だ」
魔皇が卓上に地図を広げた。
「我が国魔帝国マギアとガランティア連邦王国の国境には決して低くない山々が連なっている。この山脈のおかげで連邦側から直接帝国を襲うことは滅多なことではない。ノウト達には今回、帝都南に聳えるこの峠を越えて、連邦に行ってもらいたい」
「迂回してモファナから行けば、オークの集落にぶち当たりますからね」レンが腕を組んだ。
「その通りだ。今回、連邦側にこちらの動向が悟られることを一番危惧しなければいけない。海岸沿いに進み、川を越えて首都ファガラントに向かって貰いたいんだ」
「こうして見ると」ラウラが苦笑いした。「かなりの遠出ですね」
「大きくて目立ちますから、大虎も使えませんしね。徒歩を行かざるを得ないでしょう」
「でも、歩いていればバレないってものなのかな」
「ある程度目立った動きをしなければ大丈夫だとは思うよ」レンがラウラの顔を見た。「連邦側もまさかこんな少人数で侵入されてるとは思わないだろうし」
「それも、そうかな」
「ぱっと見で連邦側か帝国側か分かりずらい魔人族で編成組められたら良かったんだけど、瞬間転移陣が重いっていうのと、単純に身体能力的に、この編成が一番無難って結果になったんだよな」
「うん。こればかりはしょうがないよね」ラウラが頷いた。
「道中は私が案内しますので、ご安心ください」
「それは助かる」ノウトが肩をなでおろした。
「もしかして、大地掌握匣が今どこにあるのか突き止めたのって、フウカ?」
「はい」フウカは言われて嬉しいのを隠すように平然を保っていたが、口許がそれを隠せていなかった。「隠密行動は得意ですので」
「頼りにしてる」ラウラがにっ、と笑った。
その様子を見て、魔皇が頬を緩める。
「出発は明日未明、暁の頃合いだ。各自、準備を怠らず作戦に備えてくれ」
◇◇◇
「ふぅ……」
自らの胸に手を当てて深呼吸をする。大丈夫だ。自分を信じろ。これまで死にもの狂いでやってきたじゃないか。それに、ノウトにはアヤメがいる。何も心配することは無い。為すべきことを為すだけだ。
「アンタ、顔色悪いけど大丈夫?」
ラウラが顔を覗き込んできた。
「大丈夫。うん、大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように声にした。すると、真面目な顔をしたラウラがノウトの腹に手を当てた。
「ゆっくり息吸って」
ラウラの言う通りに従う。ノウトが限界まで息を吸った瞬間に、今度はラウラがノウトの胸に手を触れさせた。
「少しづつ吐いて」
ふぅ、と息を吐いていく。すると、ラウラがいたずらっぽく笑ってノウトの背中を叩いた。
「いっ!?」
「しゃんとしな、ノウト。きっと、上手くいくから」
少しだけ痛む背中を擦りながら、ノウトはラウラを見て、
「おう」
と、そう頷いてみせた。
「申し訳ございません、姫。遅れ参じました」
瞬間転移陣が収納されたかなり重そうな背嚢を背負ったダーシュが現れた。その後ろにはフウカとレンもいた。
「ごめん、メフィから少しだけ説明を受けててさ」
「ああ、大丈夫」
「ノウト、そればっかりじゃん」
「大丈夫って口に出せば安心できるんだよ」
「それは分からなくもないな」
「だろ?」
「気休め程度にはいいかもね」
「そう言えばフウカ」
「いかがしました?」
「もうすぐ日が昇るけど、頭覆わなくていいの?」
「はい。私は完全な血夜族ではないので、頭は耐日服で覆う必要は無いんです。正確には鎖骨から上辺りからは陽光を浴びても灰にはなりません」
「そうなんだ」
「それって、頭部は血夜族の再生力がないってこと?」
「いえ、試すのは嫌ですが、再生力は全身で統合されてます」
「ほんとにハイブリッドじゃん」
「はい。ですから私を守る必要も特にありませんのでご安心を」
「守るよ」
ノウトが言った。
「守ってみせる」
フウカは不思議そうな顔をして、ノウトを見た。
「さ、みんな、日が昇る前に出発しよう。忘れ物はないかい?」
レンの言葉に皆が頷く。
夜明け前の藍色の空を仰ぎながら、ノウトたちは遠征への一歩を踏み出した。
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