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序章 きみが灰になったとしても
第26話 何もかも、終わらない
しおりを挟むどうしてだろう。なんで。なんで。
全部、分からないことばかりだ。なぜ勇者は召喚させられたのか。なぜ魔皇を倒す必要があったのか。なぜ記憶が失くなっているのか。なぜアヤメはノウトのことを知っているのか。なぜフィーユ達が死ななくてはいけなかったのか。どうしてここに有栖ではなくノウトがいるのか。
全部、全部、全部。
分からない。
でも、それが人生で、絶対の答えが存在しないのがこの世界だ。答えを自分の目で見ない限り、それは不確かな事情だ。聞いたこと全てが正しいなんて思わない方がいい。それならば、これはどういうことなのだろうか。
帝都は何事もなかったかのようにいつもの賑やかさを保っている。それが逆に恐ろしかった。フィーユ、シャーファ、ルーツァ、それにミファナはこの世にいないのに、この世界はそれとは関係なく続いていく。
「……ノワ=ドロワは早く帝都に戻るべきだと言っていた。あれはブラフだったのか?」
『わたしには、それは分からない。でもこの場合は何か起きたって考えた方がいいよ、ダーリン。何か「コト」が起きてからじゃ対応が間に合わない』
アヤメは慎重に喋る。ノウトが唾を飲み込んだ。どうしてか喉が痛い。ずっと水を飲まずにワティラに走ってもらったからだ。
「ワティラ、城近くの虎舎まで行けるか?」
ノウトは言うが、ワティラはうんともすんとも言わずにノウトの後ろに着くようにただ歩き続ける。チナチナはワティラの背中で眠っているままだ。
ノウト達は既に帝都に来ていた。大虎であるワティラを商業区に放つ訳にはいかないのでなるべく人通りの少ない通りを通って魔皇城へと向かう。隣の通りから人々の喧騒が聴こえる。
誰かがいなくなっても、世界は回り続ける。そして、何かが起きても。
「ノウト!!」
頭上から声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。聞き覚えしかない。
「ラウラ」
ノウトが彼女の名前を呼んだ。見上げると屋根の上にラウラがいた。ラウラは身軽に音もなく飛び降りてノウトの前に立った。
「アンタ、こんなところでワティラ連れて何してんのー? こっちは大変だったんだから」
どうやら、伝令兵の帰りの連絡が行く前にノウトがここに着いたようだ。これは、ノウトの口から語らないといけないのか。胸が痛い。
「……ごめん。……ごめん、ラウラ」
「ごめんって……何。どしたの」
ラウラと目を合わせられない。どうしても逸らしてしまう。
「そう言えばシャーファ達一緒じゃないの?」
その名前がラウラの口から零れて、ノウトは膝から崩れ落ちそうになった。そうだ。シャーファ達はみんな、……死んでしまった。ラウラはシャーファやルーツァを率いる隊のリーダーだ。彼らがいなくなったことを知ったらどんな反応をするか、想像に難くない。
「……ラウラ、お前の方から聞いていいか? 何か、伝えたいことがあるんだろ」
「ん、ああ、そう。アンタたちがいない間にこっちでとんでもないことが起きたんだよ」
「とんでもないこと?」
「ああ、城が奇襲されたんだ」
「き、しゅう?」
その言葉がノウトの胸の中にゆっくりと下りてきた。昨晩のエヴァのことを思い出す。あれはまさに奇襲だった。憤る気持ちがふつふつと湧いてくる。ただ、恨みを晴らしたところで起こった結果には何も影響はない。今は気持ちを落ち着かせろ、ノウト。
「奇襲って、具体的に何が起きたんだよ」
ノウトが言うと、ラウラが一瞬空を仰ぐように上を見て、それからノウトの耳に顔を近付けて口を開いた。
「〈大地掌握匣〉が連邦に奪われたんだ」
「グラン、アルカ……」
それは、こちら側が有する数少ない高位機に属する神機だ。大陸の全容を俯瞰した究極の地図を作り出すことが出来る。これを手にすれば相手が軍単位で進行していれば確実にそれを知ることが出来る。〈大地掌握匣〉があったおかげで帝国は今まで難を逃れてきたと言っても過言ではない。
「……それは、マズいな。本当にマズい」
ノウトは顎に手を触れた。ラウラの話が本当なら連邦を対処出来る神機がなくなったも同然だ。
「というか、あれって三メートル四方のでかい匣だろ? どうやって盗まれたんだ? それに、奪った奴はどこに行ったんだ」
「それは……」
ラウラは言葉を濁した。どうしたのだろう。ラウラらしくない。
「立ち話もあれだし、一旦城に戻って話そうよ」
「あ、ああ、分かった」
ラウラがワティラを撫でた。そう言えば……。
「ラウラはこんなところで何してたんだ?」
「ん? ああ、あたしは城からアンタとワティラの姿が見えたから跳んできただけ」
「……相変わらず超人だよな」
ノウトは苦笑いしたのち、小さくため息をついた。ルーツァやシャーファのことを言い出しにくくなる心情を密かに感じていた。
◇◇◇
ワティラを虎舎に戻して、チナチナを彼女の部屋に寝かしてから、ノウトたちは城に着いていた。
メフィを交えて、彼女の部屋で会話を続ける。いつもながら薄暗い部屋だ。ノウトは辺りを軽く見回して、メフィとラウラの顔を交互に見た。
「それで、どうやって〈大地掌握匣〉は盗まれたんだ?」
ノウトが聞くと、メフィは腕を組んで、一瞬考えるようにしてからノウトを見上げた。
「まず、今回の相手の作戦は、二年前の戦役から始まっていた。ノウトが初めて戦場に立ったあの戦役じゃ」
今でもあの戦いのことをはっきりと思い出せる。ラウラに命を救われたこと。ダーシュやシャーファたちの強さに圧倒されたこと。そして、ゴーレムに襲われたノウトを魔皇が救ったこと。
「あの戦いが全部相手の作戦だったのか?」
「もちろん、全てが策のうちというわけではない。あの戦線、フロンティアを保つという意味でも成り立つ戦役だった。ただ、ひとつ相手にこちらの思惑がばれていたのじゃ。それに、わしは最後まで気付けなかった」
「それって……」
「あの鉄塊兵だよ」
ラウラが口を開いた。メフィが頷いて、言葉を繋げる。
「帝国は連邦にゴーレムと凶魔の技術だけは劣ってると言わざるを得なかった。だからこそ、わしと魔皇は事前に話を合わせて、相手がゴーレムを使用してきたならそれを奪って解析するという策を立てていた」
メフィは目を逸らして、言葉を漏らすように次のセリフを吐いた。
「じゃが、連邦はこちらより一枚上手じゃったみたいでのう」
「……もしかして、わざと奪われるようにゴーレムをあの戦場に配置したってことか?」
「今ので分かったのか。話が早いの、ノウト」
「いや、………」
エヴァが言っていたことを思い出す。──そうか、そういうことか。
「ミカエルを通じてこちらのことが全てバレていた。だからこそ〈大地掌握匣〉を奪えたんだ。この二年間で入念に準備を進めて、それからこの日を迎えた……」
話が繋がった。今まで全部、連邦の手のひらで転がされてたんだ。ミカエルは不本意ながら連邦に手を貸して、その結果〈大地掌握匣〉は盗まれた。
「……ノウト? なんでそこまで話が分かってるの?」ラウラが怪訝そうな顔でノウトの顔を覗き込んだ。
「それは………」
ノウトは眉をひそめて言葉を濁した。言えない。シャーファ達がいなくなったことを伝えられない。
「後で言うよ、絶対。今はこっちの手の内がバレている状態であの大きさの〈大地掌握匣〉を如何にして奪って消えたのかが聞きたい」
ノウトが言うと、メフィが頷いて口を開く。
「不死王率いる連邦が持っている神機の中でも非常に厄介な代物、〈空間〉の神機〈星瞬転移機〉。これの発動条件をあのミカエルが意図的かどうかは分からぬが、結果的に整えていたのじゃ」
メフィが部屋に隅に目線をやって、それからノウトに目線を戻した。
「こちらが所有する〈空間〉の神機のレプリカである〈瞬間転移陣〉は転移後と転移前に最低でも二つ陣を置かねば瞬間移動出来ぬ。しかし、〈星瞬転移機〉は転移先の座標が分かりさえすればどこにだって瞬間移動出来る。つまり、ミカエルがこちらに来た時点で相手は城への座標を手にしていたということになる」
「……まぁ、そうだよな」
相手が〈星瞬転移機〉でこちらに来ていたことは分かっていた。でなければ奇襲は出来ない。だが──
「仮にこちらに飛んでこれたとして、こっちは相手にとって敵だらけだし、あの大きさの〈大地掌握匣〉を奪って本土に帰るのも不可能じゃないか? 〈星瞬転移機〉は送ること専門で帰るのに使うことは出来ないし」
「その意見はもっともじゃな」
メフィが俯いて、何か考えてから顔を上げた。
「簡潔に言おう。相手は〈瞬間転移陣〉を持ちながら〈星瞬転移機〉で〈大地掌握匣〉のある地点まで跳んできた。そして持ってきた〈瞬間転移陣〉を使って連邦に帰ったのじゃ」
メフィの言ったセリフに言葉を失った。そして、一秒後に腑に落ちた。
〈瞬間転移陣〉は転移後と転移前に置いて相互に移動するもので、〈星瞬転移機〉は座標さえ分かればどこにだって跳べるという神機だ。
ただ〈星瞬転移機〉───というかレプリカではない本物の神機は必然的に大きいので持ち歩きは不可能だ。だからこそ〈瞬間転移陣〉と〈星瞬転移機〉を組み合わせることで敵地に着いたとしても帰ることが可能な策を思い付き使用した、ということか。
「その証拠に〈大地掌握匣〉を格納していた部屋には連邦産の〈瞬間転移陣〉が落ちていたのじゃ」
「なるほど、理解した。つまり、相手側からしたらこちらの手の内が分かった今、連邦側はどこにでも跳んで来れて、すぐに帰れるってわけか」
ノウトが言うとラウラが曖昧な表情で腕を組んだ。
「うーんややこしくて、あたしはよく分かんないけど……お互いに制約のある神機同士を上手いこと組み合わせて無理やり奪ってきた、ってことだよね」
「そういうことじゃな。もちろん、神機の使用に魔力を使うから、そう何回も連続して使えないがの。恐らく、いや確実に今回〈大地掌握匣〉を直接奪ったのはノワ=ドロワの仕業じゃろう。あやつの無尽蔵にも近い魔力がなければここまでの芸当は出来ぬ」
「ノワ=ドロワ……」
昨晩、ノウト達の前に現れてエヴァとミカエルを連れ去っていったあの女だ。戦場に立ったものならば誰だって知っている名前だ。
まさかノウトの前に立ったあの時も、突然消えたかのように見えたが、おそらく〈瞬間転移陣〉で移動していただけだったのだろう。
「多分、ノウト達を向かわせたモファナでの凶魔鎮圧も連邦側の陽動だったんだろうね。ノウトはよくあの部屋にいて神機を調べてたから」
「用意周到な連邦側の考えることじゃ。そこまでも策として考えていいじゃろうな」
「そいえば、ノウト。ルーツァとシャーファはどうしたの。あいつらにも〈大地掌握匣〉が奪われたこと伝えないと」
ラウラがノウトの顔を見た。ノウトは、どういう顔をすればいいのか分からなかった。
それに、今自分がどんな顔をしているかも、分からなかったのだ。だからだろう。メフィがノウトを見て、それから顔色を変えて口を開いた。
「まさか……」
メフィの反応を見たラウラがきょとんと首を傾げた。
「えっ、なになに。どうしたのメフィ」
「あやつらに限ってそんなわけないと思っていたが……」
メフィは口許を覆って顔を伏せた。
「魔皇の反応がおかしいと思ってはいた。だが、そんなことが有り得るのか……? いや、有り得るからこそ、ノウトと魔皇はこんなにもおかしな反応を見せているのじゃな……」
呟いて、ノウトの顔を見た。
「ノウト、そういうことなんじゃろ?」
メフィは勘づいているようだ。ノウトは、自らの情けなさに打ちひしがれながらもただ静かに頷いた。ラウラだけが未だ理解していない。
「ノウト、ラウラ。魔皇のところへ行こう。みなで話し合うのじゃ」
メフィが言って、ノウトは肯定した。ラウラは戸惑っている。それは当たり前だ。いなくなるはずのない人が、もうこの世界にいないなんて考えられない。
今一緒にいる人は明日も当然一緒にいると思ってしまう。でも、それは違う。みなに平等に明日が与えられるわけじゃない。
ミファナも、シャーファも、ルーツァも、そしてフィーユも。
みんなが迎えたかった明日は、既に今日となってノウト達を襲う。
いつか、ラウラも彼女らがいなくなったことを知るのだろう。そして哀惜に暮れるのだ。
その瞬間が来るのは明日かもしれない。今日かもしれない。それは、誰にも分からない。分からないんだ。
────────────────────────
【序章 登場人物紹介Ⅱ】
《帝国軍》
──魔皇──
魔帝国マギアを治める皇帝。真っ白な髪に真っ白な肌。誰もが見惚れる美貌を持つ。勇者であるノウトを救い、養うと決意した。国民、統治領民全員の名前を覚えて、皆のことを愛している。
──ノウト・キルシュタイン──
〈殺戮〉の勇者で、触れたものを殺す神技を所持している。エヴァとの戦闘で〈殺戮〉の神機である漆黒の刃を持つ剣を手に入れ、それに宿る〈殺戮〉の女神であるアヤメと出会う。
──ラウラ・ロンド──
亜麻色の髪をした猫耳族の少女。猫耳族の国モファナの姫でありながら、血濡れの姫隊という小隊のリーダーも務めている。ノウトの剣術の師匠。血濡れの姫隊のメンバーみんなが大好き。
──メフィス・フラウトス──
愛称はメフィ。クリーム色の長髪を携えた小足族と魔人族のハーフ。魔法を構築する技術に長けており、魔皇の直属護衛兵でありながら帝国の魔術研究所所長も務めている。面倒くさいことが嫌い。最近はシファナのつくるプリンを楽しみに日々を過ごしている。
──ロストガン・ヴァン=ユウグルア──
王位継承権第二位の血夜族の王子。楽観的な性格で、ノウトに誰も殺さないという戦闘術『不殺術』の修行を行った、ノウトの戦術の師匠。血夜族にも関わらず、魔法を使いこなし、特に〈氷〉魔法を得物としている。
──ミファナ──[死亡]
猫耳族《マナフル》の少女。シファナの姉。ノウトがこの世界で初めて救った猫耳族であり、ノウトが生きるきっかけをくれた優しい少女。料理が得意で、いつかノウトのそばで美味しい料理を振る舞い過ごすことが夢だった。
──シファナ──
魔皇に仕える猫耳族のメイド。
一切の冗談が利かない真面目な性格。ノウトのことを『ノウトきゅん』と呼ぶ。本人の前ではなかなか素直になれないがお姉ちゃんっ子だった。
──フィーユ──[死亡]
猫耳族のメイド。
茶髪セミロング。ノウト以外には基本優しい女の子。
ルーツァの妹。メイド仲間や魔皇、メフィやラウラたち、みんなのことが好きだった。ノウトに淡い恋心を抱いていた。
──ミャーナ──
猫耳族のメイド。白髪ロング。
言葉数が少なく、大人しい性格。リンタール孤児院出身。
──チナチナ──
猫耳族のメイド。
語尾に『にゃ』を付けて喋る一切言動が読めない非常識人。ノウトにことあるごとにちょっかいを出す。何事にも熱しやすく冷めやすい性格。エヴァに襲われた中、チナチナだけが生き残った。
──エスカ・ヴァン=メエル──
魔皇に仕える血夜族のメイド長。戦闘から炊事洗濯、治療までなんでも出来る多芸多才な人物。
──ダーシュ・ヴァーグナー──
血濡れの姫隊のメンバー。猫耳族の無口な男。モファナの姫君、ラウラの直属護衛兵。大剣を得物としていて、身の丈ほどの剣を軽々と振るう。
──ルーツァ・メルア=ウルオリク──[死亡]
血濡れの姫隊のメンバー。猫耳族の軟派な男。ただ一人の妹をこの世の何よりも愛していた。
──シャーファ・イリオール──[死亡]
血濡れの姫隊のメンバー。淡い栗色のロングヘア。猫耳族の真面目な女。ルーツァとダーシュに手を焼いていた。猫耳族で槍術に於いて、彼女の右に出る者はいなかった。家族と、そして同じ隊の人たちを愛していた。
──ローレンス・ヴァン=レーヴェレンツ──
血夜族の王子。王位継承権は第六位。親しい人物に『レン』と呼ばせている。青髪で端正な顔立ちをしている。ロストガンとは違い人格者。〈闇〉の神機である耐日服を身にまとい、戦場に降り立つ。巷では黒騎士と呼ばれる。
《連邦軍》
──不死王──
魔皇と敵対するガランティア連邦王国の国王。不死であり、不老の存在。男か女かも不明。その姿を見た者は指で数える程しかおらず、彼、もしくは彼女が戦場に降り立つのを見たものは誰一人いない。
──ノワ=ドロワ──
不死王の側近であり、大陸でも随一の魔導師。
魔力の量が尋常とは比にならない。普段は真っ黒な下着姿に、頭に目深に被ったつば付きの黒いとんがり帽子を被っている。
──ミェルキア・フォン=ネクエス── [死亡]
ガランティア連邦軍率いる純白騎士団の団長。
首を斬らない限り死なない極位魔人であり、〈焔〉魔法と剣の技術においては連邦で彼の前に出る者はいなかった。妹と祖国のことを愛していた。
──エヴァ・ネクエス──
ガランティア連邦軍の隠し玉であり、秘密兵器の剣士。兄であるミェルキアのことをこの世の何よりも愛していたが、それが突如帝国の手によって奪われ、逆襲を企てる。凶魔を従える術を持っており、ミカエルの視覚と聴覚を通じて帝国の情報を得ていた。
──ミカエル・ニヒセフィル──
真っ白な毛並みを持った、会話が出来る友好的な凶魔。全体の造形としては猫に近いが耳は兎に似ている。二年前の戦役でゴーレムに入り込んで帝国軍を荒らした。結果、その戦いで負け、その後はメフィに介抱されていた。アキユという名の飼い主がいる。
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