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序章 きみが灰になったとしても

エピローグ この涙よ届けとばかりに僕らは泣いていた

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 降り続ける雨はまだ止まない。
 まるで、ノウト達の心情を表しているかのようだった。
 ノウトは宿に戻ってきていた。フィーユ達を置いてけぼりにはできないから。
 ノウトの翼は消えていた。アヤメ曰く、いつでも出したり消したりできるらしい。
 チナチナがノウトの肩に頭を預けて眠っている。疲れて眠ってしまったようだ。ミカエルはノウトの膝の上で眠っていた。エヴァによって気絶させられてしまったけれど大事はないから安心していいらしい。
 エヴァは部屋の片隅に立っていた。彼女はノウトとアヤメの神技スキルによって人に危害を加えることは出来なくなっている。もう彼女が罪を犯すことはないだろう。
 エヴァは許されないことをした。
 でも、それと同様にノウトも許さないことをした。
 エヴァの兄である純白騎士団団長ミェルキア・フォン=ネクエスを殺してしまったし、エヴァの使役した家族同然の凶魔ロゴスを殺したのもノウトだ。
 みんな、みんな、罪を被って生きている。

「……私を、殺さなくていいんですか?」散々泣き喚いたエヴァは瞼が腫れている。

「そんなことしないよ。誰も殺し合わなくていい世界、───みんなが救われる世界が俺の望む世界だ」

「じゃあ、私を慰みものにしたりとか──」

「するわけないだろ、何いってんだよ」

 ノウトは目を逸らした。

「ノウトさんは、伴侶はいるんですか?」

「はんりょ?」

 一瞬、言葉の意味が分からなくて繰り返した。

「ああ、伴侶ね。伴侶、……うーん、伴侶か……」

「ラウラさんですか? それともシファナさん? それともお隣で寝てるチナチナさん? まさか魔皇さまとかですか?」

「なんでラウラのことを知って──……ああ、そうだった。エヴァはミカエルからみんなを見てたんだったな」

「ええ。皆さん楽しそうで、私は羨ましかった。たぶん私は、皆さんの隣に寄り添いたかっただけなんですよね」

「だったら最初からそう言えば良かったのに」

「……え?」

「魔皇城は誰でも大歓迎だからさ」

「ぷっ」

 エヴァは吹き出して、

「あははははっ」

 それから笑い出した。

「あなたは本当におかしな人ですね」

「よく言われるよ」

「知ってます」

 エヴァは笑った。

「それで、さっきの質問ですけど」

『ダーリンの伴侶はアヤメにきまってるじゃんね?』

「いやいや、何言ってんだよ」

『だってダーリンはアヤメのダーリンだからアヤメはダーリンのことダーリンって呼んでるんだよ?』

「ダーリンダーリンうるさいよ、アヤメ」

『もう。アヤメのおかげでチナチナちゃんを助けられたのに。ダーリンのいけず』

「ごめんって」

「ノウトさん」

「ん?」

 エヴァが不思議なものを見るようにこちらを覗いていた。

「さっきから誰と話してるんですか?」

「……あっ」

 ───なるほど、そういう感じ……。アヤメの声は他の人に聞こえないのか。
 ノウトは目線を下ろして、本来エヴァが持っていた剣を見つめる。

「これ、返した方がいいよな」

「いえ、あなたが本当の持ち主のようですし、……それに、私はもう何も持たなくていい。どんなものを持つ資格もありませんから」

 エヴァは目線を逸らして、それからもう一度ノウトを見た。

「ノウトさん、私を伴侶にしてくれませんか?」

「はぁ?」

「愛人でもいいです。私がどれだけ尽くしてもこの罪を償うことはできないれど、でも、あなたを少しでも支えたい。私はあなたを傷付けることは絶対にありませんので、お役に立てると思います」

 エヴァは本気だった。ここでノウトが笑ってごまかすのは違う。
 一瞬、頭にミファナの顔が浮かんだ。

『救けて下さってありがとうございます。あなたは──あなた様は私の命の恩人です。この命、あなた様に全て捧げる所存にあります』

 ミファナとこの街で初めて会ったときにそう言われた。ノウトに救われて、でも、エヴァに命を奪われて。彼女は報われたのだろうか。

「ノウトさん、どうですか?」

「どうって……」

 エヴァは控えめに言っても悪くない容姿だ。ミェルキアによく似て、気品がある。正直、可愛らしいと思う。でも、それとこれとは話が別だ。

「俺には、心に決めた人がいる」

「それは、誰ですか?」

「有栖─……アリスっていうんだ」

「私の知っている限り、その方は魔皇城にはいませんよね? 故郷にいるのですか?」

「そうなんだ。ふるさとに、彼女はいて……いつか帰ろうって思ってて……」

 どうしてだろう。アリスの顔を思い浮かべたら涙が出てきた。そうだ。もう、彼女はいないんだ。でも、ノウトの伴侶は彼女だ。彼女しかいない。

「好きなんですね、アリスさんが」

「ああ、……大好きだったんだ」

 ノウトの頬が濡れた。もう泣き尽くしたと思っていたのに、嘘みたいに涙が零れた。

 灰になった彼女が、この手から溢れて、彼女が死んでしまったのだと、確信してしまった。
 でも、彼女が灰になっても──


 ──きみが灰になったとしても。


 俺は生きなくてはいけない。
 人は生きていれば、何かを失わざるを得ない。
 大切なもの。大切なひと。大切なこと。
 形あるものは全て、いつか滅びるようにデザインされている。
 俺らはみんな、死んでいく。
 生と死の螺旋にただ否応なく従う。
 だからこそ、死に抗わなくてはいけない。
 死という定められたことわりに抗わなくちゃいけないんだ。




























「ノウトくん」

「んー?」

「せっかくつくったのに、誰も来ないね」

「そりゃそうだろ、なんだよ。レスキュー部って」

「かっこいいじゃん! カタカナだし、スタイリッシュな感じするし!」

「発想が小学生なんだよ。俺らもう中学生だろ?」

「もう! 部活つくるって言ったとき結構ノリノリだったじゃん、きみ!」

「い、いや! でもレスキュー部には最後まで反対したぞ! もっと、こう『お助け部』とか『スケット部』みたいなのあったじゃん!」

「もう、今更文句言わないの。名前なんて関係ないでしょ」

「それは、まぁ、そうだな、うん」

「ごめん、遅くなった」

れん

「どうぞどうぞ席空いてるよ」

「ありがとう、有栖ありすさん」

「いや空き椅子ばっかだろ」

「ほんとだ。えい」

「いや俺の膝の上乗んなよ!」

「じゃあ俺は肩の上かな」

「いや蓮、お前! 重いから降りろ! ちょっ、お前も膝の上で暴れんな!」

「ふっふーん、特等席」

「いやぁ羨ましいな、有栖さん」

「ったく……」






















 ノウトの頭の中を一瞬のようで永遠のような『何か』が流れた。それは夢と同じようにすぐに内容は薄らいでいき、次第に消えてなくなった。

「………なんなんだろな、これ」

 最近、本当によくある。風船の紐を掴んだと思ったら、掴んでいなくて、それは天高く飛んでいってしまう。

「それでは愛人ではだめでしょうか?」

 エヴァがノウトと目を合わせた。

「どこの世界に愛人を強請ねだるやつがいるんだよ」

「ここにいます」

「そういう屁理屈じゃなくてさ。とにかく、俺はそういうのいいから。他を当たってくれ」

「私を救うって言ってくださったのに?」

「救うって言って相手を愛人にする勇者がどこにいるんだよ」

『ここにいるよ』

「いやいないから!」

 またしてもアヤメの言葉に反応してしまったけれど、まぁいいか。エヴァにどんな目で見られても、痛くも痒くもない。

「………ああ……」

 どうにもならないことを、どうにかしたくて。ノウトは今ここにいる。アリス、俺は生きてるよ。どこかにいるであろう彼女に、ノウトはそう告げた。
 その瞬間だった。

『ダーリン! 外見て!』

 アヤメが劈くような声で言った。

「こんばんは」

 そこには、女が立っていた。背が高く、細身だ。そして、その女は真っ黒な下着しか身につけていなかった。頭にはつば付きのとんがりを帽子を被っている。
 その女には雨がかかっていなかった。女の周りに空気の球が生まれ、それが雨を遮っていた。

「お初にお目にかかります、勇者様。ワタシはノワ=ドロワ。ガランティア連邦王国、不死王ファガラウス様の専属魔道士でございます」

 ノウトはチナチナを抱いたまま立ち上がった。気付くと、エヴァはノウトの視界から外れていた。エヴァはノワ=ドロワの球の中で浮いている。見ると、ミカエルもその透明な球の中を浮いていた。

「この度は勇者様のお仲間に失礼をしてしまったことを深くお詫びさせていただきます」

「ミカエルとエヴァを、どうするつもりだ……?」

「どうもこうも、見ての通りですよ」

「………ッ」

 ノウトが彼女に手を伸ばすも、透明な球がそれを邪魔した。

「そうはいきません。彼らはワタシの家族。そしてワタシはワタシ。アナタではないのは確かな事象です」

 ノワ=ドロワは要領を得ない台詞を吐いた。

「それでは、最後に。帝都には早く帰った方が良いかと存じます。では」

 ノワ=ドロワは煙に巻かれるように姿を消した。
 突然の出来事にノウトは唖然としながらも、ただひとつ確かな事実を知っていた。それはミカエルとエヴァは殺されていないということ。
 死んでしまったら、そこで終わりだ。
 ノウトは知っている。
 ノウトは彼女を失ったから。アリスを失ったから。
 だからもう、なにものも失いたくない。
 失ってたまるか。

『ダーリン、もちろん取り返しに行くんだよね』

「ああ、当然だ。絶対に救ける」

 ノウトは決意した。救うんだ。命ある限り、救うことはできる。

「奪われるだけの俺たちじゃないことを証明してやろう、アヤメ」

 







 あのエピローグのつづきから 第二部[完]











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