あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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序章 きみが灰になったとしても

第18話 遥か彼方の君を

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「ちょっと、ノウト。話聞いてるの?」

「……えっ、ああ。ごめん」

「もう。ちゃんとしてよね。今日は大事な日なんだから」

 ノウトは周りを見渡した。長机の短辺、ノウトの右側には魔皇が座り、正面にラウラ、左にロストガン、少し離れた位置にユークレイスの使いである森人族エルフの女の子が座っている。彼女の名前はスピネで、ノウトが会ったのはこれで三回目だ。

「悪い。……ちょっと昨日見た夢のこと思い出してて」

「夢?」ラウラが首を傾げた。

「ああ」とノウトが頷く。

「夢を見たことは覚えてるんだけど、どんな夢だったか覚えてなくて。……それなのに、その夢が大切なことも知ってるんだ」

「意外です。ノウトセンパイってば、けっこうロマンチストなんですね~」

 スピネが間延びした声でそう言った。

「ノウトは真の勇者になる者だから当然だな」

「ちょっと魔皇様。真顔で茶化さないで下さいよ」

「何を言っている。私は至って真面目だ」

 魔皇が控え目に笑った。

「それで、……夢か。確か以前も似たようなものを見たと言ったな」

「ええ。大切で、忘れちゃいけないはずなのに、起きたら忘れてて」

「なにそれ、めちゃくちゃじゃん」

 ラウラが鼻で笑った。

「ああ。我ながらおかしいと思うよ」

「いや、別におかしな話じゃねぇ」

 ロストガンが机にどさっと足を乗っけた。魔皇がそこにいるのにこの男はそういうことはお構い無しだ。

「おもしれーじゃねェか。その夢ってやつ探れば勇者の謎がひとつ深まるかもな」

「勇者の謎……」

 単純にノウトがそのフレーズを復唱する。

 ノウトは勇者だ。
 でも、勇者がなんなのかは自分自身でも分からない。
 魔皇を倒せば記憶が戻ると言われて神技スキルを持たされた記憶喪失の人間。正直な話、我ながら意味が分からないという感想しか出てこない。

「あとでメフィに相談するといい。それが一番手っ取り早いだろう」

 そう言って魔皇が微笑む。

「そうですね。メフィスに会った時、少しこのことについて話してみようと思います」

 ノウトはそう言ってから、頭の後ろに片手をやった。

「あ、……っと、すみません。話だいぶ逸れちゃいましたね」

「まったく、ちゃんとしてよね」

「ごめんって」

「まぁでも」ラウラは頬杖をついてノウトを見つめた。「ノウトがここまでくるなんてね。初めは全然そんな気しなかったよ」

「酷いなラウラ。俺は精一杯やってたのに」

「オレは初めから信じてたぜ、ノウト」

 ロストガンがにィと笑う。

「修行内容はやばかったですけどね。何回か本当に死にかけましたし」

「でもそんなオレのことが~~?」

「好きです」

「イエェ~」

 ノウトとロストガンがハイタッチする。「なんなのこの茶番……」とラウラが軽く引いていた。これでいいのだ。普段余裕を見せることもロストガンの戦術のひとつだと、そう教えられた。……まぁ、騙されてたら話は別だけど。

「ま、ノウトはオレの想像を超えて強くなった男だ。自信を持っていいぜ」

 ロストガンが口許を歪ませた。

「半分はロス先輩のおかげです」

「もう半分はァ?」

「魔皇様のおかげです」

「いやあたしでしょ! アンタ本気でぶん殴るよ! いやもちろん魔皇様のおかげもあるけどね!」

「冗談だってラウラ」

「初めはあんなに純情だったノウトがロスに汚された……」

「んっんー」ロストガンは得意げにニヤけた。

「アンタのせいだからね、もう! 汚い戦術ばっかりノウトに叩き込んで!」

「でも~~、ラウラはそんなオレのことが~~?」

「死ね!」

 ラウラがロストガンの頭を文字通り蹴り飛ばした。ころころと頭だけが転がり、瞬きをする間にそこから身体が再生する。血夜族ヴァンパイアの再生力はとんでもないが、その中でもロストガンは特にとんでもない。

「駄々こねてたら話進まないだろ、ラウラ」

「アンタも頭だけにしてやろうか……」

「冗談だって」

 さすがのノウトも頭を蹴り飛ばされたくないので首を振った。

「はははっ」

 魔皇が口を抑えて笑った。それをみんなで凝視してしまった。どうしてか、その様子を見て、とても可愛らしいとノウトは思ってしまった。

「いや、すまん。君らのやり取りがおもしろかったものでな」

「え、あ……、そうですか。……えへへ」

 ラウラはなんだか満更でもない様子だ。
 魔皇とノウトは目が合って、ノウトは目を逸らさなかった。魔皇のその魔眼が煌めいて見えた。

「ノウト、こっちに来てくれるか」

 魔皇が言って、ノウトは立ち上がった。魔皇の傍により、それからこうべを垂れて跪いた。

「こうして、ノウトを交えて皆で笑い合える日をずっと私は夢に見てたんだ。二年前にノウトと出会って、そこから日々を共にして、それで今日を迎えることが出来た」

 この二年間は長かったようであっという間だった。たくさんの人にお世話になって、ノウトはここまで強くなれた。心も身体も、強くなれたのは他でもないみんなのおかげだ。

「ノウトはどんなことにも懸命に取り組み、確かな力を得た。そして、先の戦いでは見事純白騎士団団長ミェルキア・フォン=ネクエスを討ってみせた」

 魔皇がノウトを見つめる。

「ノウト、君を正式に私直属の護衛兵に任命する」

 ノウトはしかと言葉を紡ぎ、

「その勅命、謹んで務めさせて頂きます」

 頭を上げて、それから魔皇の手を取った。魔皇はノウトと合わせて、にっと笑った。
 その笑顔が、ノウトと魔皇が初めて会ったあの日の笑顔を思い出させて、少し泣きそうになってしまったけれど、なんとか涙を抑えて、そして、ノウトも同じように笑ってみせた。

「なんだか、さっきのやり取りのあとだからかあまり締まらないな」

「そんなことないですよ。結構ぐっと来ました」

「それならいいんだが」

 魔皇はどこか恥ずかしそうに笑った。

「キュン死させる気ですか!」

 魔皇様ラブのラウラが叫ぶ。

「きゅ、きゅんし?」

「そういうところですよ、まったく!」

「怒らせたみたいなら謝るが……」

「そ、そういうところもですよ!」

「ノ、ノウト。ラウラが怖いんだが」

「心配しないでください。あれは彼女の発作です」

「そ、そうか」

 魔皇は頷いたあと、やっぱり首を傾げた。結局、意味は分からなかったらしい。

「だが、これで四天王が四人ではなく五人になってしまったな」

「そのうち二人はここにいませんけどね~」スピネが苦笑いした。

「ユークはともかく、城の中にいるメフィが来ないのは結構な問題だよね」

「彼女は忙しいのもあって、暇さえ見つけたら寝てるからな」

 魔皇は何かを思い付いたように顔を明るくした。

「そうだ、ノウト。いい機会だからメフィを私の元に呼んで来てくれないか?」

「………俺がですか?」

「露骨に嫌な顔しないでよ」ラウラが言った。

「あたしと約束したでしょ。帝都戻ったらメフィと会うって」

「……したっけ?」

「したよ。お酒のせいにしちゃダメだからね、ハイハイ行った行った」

「分かったよ」

 ラウラに背を押されて、会議室の外まで連行される。廊下に締め出されてから、ノウトは振り返った。すると、そこにラウラが立っていて、後ろ手にドアノブを掴んでいた。

「……ねぇ」

「ん?」

 ノウトがラウラ見ると、彼女は目を逸らした。そして、顔色を伺うようにノウトのことを上目遣いで見て、

「……アンタのこと、認める」

 小さくそう言って、ノウトと目を合わせた。その頬はどこか赤らんでいるようにも見えた。

『あたしはアンタを認めない』

 初めてラウラと出会った時に、そう言われた。強い人が放つ強い言葉だった。
 この世界では勇者は忌み嫌われている。ラウラがノウトを認めなかったのは当たり前だ。ノウトが強くなれたのはラウラの力が大きいのかもしれない。ラウラに認めてもらう為に、辛い道のりも頑張れた。そんな気がする。

「ありがとな、ラウラ」

 言うと、ラウラは「ふん」とそっぽを向いて、扉を閉めた。
 あれから二年の時を経てノウトは最前線で戦い、敵将とも対峙できるようになった。敵から逃げて、誰かに守ってもらうことでしか戦場で成せなかったあの頃に比べたら大きな進歩だ。
 胸の中がぼんやりと、でも確かに暖かくなるのを感じる。また涙が出そうになるのをなんとか堪える。

『泣かないで』

 彼女にそう言われたのを思い出した。
 俺は今、なんとか生きて頑張ってるよ。
 彼女に告げるように、胸の中で呟いた。
 ふと、彼女が『凄いね、ノウトくん』と、そう応援してる声が聞こえたような、そんな気がした。

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