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序章 きみが灰になったとしても
第17話 一生に一回くらいならどんなことだって
しおりを挟む「夜宴の帰り?」
「ああ。まぁそんなとこ。レンは何してるんだ?」
「俺は血夜族同士での集会がひと段落ついてさ。今は夜風に当たりながら散歩してたんだ」
「そっか」
当然だけど、レンは装着型神機闇衣を着ていなかった。私服と言っていいのだろうか。黒いローブに黒い血夜族特有の翼が合っていて、なんというか様になっていた。
「ここはいい街だね」
「そうだな。モファナはどの街も活気があって俺は好きだ」
「守れてよかったって強く思うよ」
「ああ、本当に」
ひゅう、と生暖かくも緩やかな風がノウトとレンの間に吹いた。
レンがローブのポケットに手を突っ込んで、ノウトの顔を見た。
「今日はお手柄だったね」
「ほとんどレンのおかげだけどな」
「そんなことない。ノウトやルーツァ、シャーファさんのおかげだよ」
臆面もなく、そんなことをレンが言ったからノウトは驚くと同時に少し安心してしまった。
「君は勇者だったんだね」
「驚いた?」
「少しね」
レンが口に手を当ててくすりと笑った。
「ミェルキアの振るう剣を素手で止めてたから何者だと思ったけど、それなら納得だ」
「あれにもコツがあるんだけどな。今日は上手くいってよかった」
ノウトが言うと、レンは頷いて、空に浮かぶ月を見て、それからノウトの顔をもう一度見た。
「君はさ。どうして俺のことをレンって呼ぶんだ?」
「え?」
一瞬、その言葉の意味が分からなくて、ノウトは返答に窮してしまった。
「だって、レンが自分の名前はレンだって言ったんじゃないか」
「それは、君が呼んだあとでしょ? っていうか、ははっ。なんか紛らわしいな、これ」
レンは頬を緩めた。そして、自らの胸に手を当てる。
「俺の名前はローレンス・ヴァン=レーヴェレンツ。俺と親しい人は俺のことを『レン』って呼ぶんだけど」
レンがノウトと目を合わせる。
「俺と君は今日が初対面だよね?」
「ああ、そのはずだけど」
「そうだよね。なんか、……なんて言えばいいのかな。不思議なんだよね」
「何が、って聞いていいか?」
「ああ。……そのさ、変に思うかもしれないけど、どうしてか、君とは初めて会った気がしないんだ」
レンはノウトから目線を外して、地面へと目をやった。
「前からずっとレンって呼ばれてたみたいで、……って変だよな、はは。ごめん、忘れてくれ」
レンが片手を頭の後ろにやって、苦笑いした。
「なぁ、俺と友達になってくれないか?」
「友達?」
「ああ。恥ずかしい話なんだけどさ。俺、同世代の友達が全然いなくって、ノウトみたいにきさくに話してくれるやつ、初めてなんだ。だから──」
「もちろんいいぜ」
ノウトは笑ってみせた。
「本当?」
「ああ、ほんと」
「うわ、まじ?」
「マジだよ」
「そっか、ははっ」
レンはなんだか楽しそうに笑った。
「それじゃ、宜しくな。ノウト」
「おう、よろしく」
ノウトが言った、その直後だった。
「坊ちゃん」
後ろから声がした。若い、女の人の声だった。
ノウトが振り向くと、そこに立っていたのは一人の血夜族だった。エスカに似てる、なんて思ってしまったけど別人だ。眼鏡をかけていて、如何にも真面目そうな風体を保っている。
「こんなところを彷徨いてたんですか。早く王都に帰りますよ」
彼女はノウトとレンの間に割って入った。
「分かったよ」
レンは頷いて、それからノウトを見た。
「それじゃ、ノウト。またいつかな」
「ああ、また」
彼らは翼をはためかせて、夜の空へと溶けていった。彼らが飛んでいった先を眺めながら、ノウトは夜風が肌をかすめるのを覚えながら宿までの帰路に着いた。
でも、血夜族の王子であるレンに友達になろうと言われるとは。ノウト自身、仲良くはなりたかったけど。まぁ、こういう日も人生に一回くらいならあるのだろう。
部屋に戻ったノウトはベッドに横になって、融けるように微睡みに満たされた。
◇◇◇
なんか、様子が変だなぁ……みたいな。
まぁ、蓮はいつも通りなんだけど。朝から誰にでも隔てなく、おはようと挨拶をするし、話しかけられたら何でも答える。それも適当に返事を返してる訳じゃない。知らないことは知らないと言うし、逆に知らないことは質問したりする。
同じ中学生とは思えないくらい、……大人? というかかっこいいんだよな。
驕りみたいだけど、蓮とは仲がいい方だと自分では思ってる。男女問わず顔が広い蓮にとって、俺は彼の同級生の一人でしかないのだろう。でも、俺にとっては蓮は数少ない友達のひとりだ。
登校してから帰るまでの間には、一度や二度は会話をする。時々だけど、話し込むことだってある。まぁ、これは俺としてはかなり仲がいい部類に入る。
ふと、俺は蓮の行動を観察することがある。
蓮は大人っぽいけど、どこか不思議だ。
本当に人当たりが良くて、誰とでもきちんと話せる。顔が整ってて、まぁかなりのイケメンなので黙って立ってても絵になるし、目立つ。
それなのに、ふと目を離すとどこにも姿が見当たらなかったりする。当然だけど蓮は女子の人気も高いから他のクラスの女子たちに「月嶋くんいない?」と聞かれて答えられなかったことが何度かある。
あんなに存在感があるのに、いざ探そうとすると不意にいなくなっている。それでいないなぁと思っていると突然現れたりする。蓮にはそんな不思議な所がある。
蓮は今日一度も姿を消していない。
授業中も休み時間も教室にいる。
もちろん、一人でいるわけじゃない。絶えず誰かと会話していて、笑い声さえ聞こえる。
おかしいところはあまり見つからない。ただ、少し椅子に座ってる時間が長いな、とはちょっと思ったりもした。要するに元気がないのかな、なんて俺は推測したのだろう。どうしたんだろう、とは思いもしてもこの程度では話しかけられない。
俺だって「今日、休み時間あんまり教室から出てないけど、どうしたの?」なんて聞かれたら、は? なんだこいつ、と思うだろう。
気にはなったりするけど、まあでも、友達のことだし。ああ、どうしようかな。
……なんて、そうこうしているうちに放課後になって、俺はいつも通り一人で帰り支度をして、学校を出た。一人でいるのは別に気にしてない。一人は気楽だ。ここに六華が加われば、それ以外には何もいらない。
家に帰るのは憂鬱だ。でも、どこにも行くあてはない。六華を迎えに行って、……まぁ、どうするか考えるのはそれからだ。
「綾都?」
「ふわっ!?」
考えごとをしながら歩いていたせいか、名前を呼ばれるまで気が付かなかった。
「え、……あ、蓮」
「こっちなんだ、帰り」
「あ、うん。……あ、れ? 蓮もこっち……だったっけ?」
「違うよ」
蓮はにこっと笑った。
でも、なんだかその顔が俺の主観に過ぎないけど薄っぺらというか偽物の笑顔のように見えた。
「……そうなんだ」
俺は頷いて、それから二人で通い慣れた道を肩を並べて歩いた。夕日がほんの少しだけ眩しい。蓮はしばらくの間喋らなかった。おかしな話だけど、苦痛ではなかった。俺自身、一日でも二日でも黙っていられる。
「どうしてって聞かないの?」
蓮が口を開かなければ、別れるまで喋らなかったと思う。
「まぁ、そういうときもあるのかなって」
「何となく、俺が綾都と帰りたいって思うとき?」
「生きてて一生に一回くらいはあるのかなー、……なんて」
「ふふっ」
俺の言葉に、蓮は吹き出して、それから左手で顔を覆って、ひとしきり笑い出した。
「……やっぱりおもしろいな、綾都は」
「そうかな」
「うん。おもしろい」
蓮は左手を顔からどけた。よく見ると、頬が少しだけ赤くなってる気がする。どこかにぶつけたりしたのだろうか。それとも、殴られたとか。
どうしたの、それ。とは聞かなかった。
一生に一回くらいならどんなことでもありえるのだろう。
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