あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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序章 きみが灰になったとしても

第14話 僕らはまだ未完成なまま

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………っっ!!!!」



 その名前が自然と自らの口から溢れた。
 知らない名前だ。それなのに、なぜか違和感は感じなかった。おかしい。闇衣ヤミゴロモを着ている彼にも一度も会ったことは無い。そのはずなのに。どうしてだろうか。その名前を呼ばずにはいられなかった。
 だが今は、そんなことはどうでもいい。
 彼をミェルキアから救わなくては。

 ノウトは既に彼らのすぐ近くにいた。
 ノウトがレンと呼んだ彼は思わずノウトの方を見た。黒い兜を被っていて、顔は見えない。彼と同じように、ミェルキアの意識もこちらに向けられれば……。
 だが、ミェルキアと同様、彼の持つ刃は止まることを知らなかった。真っ直ぐに闇衣の男に向かって下ろされる。ノウトは手を伸ばした。届け。届け。
 ノウトがミェルキアと黒い男の間に潜り込むように飛び込み──

「なっ……!?」

 その剣を殺陣シールドで防いだ。ミェルキアと黒き鎧の騎士に一瞬の硬直が生まれる。
 ミェルキアを倒すのがノウトの役目だ。ここで彼を無力化すれば、多くの人を助けられる。

「何者だ貴様は! 我と劣等不死族である此奴との戦いを邪魔するな!!」

 ミェルキアが吼える。骨が震えるほどの重圧にノウトは耐えながらも、背後にいる黒騎士に語った。

「ここは俺に任せて、あんたは早く日影に行け!」

「………君は……」

「早く行け!」

「あ、ああ!」

 黒騎士の血夜族ヴァンパイアは片手で片腕を陽射しから隠しながら、その場を離れた。

「貴様ぁ………」

 ミェルキアが唸る。

「我の隊を鏖殺おうさつしたあの男を逃がすなど……ただでは済まさんぞ」

「ははっ! いいぜ。ただでは済まさない攻撃ってやつ? それ、俺に浴びせてみろよ」

「……ッッ!!」

 激昂したミェルキアはその身の丈ほどもある長すぎる大剣をノウトに振るった。早い。だけど、ラウラほどじゃない。ノウトはただ手をかざして、その剣を片手で受け止め、弾き返す。

「それが本気かよ」

 ノウトは微かに頬を緩めた。
 ……と、最近の悪い癖だ。ロストガンの減らず口がノウトにかなり伝染してる。まぁ、相手を挑発して戦意を揺らめかせるのも不殺の戦術のひとつだ。
 ロストガンから学んだことがあまりに多すぎてノウトの口は二年前からかなり悪くなっているかもしれない。
 ミェルキアがノウトの余裕そうな顔を見て、またしても同じような大振りの横薙ぎを放った。大剣はノウトを真っ二つにするように振るわれたが、ノウトはそれを避けることなく、指一本で受け止め、掌底で弾く。
 次だ。今度は上から。重心を低く置きながらもノウトは右手でそれを掴んで離す。サイドステップしてその場を距離を離そうとすると、追撃するようにミェルキアの大剣がノウトを斜めに叩き斬ろうと振り下ろされる。ノウトはそれを今度は足で殺陣シールドを使い弾いた。
 次、左から。身を翻して殺陣シールド。今度は下からだ。上。下。右。
 そして、ついにミェルキアも異変に気付いたのか、手を止めた。

「貴様、何かがおかしいぞ……。こんなにも……こんなにも我の攻撃が止められるなぞ……」

 ノウトは息を一瞬で整え、そして、口を開いた。

「最初の質問、答えてなかったな」

 右手で左手のグローブを外す。そして、その甲に輝く〈勇者の紋章エムブレム〉を見せ、笑ってみせた。

「俺は勇者、ノウト・キルシュタイン。覚えておけ。お前を倒す男の名前だ」

 ノウトは声高らかに、そう宣言する。
 ミェルキアはその純白の兜の向こうでどんな顔をしたのか、ノウトには分からない。だが、少しでも意表は突けたと思う。
 どんなに卑怯な手を使っても、どんなにノウトが嫌われるのだとしても、ノウトは誰も殺さない道を選んだのだ。今さら後には引けない。

「………………ははっ」

 目の前の男が、ミェルキアが、小さく声を漏らした。そして──

「はァはははははははははははははははは!!!!」

 身体が波打つように大きく笑った。

「貴様がそうか。帝国が引き入れたという彼の勇者……」

 ミェルキアは剣を地に突き立てて、それから片手を自らの胸に当てた。

「すまない。騎士として恥じることをしてしまった。その無礼をここで詫びる」

 完璧な騎士の作法に、それからここまで隙を見せている彼の動作に、ノウトは動揺を隠せなかった。

「なに、下級魔人サティコだと侮って手を抜いてしまった。貴様が勇者であるならば、我も本気でいかせてもらおう」

 彼は兜を片手で持ち上げて、顔を見せた。
 若い。ノウトの第一感想はそれだった。声は低く、大人のようだったのに、その顔はノウトと同じか、少し歳上くらいのようにしか見えない。見た目だけで言えばロストガンと同じくらいだ。
 淡い茶色の髪に、スチールブルーの瞳。
 その双眸は鋭く、相対するノウトを切り裂くようにぎらついて見えた。
 ミェルキアは地面に突き立てた剣を引き抜いて、両手で握った。その刀身が太陽を反射し、鋼色に煌めいた。

「ガランティア連邦王国、純白騎士団団長ミェルキア・フォン=ネクエス」

 この構えと口上。魔人騎士の正統な規範だ。それならば、ノウトも応えなくてはいけない。

「魔帝国マギア、勇者ノウト・キルシュタイン」

 ノウトは短剣ではなく、それより刃の長い直剣を引き抜いた。
 二年もの間、猫耳族マナフル最強の剣士、ラウラの剣術をこの目で見続けて、鍛えられたきたのだ。当然、こちらでも戦える。ノウトは息を吸って、それから吐いた。呼吸を整えて、それから──

「──いざ、参る」

 ミェルキアが地を蹴った。速い。先程とは比較にならない。反射神経、動体視力を極限に近い領域まで鍛え上げたノウトが目でぎりぎり追えるレベルだ。その長い刀身と柄を持つ剣を、ミェルキアはゆるやかに、だが確かに持ち上げた。
 瞬間、刀身の周りが陽炎かげろうのように揺らめいた。あれは、魔人騎士の織り成す───

「つっ……!?」

 やばい。くそ。考えてる暇もない。勢いを全て殺さなくては、ノウトは
 ノウトは直剣を、ぎゅっと握り直してミェルキアの振るう大剣から身を守るように前斬りを放つ。

 ギャインッッッ、と甲高い金属音が鳴り響くと同時に両手に途轍もない衝撃が襲った。ノウトの剣が弾かれる。熱い。熱い。
 この熱さの正体は彼の大剣にある。彼は恐らく〈焔〉魔法で大剣を魔法付与エンチャントで強化しているのだ。その証拠に彼の大剣は徐々に陽炎の揺らめきを強めている。
 ミェルキアは剣を振り上げ続く攻撃を放った。ノウトは姿勢を低くして、下から剣を放つ。

「その剣術、猫耳族マナフルのそれだな。貴様の師はまさか猫耳族マナフルなのか?」

 ミェルキアは剣を放ちながらも、そう口にした。

「俺の師匠はっ! 世界一のお姫様だ!」

 ノウトは熱さで頭がおかしくなっていたのか変な言葉を口走った。
 このままでは駄目だ。それは分かってる。
 ノウトはミェルキアの剣を弾いて、そして突然、手を剣の柄から離した。腕に殺陣シールドを纏い、ミェルキアの大剣を片手で弾く。

「そして、俺の先輩は! 世界一の最低野郎だ!」

 ノウトは暗殺ソロリサイドで息を殺した。正々堂々に戦うべきではない。ノウトは常に相手の裏をかかなくてはいけないのだ。
 クズと呼ばれようと、卑怯だと言われようと、ノウトは勝たなくてはいけない。勝たなくては誰も救えない。
 暗殺ソロリサイドを使って、相手の懐に潜り込み、残り一本になったこの睡眠針で……!!

「え゛ぁっ……!?」

 なんだ? 何が、起きた? 俺は今、──

「がはぁっ……!」

 血反吐を吐いて、血の味が口内を満たす。
 斬られた。斬られた。やばい。死ぬ? というか暗殺ソロリサイドを使ってたんだぞ、俺は。ああ。なんだ、これ。血が温かい。あれ、これ全部、俺の血かよ。

「気配を消したのは貴様の能力か? 興味深いな。しかし、近付かれたら分かってしまうのであれば意味のない技だな」

 嘘だろ、こいつ。
 暗殺ソロリサイドは、肌が触れるほどの近さになれば気配がバレてしまう。そこにいることに気付いてしまう。今まではバレたところでそこまでいけば睡眠針を刺せたし、何より殺陣シールドで守れた。
 なのに、この男は。ミェルキアは紙一重でノウトの持つ睡眠針を避けて、それから刹那でノウトを斬り伏せたのだ。全く反応出来なかった。

「ははっ……」

 ノウトは笑った。

「どうした。死に際で頭がおかしくなったか。突然剣を放り出して自暴自棄になって、最後はこれか。勇者だと高を括ったが、期待外れだったな」

「……はははっ。……最後? 違うね。俺は終わらない。こんな所で、終わるわけには……いかないんだよ……!」

 この二年間。いつもロストガンに言われていたことがある。それは───

『笑え、ノウト』

『笑ってる奴は強い。強い奴は死に際で笑える奴だ』

『どんなに苦しくても、どんなに痛くても、どんなに悲しくても。笑うんだ、ノウト』

 ロストガンに殴られながら、殺されかけながら、笑えといつも言われた。だからノウトは笑う。敵将を前にしながらただ笑った。
 ミェルキアは顔を顰めた。奇妙で気持ちの悪いやつだと思っているに違いない。ミェルキアが大剣を振りかぶった。

「──さらば、勇者よ」

 ただもう少し、もう少しだ。あと少しで───

 キィィン、と玲瓏な金属音が響き、ミェルキアの大剣を弾き返した。

「待たせたな」

 声が聞こえて、ノウトの身体はふわりと包み上げられた。

「魅刀のルーツァ、華麗に参上」

「油断しないで、ルーツァ」

「わーってるよ、シャーファ」

 長身の猫耳族マナフルが紙のように薄い刀を片手に構えた。

「女の子の笑顔を守るのが俺の役目だが、あんたを放っておく訳にはいかないのでね」

 そうして彼は、不敵な笑みを浮かべて、口を開いた。

「純白騎士団の団長さんよぉ。お前の相手はこのルーツァ様だ」
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