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第二章 蹉跌の涙と君の体温
第35話 過ぎ行く時間のなかで、その背中は見えなくて
しおりを挟むフョードル達を連れて、なんとか砦まで戻ってくることが出来た。ノウトに時間を確認してもらうと、正午までは残り三時間弱。どうやって封魔結界を通って人間領に戻るのかは分からないが、今はノウトを信じるしかない。
「ここってよぉ……」
「うん、アタシ達が昨晩泊まったとこ、……よね?」
フョードルとレティシアが小さい声で呟いた。その言葉を聞いて「……やっぱりそういう事か」と誰にも聞こえない声を漏らした。
砦の入口を通り、鎧やら剣が散乱したところを跨ぎ、通過していく。うねるように上へと向かう階段を上りきり、扉を開けると───
「ノウト、帰ってきたんじゃな」
メフィという魔人の少女が椅子に腰を掛けていた。その椅子が大きいのか、彼女が小さいのか、足がぶらぶらと浮いていた。
メフィはぞろぞろと入ってくる勇者達に目を丸くした。
「……ノウト、これは………」
「こいつ、魔人か!?」
フョードルが言うと、ぎらりとメフィがフョードルを睨んだ。
「ちょーかわいいんですけど」
「ね。ほんとにかわいい」
メフィがレティシアやリアなどの女性陣に囲まれている。その傍でアイナが自らもその輪に入りたいと目を泳がせていた。メフィはいかにもな困った顔をしている。
「……さっきよりも勇者が増えてるのじゃが……」メフィが低い声で唸ると、ナナセはノウトと顔を合わせて、先を促すように合図する。
「───メフィ、封魔結界を越える方法を教えてくれないか?」
「封魔結界を越える、じゃと?」
メフィは思案げに首を傾げ、
「ふむ、それならば一度帝都に戻る必要があるのじゃが、………しかしのぅ……」
メフィが顔を見上げてナナセ達の顔をそれぞれ見回す。そして、俯き気味にゆっくりと言った。
「───ノウトが信じる者ならば、信じるに値するか……」
自らを納得させるように呟いた。
「───こっちじゃ」
くるりと身体を回して、招くように手をぱたぱたと動かし、一つの壁に近付いた。
よく見てみると壁に取っ手が付けられていて、それにメフィが手で触れて小さい声で何かを唱えると、扉が独りでに開き出した。
光の入らないような暗い部屋の中へと入っていく。
「初めに言っておくとな、この転移魔法陣は膨大な魔力を使う割に一度に行き来できる質量は決まっておる」
「ってことは全員連れて行けるってわけじゃないのか」とノウトが言った。案の定、みたいな顔をしていて、そんなに驚いてはいない。
「そういうことになるのぅ。そちらで行く者を決めてくれぬか? 大きく見積もってもわしを除いて四人が最高じゃな」
メフィの言葉をきっかけとして、ナナセ達はそれぞれの顔を見渡した。
「誰が行くか、ね」とナナセが言うと、
「はいオレぇ! オレしかないだろ!」
フョードルがビシッと手を上げた。しかも、両手だ。どんだけ行きたいんだよ、フョードル。
「フョードル、お前なんの為に帝都に行くと思ってんだ?」シメオンが腰に手を当てる。
「んなことわーってるわ。封魔結界を越えて他の勇者の〈神技〉暴いて正午に起きる事件の犯人を探すってんだろ?」
「分かってんじゃんか」ナナセは吹き出すように言った。
「だったらオレの〈神技〉は最強だぜ。適材適所ここにありって感じでな」
フョードルは自信満々にふんぞり返った。
「確かに、フョードルの〈神技〉なら簡単に犯人が分かりそうね」とレティシアが納得したように言うが、
「フョードル、お前の〈神技〉を教えてくれないか?」
ノウトが怪訝そうな目でフョードルを見詰めた。
「それは無理な話だな」フョードルは鼻で笑うように言い放つ。
「どんな能力か分からないと、この任務は任せられない」ノウトは真剣な眼差しでフョードルを見据えた。
「はいはい分かりましたよ、オレァだいぶ信頼されてねえな。分かってるけどよ。そんなら行かなくていいわ」
フョードルはあっさりと諦めた。ノウトとしてはどんな〈神技〉を持っているか分からない奴を帝都に連れて行きたくないのだろう。それに、〈神技〉が分からないのに、協力出来るわけもない。
「アイナちゃんは瞬間移動が出来る〈神技〉なんだよね?」
「そうだよ。……ってあれ? 私リアに見せたことあったっけ?」
「ちょっと小耳に挟んでね。正午までに解決しないとって決まってるならアイナちゃんが行くのは確定だよね」
「それもそうだな。いくら翼があったとしても瞬間移動には機動力が劣ると思うし」
「あっ私絶対行く感じのやつね、これ」
アイナは分かってましたよ、みたいな顔で小さくため息を吐いた。
「俺も行っていい?」
ナナセの口から自然とそんな言葉が出てきた。
「もちろん。お前は行かなきゃな」
「予言したっていう本人ですしね」フウカが言った。
見ると、隣に立っているヴェッタもナナセの方を見て黙ってこくこくと頷いていた。
「ナナセ、アイナ。残り2人はお前らが決めてくれないか? みんなもそれでいいよな?」
ノウトがナナセとアイナに視線を送り、言う。
「俺は異存はないぞ」
「私もそれでいいと思うわ」
ジークとシャルロットが言うと他のメンバーも頷いた。
ナナセはアイナと目を合わせる。どうするか? みたいな感じだ。
「ナナセが決めてよ」
「──分かった」
ナナセは戸惑うことなく、そう答えた。今は立ち止まってる場合じゃない。やることはたくさんある。今やるべきことをこなしていけ、俺。
「俺は、ノウトがいいと思う」
ナナセがそう言うと、皆の視線がノウトに向かれた。
「でもノウトってダーシュとかに命を狙われてるんじゃ……」とフウカが不安そうな声音を漏らす。
「それもそうなんだけどさ」
ナナセが話を続ける。
「戦闘能力で言えば、ここにいるメンバーの中でノウトが一番高いと思うんだ。だってあのフェイと戦って勝ったんだから」
フェイは自らを〈運命〉の勇者と言っていたが、それも本当かは怪しいところだ。しかし、彼が一瞬にして都市を壊滅させたのは事実で、そんなフェイをノウトが倒したのも事実だ。フェイに勝つことが出来たという戦闘面でもノウトのことをナナセはリスペクトしていた。
「あー、でも俺一人で勝ったって訳でもないしな」
ノウトは罰の悪そうな顔をしている。すると、リアがノウトの両肩を背中側から掴んで、頭をノウトの横にぴょこりと出した。
「わたしがいなかったらノウトくん、絶対負けてたからね」
「返す言葉もないな」
ノウトは首の後ろを掻きながら、頬を緩めた。
「だったら、リアも一緒に行こう」
「わっ、いいよいいよ~。わたしだったらいつでも力を貸せるからね。任せて」
リアが見るからに嬉しそうに顔を明るくして、微笑んだ。不覚にも少しドキッとしてしまう。
「えっと、じゃあ俺とリア、それにナナセとアイナで異存ないか?」
ノウトがそれぞれに視線を送り、反応を確認する。
「本当はオレが行きたかったけどよー。ま、しょうがねえな。お前らで行ってこいや」
フョードルが文句を垂らしながらも食い下がった。
「特に口を出せる立場ではないからな。君らで俺はいいと思うぞ」とジークが言う。
他のメンバーの顔を見ても、誰も不服はないようだ。
「じゃあ、俺達が行くのは決まったわけだけど」
「まだ犯人が誰か分かってない状況なのは変わってないんだよな……」
ノウトとナナセが目を合わせてお互いに眉をひそめた。
「フョードルたちは何か心当たりないの?」アイナが訊いた。
フョードル達はそれぞれ顔を見合わせて、
「悪い。俺らは先行してたから他の勇者のことを全く知らないんだ」とジークが言った。
「それなら、仕方ないよね」
アイナは肩をがっくりと落とした。
「そうだ。レティシア、聞きたいことがあるだけど」
「んにゃ? なに?」
彼女は何か考え事をしていたのか、ここにいるのに違うところにいたような反応を見せた。
「ここからでも封魔結界の向こうにある竜車に〈神技〉を使えるんだよな?」
ノウトが思案気な表情で問う。
「そうよ。アタシの焔はこの世界のどこにでも発現できるの。まぁ、正確に言えばどこにでも使えるってわけじゃなくって、極端に離れてた場合、触れたことがあるものにしか作用しないわけだけど」
「なるほど……。ありがとう、参考になった」
ノウトはそう言ってから手元の時計に目をやった。
「よし、もうすぐで九時だ。ここで足踏みしてる場合じゃないよな」
「ああ。とりあえずここを発った方がいいかも」
ナナセがノウトに相槌をうつとノウトが頷いて、フウカ達をみやった。
「ごめん、また戻ってくるからもう少しだけここで待ってて欲しい」
「はい。無事に帰ってくるのを待ってますよ!」
「絶対帰ってきてよね」
フウカとシャルロットが口々に言ったのち、リアが彼女らに飛び込むように抱きついた。
「ちょっ……」
シャルロットが一瞬だけびくっと身体をはねさせたが、その後微笑むようにリアを抱き返した。
「じゃあ、行ってくるね」
リアがそう言って、彼女らの身体に回した手をほどいて、ノウトのもとへと戻った。
ナナセとアイナはヴェッタに向かって、少しだけ俯き気味に言った。
「ヴェティ……ごめんね」
「本当は、……ごめん。置いていきたくなかったんだけど」
「だいじょうぶ。あたし、強いから」
ヴェッタは少しだけ、ほんの少しだけ口角をあげてみせた。彼女なりの全力の笑顔なんだろう。
「……そうだよな。ヴェティは強いから、俺らが心配するまでもなかったよな」
「そう、だね。うん。ヴェティ、行ってくるね。すぐ帰ってくるから」
アイナが言うと、ヴェッタは小さくうなずいた。
その様子を見届けたノウトがメフィに向かって「メフィ、準備出来たぞ」と言った。
メフィは椅子から腰を上げて、ぴょんと床に降りた。
「うむ。では行くとするかの」
メフィはほの暗い部屋の中心に立って「こっちじゃぞ」と手招きをした。ナナセとアイナは目配せをして、ノウトとリアの背を追ってメフィの近くへと寄った。すると、床に描かれた幾何学的な紋様が突然輝き出して、光を放った。
その光にアイナと一緒にびっくりして飛び退く。
「こ、この反応は……なんじゃ!?」
メフィが驚いた反応を見せる。どうやら、ナナセ達の反応を見て言ったわけではなく、この紋様の光に対して言ったようだ。
メフィが驚いたことにナナセが驚いてしまう。
「えぇっ!? なにそのメフィの反応は!? 緊急事態的な!?」
ナナセがテンパりながら狼狽える。
「い、いや、魔法陣がこれまでにない波長を放っておるのじゃ。何かに共鳴しているようじゃが」
メフィは考え込むように俯いたのちに、ローブのポケットに手を突っ込み、10センチくらいの枝のような、棒状の何かを取り出した。
「いち研究者としてはひっじょーに気になるところではあるのじゃが、……今はここを発つのが先じゃな」
メフィが言うと、その枝のようなものを胸の前に掲げた。すると、足元で存在感を放ちながら光っていた紋様が様々な色を帯びた光を放ち始めた。紫やら青やら様々な色の光が溢れ出す。
「うぇっ!?」「ほわああああっ……!」「うふぇぇえ……!?」
ナナセ、リア、アイナがそれぞれ感嘆の声を漏らした。ノウトは体験したことがあるのか、間抜けな声は出さなかったが、それでもその顔にはどこか驚きが含まれていた。
眼下に広がる色鮮やかな光の線が瞳の中で映るように輝いている。まるで、光が自我を持って遊んでいるようだった。
「では、跳ぶぞ……!!」
メフィが叫ぶと視界が光で埋め尽くされた。
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