あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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第二章 蹉跌の涙と君の体温

第33話 終わりなき瞬間はつかの間に

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 ロークラントの時計塔屋上から飛び立ってから数分が過ぎ、そこでようやく白い景色のその向こうに金色の壁が見えてきた。
 あれが、かの封魔結界だろう。いかにも魔を封じそうな見た目をしている。神聖さとともにどこか近寄り難い、厳かな雰囲気を肌に感じた。

「あれ通り抜けるわけぇ?」

 アイナがため息混じりにぼやいた。

「ぶつかってびたんってなったら笑えるけどな」

「想像したらちょっと笑っちゃうのが悔しい」

 アイナはナナセに背を向けるようにして抱かれているので、その顔を伺うことは出来ないが、おそらく口元を緩ませていることだろう。

「ねぇ、ヴェティ~、そっち移れないのー?」

「むり。じゅうりょうオーバー」

 ヴェッタは小さな竜巻を見にまとい、空を飛んでいた。ヴェッタは〈天〉の勇者で、天気や天候に関連する様々なことを具現化して操ることが出来る。
 太陽光で焼いたりとか、轟雷で丸焦げにしたりとか、矢のような豪雨で切り裂いたりとか、竜巻で吹き飛ばしたりとか。本当に様々なことが可能だ。また、明後日の天気も分かるらしい。
 正直言ってかなりぶっ飛んでる〈神技スキル〉だと思う。極端な話、雷や炎、水、風を操る勇者の上位互換とも言える。

「むぅ……。ヴェティがそう言うなら仕方ないけどさ」

 アイナは頬を膨らませて文句を垂れる。

「まあ、〈神技スキル〉使えば瞬間移動で空飛びながら移動できるけどね~。でも無理。怖すぎる」

 アイナの《瞬空メメント》は視界に入っている場所にしか飛ぶことが出来ない。つまり、一度空に瞬間移動して、次に地面に着地するには首を動かして地面を目視しなければいけない。この瞬間が想像しただけでも恐ろしい。
 突然、何もなしに空中に放りだされる感覚は味わいたくはない。

「でも、翼とアイナの《瞬空メメント》があれば正直無敵だよな」

「空飛んで好きに位置に瞬間移動出来るし、それに不時着で変なところに瞬間移動したとしても翼で降りれるしね」

「そうそう」

 アイナの〈神技スキル〉は非常に強力だが、目視出来てないと効果が発揮出来ないという条件が付いている。おそらくだが、アイナの《異扉オスティア》もナナセまでとはいかずとも狭い部類に入るのだろう。その点で言えばヴェッタの《異扉オスティア》はかなり大きいはずだ。
 ヴェッタの〈神技スキル〉は底が見えない。
 本人がぼーっとしていて、その強力性に気付いていないかもしれないが、勇者の中でヴェッタほど魔皇を倒すことに適した勇者はいないと、ナナセはそう思っている。アイナの〈神技スキル〉も強力ではあるが、視界を遮られるとほぼ無力と化してしまうのが難点だ。

「抜けるぞ!」

 ノウトの掛け声で、もう封魔結界が目と鼻の先にあることに気が付いた。

「や、やば」

 そう呟いた時には目と鼻の先、という言葉が比喩でもなんでもなくなっていた。
 それに頭を突っ込んだ瞬間、水の中に飛び込む時のように、思わず息を止めた。視界が金色こんじきに染められる。封魔結界の中。アイナの息遣いが聞こえる。フウカやシャルロットの声も聞こえる。ああ、どれくらい進めばこの霧を越えられるのか、なんて思考している間に、ナナセ達は封魔結界を越えていた。
 光が目に飛び込んで来て、視界が開けていく。

「うおお……」

 ナナセの口から感嘆の声が漏れた。背後から差す陽の光が目の前の風景を鮮明に彩っている。
 森が、荒野が、砂漠が、遺跡が、全てが目新しく、美しい。

「なんか、いいね、これ」

 アイナが完全に語彙力を失ったような感想を口にする。

「でも、魔人領……って感じではないな」

「確かに」

 ナナセの言葉にアイナが小さく頷く。

「みんな、こっちだ」

 すると、ノウトが封魔結界を出て左手の方向に飛んでいた。

「ここからが正念場だ。フョードル達のパーティを探すぞ」

「どこにいるか、確信あんの?」

 ナナセがその心の中に潜む靄を語った。

「確信はないが、思い当たる節はある」

 ノウトはその瞳に宿る確固たる意志を見せつけてみせた。その意志を無下にするほどナナセ達はひねくれていない。

「任したよ、ノウト」

「おう」

 ノウトが笑顔で頷くと、ナナセの胸の中にいるアイナが口を開いた。

「で、そっちなの?」

「ああ、そうだ。取り敢えずこの森の中にはいると思うから下を血眼で探して欲しい。じゃあ、着いてきてくれ」

「おっけー!」「分かった」「分かりました」

 それぞれがノウトの声に了解の意を示した。
 ノウトが封魔結界を左にして、その先に飛んでいく。その背を追ってナナセも翼をはためかせて羽ばたく。
 レティシアを探すことに、今の神経全てを注ぎ込む。探せ。探せ。どこにいるんだ。下に広がるのは樹海。木と木と、時々岩があるくらいだ。

「あれは───」

 不意にノウトが口を開いた。ノウトの視線の先を見ると、何かの建物が目に入った。石を積み上げて建てられたような建築物だ。砦と形容するのが正しいだろう。

「そうだな。あそこにいる可能性もある。一回下に降りようか」

 ノウトの声に皆が頷いた。
 ゆっくりと降下していき、砦の上に立つ。どうやら外付けの階段が屋上から下に向かって伸びているようで、それを伝うことで窓から砦の中に入ることが出来た。窓の中へと視線を送って、誰もいないことを確認してから中へと入る。

「だいぶ荒らされちゃってるみたいだね」

「ああ、俺が前に来た時と同じだ」

 ノウトとリアが部屋の中を見渡しながら話す。すると、シャルロットが口を開いた。

「ここは、何の砦なの?」

「帝都に通じる、いわゆる瞬間転移魔法陣が設置されてる砦だ。ほら、あそこの扉の奥にそれがある」

「ほんとね。何か紋様が床にあるわ」

「ノウト、お前一体………」

「俺の事情は後で話すよ。今は取り敢えず、レティシアを止めないとな」

 ノウトは儚い笑顔でそう言った。どこか、ノウトの表情には常に憂いがある。それが何なのかは分からないが、複雑な心境なのは確かだろう。
 ナナセは二階を後にして、アイナとヴェッタと共に一階へと降りていった。
 すると、人影がそこにあった。小さな、子供のような人影だ。角度と絶妙な暗さからその容姿が完全には見えない。ゆっくりと階段から一階へ顔を覗かせる。

「な、何あの子」

 アイナがそう言った瞬間だった。空気が揺らめくような気がした。そして、次の瞬間にはその人影が姿を消していた。

「はっ!?」

 ナナセは咄嗟に《永劫アイオーン》で世界の時を止めた。背後に確実にそいつがいる。
 この止まった世界で首だけでも動かせたら、後ろを振り向くことが出来たら。なんて贅沢なことは言えない。アザレアが精一杯頑張っているんだ。俺が出来ることを考えろ。
 おそらく、先程の人影は今、ナナセやアイナの背後に立っている。どんな技を使ったのかは分からないが、こいつがとんでもない強者であることは分かる。
 まずい、殺られる。
 《永劫アイオーン》を解除した瞬間に自らの死が訪れてるのを察してしまう。
 《永劫アイオーン》の制限時間が、迫っている。
 どうする。どうする。まずは、アイナの方へ飛んで庇う。これをやる他手立てはない。……よし、やるぞ。そして、《永劫アイオーン》が強制的に解除される。
 その刹那、ナナセは翼を顕現させて、アイナの方へと飛び込んだ。

「きゃっ」

 翼は自由に消したり、出現させたり出来る。つまり、翼を盾にすることも可能ということだ。
 一階に転げ落ちるように飛び込む。翼でアイナごと包んで床に転がる。
 身体を起こして、襲ってきたそいつに視線を向ける。
 年の頃は十歳か、十一歳か。顔は人形のように精巧で美しかった。あごはほっそりしていて、初雪のように真っ白な肌。きらめくばかりの栗色の長い髪の毛。灰色がかった青い瞳。スリットの入った黒いローブを被っていて、ある一点を除けばどう見ても小さい、ただの少女だ。その一点、というのは彼女の頭にある。その頭には大きな角が生えていたのだ。

「メフィ!!」

 ノウトの声がした。その声に導かれるようにその角の生えた少女がノウトの方へと首を向ける。

「ノ、ノウト!?」

 メフィと呼ばれた少女は目を見開いて、その目を潤ませた。

「おぬし、記憶を失ったのではなかったのか!?」

「え、ああ、色々複雑な状況でさ。完全に記憶を戻しているわけじゃないんだ。詳しいことは後で話すよ」

「その状況とやらは分かりかねるが、ふむ。分かったのじゃ」

 メフィは隙を丸出しにしたままノウトを見上げる。

「ノウト、久しぶりじゃな」

 メフィはにっと、笑った。

「いや、久しぶり、というよりも、はじめましてと言った方が正しいのかもしれないのう」

「大丈夫、合ってるよ、メフィ。久しぶり。それに、ただいま」

 そのノウトの一言にメフィは顔を明るくして、

「おかえり、なのじゃ。ノウト」

 話し方は少女とは似ても似つかないが、その笑顔は少女のものとしか言い様がなかった。

「して、この大勢の勇者はノウトの連れということで良いか?」

「ああ、今ちょっと急ぎでさ。協力してやらなくちゃいけないことがあるんだ」

「ほう」

 メフィは顎を手で触ってから、ナナセの方を見て、

「さっきは悪かったの。幻術で眠らせようとするとこじゃった」

「いや、大丈夫……です」

 ナナセは自然とその少女に敬語を使ってしまった。

「普通にしてよいのじゃ。敬語をわざわざ使うなど思考と時間の無駄じゃからな」

「あ、ああ。分かった。それで、君は?」

「わしは帝国の魔術師、メフィス・フラウトスじゃ。メフィと呼んでくれ」

「うん。よろしく、メフィ」

 ナナセはメフィと目を合わせて微笑んでみせた。メフィも敵対心はないようで、うむ、と頷いてみせる。
 アイナがナナセに耳打ちする。

「魔人、だよね?」

「多分、そうだろうな」

「危なくないのかな」

「勇者のノウトとこんなにも親しく話してるんだ。俺たちだって大丈夫なはず」

「大丈夫……。うん、そうだね」

 アイナは自らの不安を掻き消すように自分に言い聞かせた。
 ナナセがメフィに再び目を向けると、

「かわいいいい何この子!? すっごくかわいい!! なにこの反則的なかわいさ!!」

 メフィがリアに抱きかかえられ、頬ずりされていた。

「な、な、なんじゃいきなりおぬしは!? 離すのじゃあ!!」

 メフィがじたばたしながら喚く。ノウトが彼女らの方を見て目を細めて「既視感あるなぁ……」と呟く。

「リ、リア。困ってると思うのでやめときましょう?」

 フウカが仲裁するようにリアの肩に手を置くと、リアがはっ、と我に返り、頬を赤く染めた。

「ごっ、ごめんなさい! あなたが可愛いからつい」

 リアがメフィを床に下ろす。

「リアってちょっとアイナに似てるよな」

「え゛っ……どこが」

「ヴェティに対するアイナの行動とかまんまあんな感じだし」

「そ、そう、かな」

 ナナセと、それにいつの間に隣にいたヴェッタがこくりと頷いた。

「これから、ちょっと自重する」

 アイナはこわごわと言った。
 そして、メフィが不機嫌そうな顔で、

「ふん。ノウト、この失礼な小娘の名を教えよ」

「こいつはリアって言うんだ」

「ああ、なるほどこやつがリアか……。ふむふむ」

 メフィはリアの身体の隅々に目線を動かして顎に手をやって考え込む仕草をしてから、次はナナセ達に視線を向けた。どこか訝しげな目をしているのが分かった。

「まあ、良い」

 そして、メフィはノウトに向き直った。

「して、おぬしらの目的を聞いても良いか?」

「分かった」

 ノウトはメフィに作戦の全容を伝えた。ナナセの予知で今日の正午に勇者全員がレティシアという勇者に襲われる、といった具合に話す。

「なるほどのぅ」

「それで、メフィ。自白させる魔法みたいなのってないか?」

「自白、か。そのレティシアとかいう勇者が正直に答えるようにしようと言うのだな。もちろん可能ではある。わしに使えぬ魔法はほぼ存在しないのでな」

 しかし、メフィは「だが」とそれに付け加えた。

「人を操るような支配魔法や愛魔法に関しては禁忌とされておるのじゃ。いかなる悪人に対しても人としての尊厳を守るために使うことは禁じられておる」

 確かに、そんな魔法があって普通に他人に使えるならば、世界は混沌と化してしまうだろう。

「だが、そもそもそんな高位魔法を使えるのは片手で数えられるくらいしかおらぬからのぅ。破ったとしても誰にも分からぬはずじゃ。ノウトの命を守るためなら使うのも致し方ないじゃろう」

 そう述べるメフィにノウトが罰の悪そうな顔で言う。

「メフィ、気持ちはありがたいけど、でもごめん。その力は使わなくていい。俺達の為にメフィが禁忌に手を染める必要なんてないから。提案しておいてあれだけど、話し合えば絶対に解決出来るからさ。レティシア達だっていきなり襲ってくるなんてないと思うし」

「ノウト、おぬしのお人好しは相変わらずじゃな」

「よく言われるよ」

 ノウトがはにかみながら笑ってみせた。

「ノウトくんは人一倍優しいもんね」

「リア、お前それ皮肉って言ってる?」

「いや全然」

 リアとノウトが笑い合う。

「それで、ノウト。これからどうするのよ」

 シャルロットが本来の目的に目を向けるように正した。

「そうだな。時間も限られてるし、また空から探さないとだよな。えっと、メフィ、悪い。ここで待っていてくれないか? すぐに戻ってくると思う」

「了承したのじゃ。ここの砦の二階で待っておるからの」

「分かった。じゃ、みんな行こうか」

 ノウトがそれぞれと目配せする。

「メフィ、またな」

「うむ」

 ノウトが手を振ってから、砦から出ていく。その背中を追ってリアもメフィに手を振りながら外に出る。フウカとシャルロットも同様に歩いて行った。

「俺達も行くか」

「うん」

 アイナやヴェッタと頷きあって、メフィに会釈をしてから砦から外へ出る。

「そういえばノウトくん。今何時くらい?」

「ああ、そうだな」

 ノウトがズボンのポケットからハンターケースの懐中時計を取り出した。

「8時4分だ。攻撃を受けるまであと4時間弱っていったところだな」

 ナナセからしてみれば、その4時間という時間はとてつもなく長い時間にも思えてくる。初めにループした時は4分前だったのだ。それに比べたら4時間は比較にならないほど長い。
 アザレアと、みんなの為にも何としても今回で止めなければ。

「それじゃ、行こうか」

「おっけ」

 ノウトがリアを連れて飛び去り、それと同時にナナセもアイナを抱えて飛んでいく。
 砦を背にし、空へ、空へと羽ばたく。
 もう翼の扱いにも完全に慣れた。今日の朝に扱えるようになったばかりなのに、もうずっと前からこの背中にあったような、そんな感覚だ。
 アザレア。
 左手の甲にあるエムブレムを見て彼女のことを憂う。今もあの真っ白な世界でナナセに力を貸すためだけに息をしているのだ。彼女の期待に応えるためにも、今は前へ進まなくちゃいけない。

 彼らは一丸となって、下に広がる樹海に目を張る。
 木々の隙間に目をやって、人影を探す。
 いない。いないのか。ノウトはこの辺りにいると言っていた。本当なのか。彼を信じてもいいのか。分からない。でも、今は信じるしかない。そうだ。信じるって決めたじゃないか。飛んで、飛んで。
 そして───

「────いた」

 ナナセが呟く。
 その呟きに皆がナナセの方を見た。

「い、いたのか!?」

「おう、あそこに」

 ナナセが指を指す。それは森と荒野の狭間に近いような地点だった。そこに、人影が五つ見えた。

「えっ、ほんとにいる? 私見えないけど」

 アイナが目を凝らして言った。ナナセは自分でも目がいいという自覚はあった。それが今、こんな機会で活かされるとは。

「俺にも見えないけど、分かった。慎重に近付いてみよう」

 翼を動かし、少しづつ前に進む。すると、確かにその姿がはっきりと見えた。周りを見渡しながら慎重に移動しているようだ。幸い、こちらの姿には気付いていない。

「本当だ……。確かに人影が見えるな」

「ナナセ、よく見えたね」

「まあな」

「バレたらまずいから木に隠れるように移動しよう」

 ノウトの提案に皆が頷き、徐々に高度を下げていく。フウカがノウトの隣を飛びながら尋ねた。

「それで、どうやって近付くんですか?」

「急に飛んで現れたら明らかに不審だよな」

「それに関してはなんでもいいと思う。この際、フョードル達を信じるしかない。何かあったら逃げるの一択だ」

「確かに。それもそうですね」

「高圧的にならないようにあえて少人数で行くとかは?」

「待機してる人達が見つかったらそれこそ何か企んでるって思われそうだし、この人数で行った方がいいと思うな」

「ナナセの言う通りね。それにこっちの七人っていう数をあちらは想定していないだろうから、下手に出れなくなると思うわ」

「勇者のパーティは5人って決まってるから、6人以上の勇者は現れないってことだね。さすがシャルちゃん、あったまい~」

「少し馬鹿にしてないかしら?」

「してないしてない。可愛い賢い、合わせてかしこかわいいがシャルちゃんの代名詞だからね」

「いや褒め方な」

 ノウトがツッコミを入れるがシャルロットは満更でもなさそうだ。いつもの聡明そうな顔はいずこやらといった具合に嬉しそうな顔をしていた。
 ナナセが、こほんと小さく咳払いをして、

「それで、全員であいつらの背後に飛んで現れる、でいい?」

「俺はいいと思う。シャルロットの言う通りこの人数差で相手は下手に出れない。いきなり戦闘っていうパターンはないだろうな」

「でも、正午にトラップみたいに攻撃を仕掛けてくる奴らなんでしょ? そんなことも言ってられないんじゃない?」

「それは、そうかもしれない。ただ──」

 ノウトは一瞬だけ瞑ったのち、目を開いて、

「俺はあいつらと少しだけだけど一緒にいた事がある。そんなに悪いやつじゃないってのは分かるんだ」

「一緒になって風呂覗くようなやつらだしな」

 ナナセが言うとノウトは目を瞠って驚いた。

「ナナセお前どこで……っ!?」

「はっはっは。フウカ達に聞いちゃってさ」

「はぁ……マジかよ……」

 ノウトは明らかに落胆した様子を見せた。ノウトがここまで感情を見せるのは見たことがない気がする。それまでに知られたくなかったことなのだろう。

「ま、まぁ、取り敢えずそんな感じだから、大丈夫だとは思う。今はフョードルやセルカ、レティシア、シメオンにジークヴァルト。彼らを信じるしかない」

「そうだね」

 リアがノウトの胸に抱かれながら首肯うなずく。

「じゃあ、……行くか」

「ナナセ、あんた声震えてるけど」

「うるせ」

「ナナセくん、ファイトだよ~」

「そうそう。なんとかなるさ」

「ケセラセラだな」

「なにそれ、呪文?」

「あれ……今俺なんつった?」

「ケラなんちゃら、みたいな」

「なんだよそれ」

「いや、知らないけど」

「おーいお前らー」

 ノウトの声がして、ようやくフョードル達まであと少しで追いつく、といったところまできていたことに気が付いた。
 皆で目配せをして、地に降りる。
 心臓が早鐘を打っている。ここまで来られたんだ。これを成功させればアイナ達と一緒に明日を迎えることが出来る。
 もう少しだ。もう少しで───

「うおおおっ!? おいお前ら!!」

 周囲を警戒していたフョードルがノウト達を視界に入れた瞬間に驚きを隠せない様子で飛びすさった。

「うわっ、リア達じゃないの!!」

 レティシアが叫ぶとリアがひらひらと手を振った。

「なっ!?」「えっ……! えっ!?」「背後を取られていたのか!?」

 ジークやセルカ、シメオン皆が共に目を見開いて驚いている。

「掴みは百点だな……」

「どこが百点よ。思いっきし警戒されてんじゃん」

「ま、まぁ大丈夫だろ、うん」

 ナナセとアイナが小さな声で会話をしているとノウトが前に出た。

「久しぶり、フョードル」

「お、おう。ノウトだよな。久方ぶりだぜ」

 フョードルはへらへらとした様子だが、明らかに警戒心マックスだ。何をしでかすか全く予想できない。

「お前とそこの灰色髪のやつ、その背中に生えてんのなんだ? 天使か? ああん?」

 フョードルはノウトとナナセの翼を指差した。

「フョードル、お前が持ってる情報を教えてくれたら教えてやる」

「ハッ。いいぜ。乗ってやるよ」

 フョードルは鼻を鳴らしてみせた。

「にしてもお前ら奇妙な組み合わせだな。七人、か。レンにフェイ、あとテオってやつか。そいつらはどうした?」

 フョードルは顎に手を当てながら目を細めて問う。それに対してノウトがゆっくりと口を開いて、

「みんな、……死んだよ」

「だと思ったぜ」

「お、お前……ッ」

「ちょっ、ナナセ落ち着いて」

「おめーらの辛気臭い顔見てたら一瞬でそんなの分かるわ。先にこうして別行動してて良かったぜ。おかげで誰も欠けてないしよ」

「フョードルくん、ちょっと言い方……」

「セルカぁ、あまっちょろいぜ。オレは現実を教えてやってるだけだ。最終的に信じられるのは本当の仲間たちだけだってな」

「フョードル、俺らは争いに来たわけじゃない」

 ノウトが両手を挙げた。

「話し合いに来たんだ」

「だろうな」

 フョードルが腕を組んで頷いた。

「争うためってんならオレらの前に姿を表す必要はねえ。お前らは奇襲を掛けられる立場に居た。さっきまではいつでもオレらを殺せる側に立っていたってわけだ。んで、なんの話だ?」

「話が早くて助かる。俺らはレティシアに質問があるんだ」

「アタシぃ?」

 レティシアは予想外とでも言うように首を傾げた。

「あ、えっと。もしかしてのこと?」

「いや、そんなことでわざわざ追いかけて来たりしないだろ」

「た、確かに」

「おい、ってなんだ?」

 ナナセが問う。

「だから~、アンタらの竜車を燃やしちゃったことよ」

「へ? り、竜車?」

「えっ。なにその反応もしかして燃やせてなかったとかなのかしら」

「いや、竜車とかフリュードでフェイに壊されちゃってるだろうし、確認もしてないけど」

「はっ? フリュードがフェイでなに?」

「だから、フリュードはフェイが崩壊させちゃったから、竜車はその時に壊れちゃってるって話」

「いやごめん全然分からない」

「ちょーーっと待てお前ら、おい。いいか。一旦オレが仕切るぞ」

 フョードルがレティシアとナナセの間に入った。

「だいぶオレらの間で齟齬が生まれてるみてーだな。意見のすり合わせしてみねえか? ひとまずよ」

「まぁ、言われずともいろいろと食い違ってるのは確かですよね」

「そうそう。それに、オレらはお前らに一切危害を加えるつもりはねーから安心しろ。オレらは蛮族でもなんでもない、ただの勇者なんだからよ」

 そう言ってフョードルは警戒を解いたようにノウトらに近付いた。
 ノウト達は一度、皆で目配せをしてから、フョードル達の接近を許すことにした。
 総勢勇者12人の勇者が円陣になってお互いの顔を見合わせた。

「んでよ、おめえら、何があったか聞かせてくれ」

「───分かった」

 ナナセ達はフョードルのパーティが離脱したところから、大まかなことを話していった。主にフェイが起こしたフリュードでの人為的災害ことだ。そして、ナナセがループを体験したことを、予言したと置き換えて説明した。
 ナナセが何故、ループをしたと頑なに言わないかと言うとその答えは過去に戻れるという現象にある。この能力のことを言えば必ず、あの災害の前に戻れたら、という文句が出てくる。
 そして、一番の問題点はナナセの《克刻リヴァイス》がアイナの死を以て発動する神技スキルだということ。それを知ったらアイナを殺せば時が巻き戻ると暴挙に出る輩が出るかもしれない。自分の大切な人が死んでしまった、ならばアイナを殺そう、なんて発想に至ってしまうのは極めて必然的だ。
 だから、この能力条件は絶対に誰にも言えない。ループを同じように体験したというノウトにさえも言えないのだ。

「かーっ、なるほどなー。そんなことが起きてたとか末恐ろしいな、マジで」

「別行動をしていなかったら死んでいた可能性は充分にあった、ということか」

「感謝しろお前らぁ! オレの! おかげな! はい感謝ぁ!」

「いつものならぶん殴ってたところだけど、これに関しては感謝するしかないわね」

「フョードルの勘に感謝だな」

「勘じゃねえ! 運命だろ、これ!」

「はいはい、うっさいうっさい」

「あしらい方が雑過ぎんだよおい!」

「じゃあ蹴る」

 レティシアがフョードルのふくらはぎ辺りを軽く蹴った。

「じゃあってなんだてめえ!!」

「ちょっ、ちょっと二人とも、今は喧嘩してる場合じゃ………」

「ふん、それもそうだぜ。んで、ナナセ、未来予知したってことはお前は〈時〉の勇者ってことか」

「まぁ、そんなとこ」

「かっけえじゃねえかよ、おい。オレのに比べたら見劣りするがよ」

 フョードルが腕を組んで、ふんぞり返る。

「それで、フョードル達が知ってること。やったことを教えてくれないか?」

「おう、教えてやんよ。オレ様のクールな作戦をな」

 フョードルはまず、他のパーティの勇者と関わったら絶対に戦闘になる、もしくは危害を加えられると確信した。その思惑通り、白亜の街フリュード全体を崩壊させるフェイの攻撃で様々な人が死んだ。
 そして、フョードル達はそんなことも露知らず、他の勇者と一切関わらないようにするために、別行動をとって先に封魔結界を越えることにした。
 その過程でフョードルはレティシアに一つ命令を下した。
 それは『他のパーティの竜車を燃やすこと』だった。
 フョードル達は他のパーティの〈神技スキル〉を知らないし翼のことも知らなかった。故にそれを成せば少なくとも足止めは出来るとフョードルは考えた。
 それに、フョードル達はフェイの起こした災害のことを何も知らなかった。それならば当然だ。今も予定通り竜車でロークラントへ向かっていると考えるのが普通だ。誰もあんな人為的災害を予想できるわけが無い。
 つまり───

はレティシアの仕業じゃないってことか……?」
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デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。 ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。 そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。 始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め… ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。 誤字脱字お許しください。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」 夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。 元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。 "カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない" 「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」 白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます! ☆恋愛→ファンタジーに変更しました

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