あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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第二章 蹉跌の涙と君の体温

第15話 生きててくれればそれだけで。

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『勇者四人だ。確かダーシュ、ジル、ニコ、カミルと言ったか』

 ヴェロアが路地裏から出て表の道を見ながら言った。ヴェロアの姿はノウトにしか見えない。

 くそ。想像していたよりも、追いつかれるのが早い。どうしてだ。瞬間移動が出来るというアイナの仕業か。だが、ここ二日近く空を飛んでいて、他の勇者の姿を見ることは一度もなかった。
 先回りされていたのか、それとも───
 いや、今は過去の事象について考察に浸っている場合じゃない。
 思考を巡らせろ。考えることを放棄するな。

(ヴェロア、彼らは今どのあたりにいる?)

『そこの道をこちらに向かって歩いている。ここからは15メートルほどだ。どうやら時計塔へと向かっているようだが』

(分かった……)

 ノウトは息を殺す。
 沈め。沈め。周囲に溶け込め。息を殺せ。
 殺して殺し尽くせ。空気に潜むイメージで───
 息を、殺すんだ。
 ノウトは《暗殺ソロリサイド》が発動したことをちゃんと自覚してから、翼をはためかせて、真上に翔んだ。
 建物の上に着地して深く呼吸する。冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んでから、顔だけを覗かせた。

 ───本当だ。
 彼らがすぐそこまで来ている。

『あやつら、何やら動きが……』

 ヴェロアが呟く。
 彼らは先ほどまでノウトがいた路地裏に入り、何かを探しているような動作を見せた。まるでノウトがさっきまであそこにいたのを知っているような動きだ。
心臓の鼓動が音を増す。落ち着け、大丈夫だ。まだ上にいることには気付かれていない。
 流石にここにいることはバレないだろう。
 ───だが、その単純な考えは過ちだったことにすぐに気付いた。
 彼らのうちの一人、長髪の少女、ジルが首を上を向けた。
 ノウトは咄嗟に首を引っ込めて建物の屋上に身を隠す。バレたか……? なぜ上を見てきたんだ……?
 やはり、ノウトを追って動いている。索敵能力に値する〈神技スキル〉を持った奴がいるということか。

「ふぅっ……」

 深呼吸をして《暗殺ソロリサイド》を使う。飛ぶのはさすがにバレてしまうだろうか。いや、《暗殺ソロリサイド》はそんなことで居場所を知られてしまうようなやわな〈神技スキル〉ではない。初めから見られてなければどんなに目立つことをしても完全に気配を絶てるはずだ。
 彼らが未だ路地裏にいることを願って、隣の屋根へと飛び移る。
 リアを連れてここを離れなくては。

『ノウト! リアという少女を見つけたぞ!』

 ありがとうヴェロア、と心の中で感謝してヴェロアの指差す方を見やる。ぽつり、ぽつりと人の歩く大通りの真ん中を彼女が歩いていた。服を新調しているようだし、後ろ姿だけだが、その特徴的な銀髪でそれが彼女であることが分かる。
 《暗殺ソロリサイド》を維持しつつ、屋根から飛び降りて、翼を広げる。
 落下の勢いを利用して、スピードをつける。翼を横に広げて、地面に激突する前に勢いを弱め、リアの方へと飛翔する。
 もう少しだ。もう少し。

「ひゃっ! えっ、……えっ!?」

 リアを彼女が抱かえた麻袋ごと腕で抱きかかえる。
 《暗殺ソロリサイド》は触れたものも対象になる。つまり、一緒に飛んでいてもリアとノウト同時に身を隠すことが出来るのだ。
 飛んでいるので背後を見ることは出来ないが、恐らくは追ってきていないはず。
 リアは状況を察したのか頭を動かして、周囲を見回した。
 息が、そろそろきつくなってきた。でも、まだだ。まだいける。少なくてもロークラントの中心部からは離れないといけない。ここから西の外壁までは約300メートル近く。翼で飛んでも35秒近くだろう。息が持つだろうか。途中で息を吐いてしまわないだろうか。
 定かではないのに《暗殺ソロリサイド》を過信し過ぎではないだろうか。
 違う。今はそうじゃないだろ。考えるな。飛べ。翔べ。翼を動かせ。今はとにかく、ここから離れるんだ。翼を動かすことだけを考えろ。翼だけに力を込めろ。
 肺が痛い。痛い。痛い。それに肌が凍るように冷たい。頬が氷になってしまったみたいだ。
 くそ。痛さなんて、考えるな。
 飛べ。飛び続けろ。

 時々、ノウト、頑張れ、とヴェロアの声がした気がした。気がしただけだから本当かは分からないけど、聞こえた気がしただけで力が湧いて出た。
 それに、胸に抱えるリアの存在を感じる度に、翼に力が篭った。

「ゼぇっ………はぁ……ッ………はぁ……ッ…………」

 気が付くとロークラントの外壁を通り越して、壁越しに伏していた。
 白い息を吐いて吐いて吐きまくる。
 呼吸を整えろ。まだ飛ばなきゃ行けないんだ。

「魔人領に……っ…………向かおう……」

「う、うん。分かった」

 リアが頷いた。

「急に身体が宙に浮いたからびっくりしたけど、あんなに急いでたってことは誰かに見つかったとか?」

「見つかってはない……はず。……でも、確実に追いかけられてる。先急ごう」

『ノウト、無理はするなよ』

「大丈夫だよ、ヴェロア」

「もしかして、魔皇さまいたりする?」

 リアがノウトを見て、興味津々な顔をする。ノウトはヴェロアと目配せしてから答えた。

「……いたりするな」

「わぁ。ということは挨拶しないとだよね」

リアは嬉しそうな顔をして言った。

「魔皇さま、初めまして。わたし、リアって言います」

「そっちじゃないぞ」

「わっ、こっちでしたか」

 リアは後ろ向きに振り向いたが、そこでもないのでヴェロアの方からリアの前へと向かった。

『魔帝国マギア第16代皇帝ゼノヴェロア・マギカ=ジーガナウトだ。宜しく頼む』

「宜しくだって」

「こちらこそ宜しく御願いしますっ」

 リアは腰を九十度に曲げて挨拶をする。
 ヴェロアは笑顔でそれに応えた。

『もうすぐで会えるから詳しいことはその時でいいだろう』

「そうだな。今はそっちに行かないと。リア、行こう」

「うん」

 ノウトがリアの腰に手を回して、翼を広げた。念の為にロークラントから十分に離れるまでは《暗殺ソロリサイド》も同時に適宜使用する。そして、翼をはためかせて飛翔した。この感覚ももう慣れたものだ。
 いきなり背中に翼が生えた人間の気持ちが分かるだろうか。俺には分かる。
 ロークラントより西側は木々がとにかく生い茂っていた。見渡す限りの針葉樹と雪、それに山。高度をあげると急激に冷えるのでなるべく木の上すれすれを飛んでいく。
 リアが調達してきた防寒具もあるのとないのとじゃ大分違う。翼が邪魔で上手く着れなかったが、翼のある部分や羽根の生えている所はあまり寒さを感じないのでよしとしよう。

「わぁ…………すごいね……」

 しばらくすると、雪に遮られたその向こう側に金色こんじきの壁が現れた。それはどこまでも続いている。半透明だが、何層にも連なってるのか向こう側は見えない。ちょうど、フェイとの戦闘で奴が使っていた金色の壁とよく似ている気がする。偶然なのか、必然なのか、今は分からない。
 だが、これが〈封魔結界〉なのは確かだ。
 この向こう側に魔人領がある、その事実がノウトを高揚させた。
 ここまで本当に長い道程だった。色々と感慨深いが、今は感動してる場合ではない。
 他の勇者には見つからないように向かわなければ。

「ってあれ……? ……ヴェロア……?」

 急に彼女の姿が見えなくなった。空を飛ぶノウトを追従するようにヴェロアも着いてきていたのに、今はその姿がどこにもない。

「どうしたの?」

「突然ヴェロアの姿が見えなくなって……」

「えーっと、魔皇さまの本体はどういう方法でノウトくんと連絡取ってたの?」

「確か魔術とかなんとか言ってたけど」

「なるほど……魔術……。詳しくは分かんないけど向こうで何かあったのかな……」

「……何も無いといいけどな」

 いつの間にか眼前に〈封魔結界〉が広がっていた。目と鼻の先にそれが自己主張するかのように立ちはだかっている。

「……通るぞ、リア」

「う、うん」

 何ら感触はない。違和感もない。空気に触れているのとほぼ同じ感覚だ。密度の高い色の着いた霧のようだ。
 視界が金色に染まる。
 想像以上に結界が分厚い。
 前に飛んでいるのかも、分からなくなってきた頃に視界が明るくなって景色が見え始めた。

「「おお……っ…」」

 ノウトとリアは同時に感嘆の声を発した。
 予想していたことではあったが、魔人領の景色は人間領と言われても分からないくらい遜色なかった。
 下には森林が絶えず広がっていて、左手の奥の方には荒野が見える。前方には草原、右手には今以上に高くそびえる山があった。地平線が尽きない。どこまで言っても続いているようだ。

「生きててよかった……って感じだね」

「これは、目に焼き付けたいな」

 朝暉が地を照らして、より一層景色を美しいものとしている。

「そうだ、まずは砦だっけな。それを見つけないと」

「砦ね。りょうかい」

「〈封魔結界〉の近くだって言ってたけど……」

 下を見下ろしながら空を旋回する。
 どこだろうか。上から見て分かるものなのか。ヴェロアが突然居なくなったことがノウトの冷静さを少し欠けさせている。
 落ち着け。彼女の言っていたことを思い出すんだ。砦に瞬間転移が出来る魔法陣があるとかなんとかだった気がする。
 どこだ。どこにあるんだ。


「─────あ?」


 突然のことだった。
 身体が宙に浮いた。いや違うな。翼で飛んでいたからそれは当たり前だ。
 そう、身体が自然落下を始めたのだ。
 翼を動かそうとする。でも、駄目だ。
 翼がない。消えた。翼が忽然と消えてしまったんだ。

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