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第二章 蹉跌の涙と君の体温
第14話 磨穿鉄剣
しおりを挟むあの暗い部屋で目覚めて、初めて彼女を見た時、
護らなければ。
一目見て、そう思った。
俺が出来る唯一無二のこと。
それが『護ること』だと確信していた。
記憶が無くても本能がそう語っていた。
彼女と同じパーティになった。
護らなければ。
改めてそう思った。
俺だけが彼女を護れるんだ。
時間が経つごとに彼女への慕情が強まっていった。
何故かは分からない。
だが、自分はこの方を護らなければいけないと確信出来た。
姫を。
姫を護らなければ。
姫、姫、姫、姫、姫。
ああ、姫様。
貴女のような人に、俺は────
────そして、ああ。
彼女は目の前から消え去った。
赤い血溜まりを残して、この世から居なくなってしまった。
俺から姫を奪った奴を殺さなくては。
もう、何も失うものはない。
殺すだけだ。
ただ、それだけ。
そうして、俺に残されたのは、
虚しい殺意だけだった。
◇◇◇
「ダーシュ」
カミルの煩わしい声が聞こえる。
ダーシュは目を開けないまま無視をした。どうだっていい。こいつの言葉に耳を傾ける必要はない。
「食事、ちゃんと取った方がいいですよ。食べないと死んじゃいますし」
擾わしい。五月蝿い。黙れ、黙れ。黙れよ。もう、何も要らないんだよ。
殺す。魔皇もノウトも。全員殺してやる。
「ダーシュ、寒くない?」
ニコがダーシュの肩に触れた。ダーシュは振り払うことも無くそのまま座り尽くした。
「ごめんね、ボクは冷やすことしか出来ないから」
ニコは手を離して、小さく縮こまった。
くそ。あの時にノウトを殺せば良かった。
リアとかいうやつが治癒能力を持っていると知っていたから一縷の期待をしていた。
それが間違いだった。俺は姫を、パティを失い、その仇であるノウトを殺すことも出来なかった。
最悪の結果だ。
ため息すらも零れない。
「日が出たらジル達を起こして先に進みましょう。ロークラントにはすぐに着けるはずですよ」
ここまではダーシュやカミルの〈神技〉を使って無理矢理進んで来た。だが、山に入ってきてから散々だ。進む方向に迷い、今はこうして洞穴で夜が明けるのを待っている。
パティの居ない世界なんて、要らない。
ノウトと魔皇を殺して、俺も死のう。
それが俺の出来る唯一の弔いだ。
日が少しだけ顔を出した。暁の合図だ。
「さて、行きましょうか」
カミルが立ち上がる。ニコがミカエルやジル達の肩を揺らしてを起こす。
ダーシュは薪の炎を《鐡刃》で覆って消し去った。
「ダーシュ、おはよう」
ミカエルが挨拶をしてくるが無視をした。顔を見ることもない。さして、こいつらとつるむことも意味が無いように思えてきた。
魔皇を倒す為には必要な手駒だが、大して必要とは思えない。
『ダーシュ、そんなこと言ってはいけませんよ』
ふいに、彼女の声がした。その方向を見てもこいつらしか居ない。もう、パティはどこにもいないのか。
心に円い穴が空いてしまったようだ。その円い穴に注がれていく真っ黒な、虚無。
時折、本当に胸に穴が空いている気がして、自分の胸に手を当てたりする。何回触れたって穴はなかった。心臓がさも当然のように鼓動を続けている。
ああ、彼女ではなく俺が死ねば良かったのに。
ダーシュは《鋼剣》で巨大な鉄の刃を創り出した。そしてその上に乗った。
「乗れ」
ダーシュが声を発すると、こいつらは嬉しそうな顔をして《鋼剣》の上に乗った。全く変な奴らだ。
全員が乗ったのを確認してから力を軽く込めて、進ませる。
鉄の塊が山の上を進んでいく。
傍から見たら驚愕的な光景としか思えないだろう。
もはや目を瞑ってでも操作出来る。
どれくらい進んだだろうか。そろそろ面倒くさくなってカミルあたりに役目をぶん投げようとした時だった。
「あっ、あれ!」
ニコが指をさして声を張る。
「……ロークラントだ」
ミカエルが立ち上がり、手庇を作って遠方へ目を遣る。
ダーシュは心做しかスピードを早めて、《鋼剣》を進めていた。
山間に聳える外壁の向こう側に多くの建物が見える。その中央には一際目立つ時計塔が建っていた。
道なりに進んでいくと、正面門へと辿り着いた。《鋼剣》を消して皆を下ろす。関所の役人はこちらを見て少しだけ驚いた顔をしている。驚くのも無理はないだろう。
ミカエルが彼に近付いていって〈エムブレム〉を見せる。
「やはり勇者様でしたか。どうぞお通り下さい。銀嶺の都ロークラントへようこそ」
彼はそう言って、腰を曲げた。そして取り繕ったような笑顔をやめ、急にこちらの顔色を伺うような表情をして言った。
「風の噂に聞いたのですが………。隣国シェバイアの都、フリュードが魔人の手によって壊滅させられたと言うのは事実なのでしょうか……?」
フリュードが崩壊したのはつい昨日だ。フリュードからロークラントまでは竜車で行っても丸一日はかかってしまうだろう。確かな情報がないのも無理はない。
ミカエルたちは顔を合わせてからその問いに対する答えをこわごわと口にした。
「……はい。僕らの力が及ばないばかりにフリュードは………跡形もなくなってしまいました……」
「………な、なんてことだ……。封魔結界がある限り人間領に及ぶことはできないのではなかったのか……!?」
彼は小さな声で絶望を表すが如く呟いた。
「そ、それは本当なのでしょうか!?」
すると、近くにいた他の門番らしき人物も近寄ってきてミカエルに縋り付くように聞いた。
「ええ……。僕らが抵抗する間も無く、一瞬で……」
言い終える途中でミカエルが唇を噛み締めた。
「あ、ああ、女神よ……」
それを聞いた門番は目を虚ろにして手を合わせ、空を仰ぐように上を見た。
「それでその……フリュードを崩壊させたと言う魔人は討伐したので……?」
「そ、それは……」
「そいつはここロークラントにいる」
ミカエルが口籠もっているとしびれを切らしたのかダーシュが横槍を入れるように答えた。カミルがダーシュを制止するように肩を掴んだが、それをダーシュは振り払って、言った。
ダーシュの言葉を聞いた門番は顔を真っ青にして口を噤んだ。
「安心しろ。俺がそいつを殺す」
ダーシュは足早に門をくぐり、街へと入っていく。
「ちょっ、ちょっと! どこ行くの!?」
ミカエルが問うと、ダーシュはそれを無視してただ歩いていく。ダーシュの後ろをカミル、ジル、ニコが着いていく。
「しょうがないですね……」
カミルが小さな声で呟く。
ノウトはここロークラントにいる。あいつ
が十分に警戒している場合、そんなに先には進んでいないはずだ。ダーシュ達は交代で休んで一日中移動することが出来るが、ノウトは夜にしか移動していないだろう。あの翼は日の出ている時では目立ち過ぎる。
注意を怠るな。常にあいつの気配を感じろ。
「うわぁ……。ボクこの街好きかも……」
ニコが緊張感のない声を出す。
「同感ですね。僕も雰囲気が良いなって思いました。特にあそこに見える時計塔とか──」
「この音は……」
ニコとカミルが談笑しているとジルがぎりぎり聞き取れるような声で呟いた。その声を聞いて皆の視線が彼女に集中する。
「どったのジルたそ」
「……ノウトがいるわ」
「えっ……!? ど、どこですか!?」
「着いてきて」
ジルが走り出し、それにニコとカミルが着いていく。
ダーシュも否応なしにそれに従った。
─────パティの仇は俺が取ってやる。
────────────────────────
〈鉄〉の勇者
名前:ダーシュ・ヴァーグナー
年齢:19歳
【〈神技〉一覧】
《◥▖◣》:◣◥◤◣█◤◢█◢◥◣◤▖
《鐡刃》:小型の鉄の刃を創り出し、自◢に操る能力。
《鉄鎧》:身体を鉄に変化させる能力。
《鋼剣》:巨大な剣を創◤出し、自在に操る能力。
────────────────────────
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