上 下
57 / 182
第二章 蹉跌の涙と君の体温

第4話 よくわかんないけど、あったかいね。

しおりを挟む


 〈エムブレム〉が五芒星だったのも意味があったんだ。
 五人のパーティメンバーと連動していて、その一欠片が消えることは勇者が死んだことを暗示してる、ということなのだろうか。

「……まだ推測に過ぎないけど」

「でも、本当だったら……」

 あのフェイの起こした災害で誰かが本当に死んでしまったのだろうか。
 レン。シャルロット。フウカ。
 この誰かが命を落としてるのだろうか。それを想像するだけで、心が、痛い。
 胸の奥が、締め付けられる。
 心臓が、張り裂けそうになる。
 まだ出会って数えられるくらいの日にちしか経っていないけれど、それでも大切な仲間たちだ。
 彼らのうち誰かが死んでしまったなんて、考えたくない。信じたくない。

「違うと信じたいけど…………これは、無理だな」

 一回でもそう考えてしまったら、もうそれを無視することは出来ない。

「そうだね……。ごめん、わたしが言わなかったら良かったかも」

「いや、俺がこの話持ち出したし......おあいこってことで」

「……うん。わかった。みんなの安否確認するために戻る? わたしはノウトくんに任せるよ」

「……いや、ここまで来て戻る訳にはいかないよ。フウカもレンもシャルロットもみんな心配だけど、今はまだその時じゃない」

「そうだね……。あれ……もしかして、泣いてる?」

「な、泣いてない。これは、汗だよ。ほらずっと空飛んでたからさ」

 正直言えば少し泣いていた。しょうがないだろ。これまで親しい人の死に向き合ったことが無かったんだ。死んでるか死んでないか、その事実は今は関係ない。その可能性が少しでもある時点でノウトにとっては凄まじく心に来るものがあるのだ。
 ノウトはリアから目を逸らすように湖の方にに身体を向けた。

「相変わらず嘘が下手だね。ノウトくん」

「うるさいな……」

「ふふっ」

 そして、二人の間で永遠のようで一瞬の時が流れる。虫の鈴の音。夜鳥の優しい鳴き声。草木の擦れる音。それらにこの場が支配される。木々は風でそよぎ、湖面はそれに伴って揺らぐ。
 あたかもこの世界にいる人間はこの二人だけだと錯覚してしまいそうなそんな感覚にも陥る。
 ノウトは目を閉じて、音の世界に旅立っていると、ふと、「ん」というリアの声が聴こえた。
 細い、今にも消えてしまいそうな儚い声音だった。
 ノウトがそれに応じるように声の方を見遣るとかなり近い距離でリアが両手を広げていた。

「ん」

「……ん?」

「ほら」

「あ?」

「もう、察し悪いなぁ」

 リアは両手を広げたまま、前進してノウトの身体に自らの身体をくっつけ、腕を背中に回した。

「ほら。こうすればあったかいでしょ」

「べ、別に寒いなんて言ってないけど」

「心の話だよ」

 リアはそう言って座ったままの姿勢のノウトを押して倒した。

「……ふわふわであったかい………」

 リアはノウトの身体のそこら中に生えた黒い羽根に身体をうずめた。ことある事にリアは自分に抱きついている気がする。 
 ────分かった。
 こいつ、俺の事ペットか何かと勘違いしてるな。まぁだからなんだって話だけど。
 それにしても、リアだってつらいはずなのに、こんなにも平静を保っていられるなんて凄い、としみじみ思う。

「リアは強いな……」

 ノウトが本当に小さな声で呟く。しかし、リアの反応は無かった。

「……リア………?」

 返事がない。もしかして………寝た?
 胸に顔を埋めてるあたりで、すーっ、すーっ、と吐息が当たっているのが分かる。
 この格好で寝たのかよ。正直、体重かかってて少し重いけど、まぁいいか。リアの言う通り暖かいし、このまま俺も寝るとしようかな。翼の扱いにも大分慣れてきた。
 リアごと身体を包むように翼を動かし、そのまま目を瞑る。

 色々ありすぎた。まだ心の熱が冷めきらない。
 俺はこの両手でフェイを、人を殺してしまったんだ。
 良心の呵責が苛まれ、心が蝕まれる最悪の気分だ。
 相手がどんな悪人であっても、人殺しなんて気持ちいいものじゃない。

 心が、ずきずきと悲鳴をあげている。

 何があっても人は殺しちゃいけないと心では思ってはいる。でも、煽られたり、挑発されたりすると、いつの間にか人を殺してしまっている。殺意が少しでも湧くとそれに身体が従ってしまうのだ。
 始めにあの部屋で殺してしまった男も何も罪がないのに、俺は殺してしまった。この先、彼は彼の人生を歩んでいくべきだったのに、それを俺が絶ったんだ。
 ヴェロアに命令されたといえ───何も知らなかったとはいえ、そう容易く決断することじゃなかった。
 リアの時もそうだ。俺は有無を言わさずに手をかけてしまった。あの場でもまだ話し合いの余地はあっただろう。
 今後、《弑逆スレイ》は封印しようと思う。万が一、自分の命が危険に晒された時のみ使用しよう。無闇に人に使っては駄目だ。

 フェイを殺そうとしていた俺はどこかおかしかった。記憶はあるし、意識もあった。ただ俺が俺じゃないみたいな、そんな感覚だった。
 結果、俺は殺意に身を任してフェイを殺めた。
 フェイは殺すことでしか止めることは出来なかったのだろうか。
 もっと他に方法が────
 ………なんて、今更考えても仕方ないだろうな。今はただヴェロア達に会うことを考えよう。

 そう、今はヴェロア達のことも今は心配だ。
 ヴェロアの姿が一向に見当たらない。流石にこの時間じゃ眠っているのか。今のままじゃ示しがつかない。
 助け舟を借りにヴェロアに逢いにいくなんて言うと凄い情けなく聞こえるけど、俺は知りたいんだ。
 自分のことを。今までのことを。この翼の正体を。フェイの言っていた女神のことを。
 頭の後ろに手を置いて、自分も寝ることにした。寝ようと決心すると、どっと疲れが体の奥から湧いて来て、微睡みの中に溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!

アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。 ->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました! ーーーー ヤンキーが勇者として召喚された。 社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。 巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。 そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。 ほのぼのライフを目指してます。 設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。 6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

処理中です...